夜鳴き鳥ノ子守唄


□脱獄U -逃亡ノ宴-
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ベルベット、シアリーズと合流したララは、囚人が向かった先とは違う方向を目指して歩く。
シアリーズから聞いた話だが、ベルベットは自身が脱獄するために、囚人たちを利用したらしい。

扉を開けて突き進むと、「いやはや、わびもなしかぇ?」という女性の声が響いた。
ベルベットはあたりを見渡して声の主を捜すが、その主はいつの間にかベルベットの背後に立っていた。

それに気づくとすぐに刃を出して彼女を襲うが、ひらりと身軽に避けられた。

「ふぅ・・・・・・なんじゃの、主らは?
 スヤッと安眠しとる儂を起こしおってからに。
 まさに極楽から地獄! と思ったら、マジ牢獄じゃし!」

どこか読めない表情で振り返り、明らかにふざけたようにおどけてみせる。
ニヤリと含み笑いをしながら「この切なさ・・・・・・わかるじゃろ?」と、続けた。

「あなたは・・・・・・?」
「よう聞いた! 自分で言うのも嬉しいが、儂こそは八紘四海を股にかけ、ドラゴンも笑う大魔法使い!
 その名も、マジギギカ・ミルディン・ド・ディン・ノルルン・ドゥ! 略してマギルゥと覚えおけぃ!」
「マジギギカ・ミルディン・ド・ディン・ノルルン・ドゥ? 偽名にしては随分と長くないか」
「これ!裏事情には触れるでないわ! というか、よく一度で覚えられ噛まずに言えよったなお主!」

ララの言葉にそう突っ込む、マギルゥという女性。
偽名なのは否定しないのかと心の中で突っ込みつつ、隣でベルベットは「マギルゥ?」と略した名前部分を復唱する。

だが、どうやら名前のアクセントを間違えたようで、指摘をされた。
しかしベルベットはどうでもいいと言うように言葉ではなく、視線で返す。

「はぁ〜、かく力説してもわかりあえぬ。
 人とは悲しいものじゃて・・・・・・。 ま、どーでもいいがの♪」

そう言って、彼女は言いたい事だけを言い残し、腕を頭の後ろで組んで去って行った。
ベルベットも特に何も言わず、マギルゥと名乗った彼女とは反対方向の出入り口へと向かう。

しかし、ああも簡単にベルベットの背後をとった彼女は、おそらく只者ではないだろう事だけは、三人とも直感していた。
大魔法使いなどと言っていたが、聖隷を使役している様子はなく、ただの人間のはずだとシアリーズは言う。
ベルベットはそれに、「なら、魔法使いじゃなくて奇術師ね。 次に仕掛けてきたらタネごと潰す。 それで終わりよ」と静かに述べた。

この言葉を聞いて、やはり以前とはまったく違う性格へと変貌してしまったベルベットを見て、ララはベルベットに会えたのに違うような、そんな感じがしていた。
再会できたのにできていないと感じさせるのは、ララが求めたベルベットではないからだろうか。

「ララ、少しよろしいでしょうか」
「ああ、なんだ」
「こちらに赴く前にも言いましたが、ベルベットと私の目的は、筆頭対魔士アルトリウスを殺すことです」

少し前を歩くベルベットの後ろで、シアリーズが話しかけてきた。
内容はゼクソン港で聞いたシアリーズの、いや、シアリーズとベルベットの目的。

「・・・あなたはこのことについてどう思いますか?」
「まともに話をさせてくれなかったからな、どうこうは言えない。
 ・・・だが、ベルベットを見る限りで思うことは、世界を救うという大義名分は決して綺麗ではないということ、"全"のために"個"を犠牲にした報い、といったところか」
「・・・はい、私がここにいることも含めて」
「だろうな、むしろそれが一番最初の報いなのだろう」

使役していた聖隷から裏切られ、義妹であったベルベットから殺意を向けられる。
アーサーからアルトリウスとなった彼が何をしているのかは不明だが、身内をこれほど変貌させるくらい、彼は身を落としたのだろう事はなんとなく分かった。

「これから先、ベルベットはアルトリウスを殺すため、様々な事態を起こしていくことでしょう。 復讐を成し遂げるためならば、きっと彼女は手段を選ばない」
「ここの囚人たちを巻き添えにしている点でそれは想像できる。 まあ、囚人たちにとっては千載一遇の脱獄のチャンスだろうがな。 で、 私に何をしろと?」

今、こうしてこんな話を振ってきたのは、何かの考えがあっての事だろう。
ララは率直に問いかけると、シアリーズは真っ直ぐにララを見据えて口を開く。

「私はベルベットの力になるために、"とあること"を決意しています。 ですが、それを成し遂げてしまえば、私は傍にはいられない」
「だから私に傍にいて手助けしてやってほしい、とでも?」
「・・・ええ、勝手な願いだということは分かっています。 もちろん、強制ではありません」
「・・・少し考えさせてくれ」
「・・・もちろんです」

ララの返答を聞いて、シアリーズは口を閉ざした。
ベルベットに協力する事が嫌なわけではない、だが、一度でも逃げ出した自分にその資格があるのか不安だった。
さらに言ってしまえば、ララにはララのやるべき事があるし、シアリーズの言葉も気にかかったのだ。

(傍"には"、ね。 少し気になる言い回しだけれど、・・・今は深く聞くのはよしましょう。 とりあえず今は脱出するのが先決)

すぐに返事を出す必要はない、少なくともベルベットも王都ローグレスに向かうはずだ。
だからそこまでの猶予はあるはずとララは考え、とにかく脱出の事だけを考える事にした。

通路の角まで来ると、刃と刃がぶつかる音が聞こえる。
三人は顔を見合わせ、進もうとすると、対魔士が飛んでいくところが見えた。

小走りで出ていけば、そこには対魔士や脱獄した業魔が殺されている。
視線の先には少し見慣れない格好をした、二十代前半あたりの男性の姿が。

「新手か・・・・・・」

低い声で男性は呟いて、ゆっくりとこちらを向く。
刹那、怪しく赤色に光る右目が、彼が人間ではない事を示していた。

「この者は・・・・・・業魔!」
「ベルベットと同じように体の一部分だけが変貌したタイプか・・・」

シアリーズとララがそう放つと、彼は腰に据えていた二本のナイフを構え、向かってくる。
ベルベットは短く「来る!」と呟き、その声にララとシアリーズも構えた。

「どうやら人間じゃないようだな」
「あんたもね」
「はは、違いない!」

刃を交えながら、男とベルベットは言葉をかわす。
格好もさる事ながら、彼の太刀筋も見た事のないもので、彼自身もなかなかに手強い。
おかげで三対一であるにも関わず、かなりの苦戦を強いられた。

「・・・・・・強い・・・・・・」
「これしきで刃こぼれするか。
 対魔士のナイフもナマクラだな。 早く號嵐(ごうらん)を取り返さないと」
「ゴウラン・・・・・・あの太刀のこと・・・・・・?」

男が呟いた『號嵐』という単語に、ベルベットが反応して答えた。
どうやらここに来るまでに、見た記憶があったようだ。

男はベルベットの呟きが聞こえた途端、殺気を消して、ナイフを捨てた。
それからすごい勢いでベルベットに向かってくるので、思わずベルベットはたじろぐ。

だが彼は気にする様子もなく、ベルベットの肩を掴み、「號嵐を見たのか!? どこで? 頼む、教えてくれ!!」と、やや大きな声で懇願する。
呆気にとられたベルベットは「地下の・・・・・・倉庫みたいな部屋」と、目をパチパチと瞬かせながら素直に答えた。

「地下だな! かたじけない!!」

男はベルベットの言葉を聞くと、礼を言って走って行ってしまった。
そんな彼を振り返り、ベルベットは「・・・・・・変な業魔」と呟いた。

(なんか今の一瞬だけ・・・、昔に戻ったみたいだったわね・・・)

あの驚いた表情が、昔のベルベットのようだった。
もしかしたら昔のベルベットは奥底に鳴りを潜めているだけで、完全に失われているわけではないのかもしれない。

「騒ぎが収まったら隙はなくなる。 急ぐわよ」

すぐに元に戻ってしまったベルベットを見ながら、ララはそう思わずにはいられなかった。
"今の"ベルベットに"昔の"ベルベットの影を見るなど、我ながらおかしい、とも。

突き進むと、目的地の監視塔らしき場所へと到達した。
すると後ろから複数の対魔士と兵士、どうやら暴動はほぼ鎮圧されてしまったようだ。

追ってきた対魔士と兵士を倒し終えると、シアリーズは「囚人たちはもう・・・・・・」と言葉をこぼす。
ベルベットは、それに「時間がない。 この塔から外周道に出るわよ」と返した。

梯子(はしご)を登り、外へと出る、外はいつの間にか雨が降っていたようだ。


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