夜鳴き鳥ノ子守唄


□脱獄T -邂逅ノ劇-
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アバル村が滅びて数ヶ月、世界に様々な変動が起きた。

今は『降臨の日』と呼ばれているあの日から、霊応力を持たない人間でも聖隷の存在を感知できるようなった。
業魔が見えるようになるきっかけとなった、約7年前の『開門の日』と同じように。

それに伴い、世界に少数しかいなかった対魔士の数は急増し、今でも聖寮の門を叩く者が耐えないという。
業魔に怯える日々を過ごしていた人間たちは、「聖主様が我らに救いの手を差し伸べた」などと騒ぎ立てる。

ララはもちろんの事、レオンにも以前から聖隷の存在は感知できていた。
故に、『開門の日』を境に起こった聖隷たちの異変に気づいていたのだ。

生気のない目、意思を見せない表情。
まるで『命令』だけに従う、人形のように見えた。

おかげで対魔士のほとんどは聖隷は業魔を倒すだけの『道具』として認知し、ぞんざいな扱いをしているのを何度も目の当たりにしている。
どうにかしてやりたいとは思うのだが、おそらく途方も無いその方法を探してやれるほど、ララもレオンも時間があるわけではないのだ。

同時に、『降臨の日』からとある対魔士の名前を頻繁に聞くようになった。
その対魔士の名前は、アルトリウス・コールブランド。

噂に聞けばタリエシンの業魔を退治したのも彼だと言うので、アバル村には間に合わなかったのか理由、当時の様子を聞こうと思い、情報屋を辿って捜した。
世界を飛び回っている彼は、もうすぐローグレスに戻るという話を聞き、ララはレオンを宿屋に置いて、帰ってくる彼を城の門前で待ち伏せする事にした。

昼間だというのに、空には暗雲が立ち込み、薄暗い世界を作り出す。
ララは門番の兵士に怪しまれないように待っていると、向こうから騒ぎ声が聞こえたので振り向く。
どうやら噂のアルトリウス・コールブランドが帰還したようで、話を聞けるか分からないが、せめて顔だけでも見ようとちらほらと見える人々に紛(まぎ)れて近づく。

そして、見知った顔が視界に入り込み、驚いた。

「アーサー・・・!?」

生きていたのも驚いたが、彼が対魔士だったという事実にも驚いた。
ララは思わず人々を押しのけて、彼に近づいて名前を呼ぶ。

「・・・その声は、ララか」

ララの呼び声に気づいた彼が、無表情に近い顔で振り向いて言葉を吐いた。
彼の口から出てきた声は、以前の温かさのようなものがまるで含まれておらず、恐ろしいほどに冷たい。

「お前がアルトリウス・・・? なんで、どうして・・・あの子たちがどうなったか・・・」
「無論、お前よりも知っている。 ・・・よそ者のお前に話すことは何もない、下がれ」
「・・・確かに私はよそ者だ、だが!」
「これ以上、話をするつもりはない」
「待て! アーサー・・・、アルトリウス!!」

アーサー、もといアルトリウスはララの問いかけにも声にも答えず、目線を外して歩いていく。
思わず追いかけようとするも、門番の兵士に押さえられ、できなかった。

押さえつけられながらもアルトリウスをフード越しに静かに睨みつけるララの姿を、まるで炎を象(かたど)ったような髪色をした女の聖隷が、静かに一瞬だけ振り返って見つめる。
ララもその一瞬だけ交わっただろう視線を理解すると、兵士に謝罪をして立ち去った。

(アーサー、いえ、アルトリウス・・・。 あなたが何をしようとしているのかは検討もつかないわ。
 けれど、おそらくあの日を境にあなたが何かしたのはなんとなく察した。 ・・・人間を護るために聖隷を犠牲でもしようと言うの? でも、それならどうしてあの子たちを・・・・・・救えなかったというの・・・・・・!)

ポツリ、ポツリ。
暗雲の中から冷たい雨が降り始め、小さな雫から大きな雫へとあっという間に変わり、歩くララの体を強く打ち続けた。



あれから月日が流れ、あっという間に3年が経った。

ララは幾度となくアルトリウスに探りを入れようとしたが、あまりにもガードが固く、簡単にはいかない。
以前から自分の『捜し人』やレオンの『友だち』の関係で聖寮には探りを入れていたが、アルトリウスが筆頭対魔士となってからはかなりやりづらくなってしまった。

そんな中、ある依頼をこなし、その依頼料としてとあるギルドから自分の捜している人の一人である、アイフリードの情報を得られた。
噂であるが、彼は聖寮に捕まり、監獄島タイタニアに収監されたらしいという。
あそこは業魔や重罪を犯した人間が何人も収監されている場所、アイフリードほどの大物となれば、そこに連れて行かれるのは当然の流れだ。

「・・・噂と言っても、行く価値は十二分にあるわね」

ララはストーンベリィの宿の前で、静かに呟く。
今ならまだ夜の最後の出航に間に合うはずだ、ララは宿へ入り、割り当てられた部屋へと向かう。

中に入れば、疲れて早々に眠ってしまっているレオンの姿があり、行く場所が危険すぎるので、置き手紙と延長分の宿代などをテーブルの上に置いておく。
寝ているレオンを起こさないように、そっと頭を撫でて、部屋を後にした。

(とりあえず、一度、ゼクソン港に向かった方がいいわね。 そこでタイタニアに行く聖寮の船に紛れ込めれば・・・)

あの場所はかなりの危険地帯、腕に自信がある者でもたどり着くのは難しいと聞いている。
ならば行くのに慣れた聖寮の船を探して、乗り込むのが手っ取り早い。

ゼクソン港に着いたのはほとんどの人間は寝静まっているだろう真夜中、ララにとっては好都合なので、ゼクソン港のどこかに聖寮の船はないか探ろうとする。

すると、後ろからコツン・・・、と。
女性のものだろう軽い足音がし、ララは警戒を宿して後ろを振り向いた。

「あなたがまさか、こちらにいらっしゃるとは思いませんでした」
「・・・お前は、あの時の」

ララに声をかけてきた人物は、あの時、アルトリウスの傍にいた燃えるような赤髪を持った聖隷だった。
まさかアルトリウスがすぐ近くにいるのかと、ララは警戒の色をより強めて、彼女をフード越しに睨みつける。

「どうか警戒なさらず、・・・私はもうあの方とは関係がありません」
「どういうことだ? それに信じる証拠でもあるというのか?」
「・・・あの『降臨の日』から、理由はわかりませんが、私には意思が戻り、人間だった頃の記憶が戻ってしまいました」
「・・・人間からの転生体?」
「ええ、・・・私はその日から胸の中に消せない炎を宿すことになった。 そして今から、あの方を殺せる者を解き放つため、監獄島へ向かおうとしています」
「・・・! 監獄島にだと?」

彼女の言葉の一部を、少し驚いたように復唱する。
聞き返された言葉に、彼女は浅いがしっかりと頷いて返した。

「その様子ですと、やはりあなたも向かう予定だったのですね」
「・・・ああ。 しかしなかなかに行きづらい場所だと聞いてな、そこへ向かう聖寮の船に紛れようとしていたところだ」
「ならば、私の船にご案内します」
「・・・・・・」
「悩むのも警戒するのも当然、こんな都合の良いことなどあるはずがありませんから」

彼女の言うとおりだ、まるで謀ったかのようなタイミング。
しかし彼女の話はどうやら本当のようだと思える、話し方や声で分かる真剣さ、そしてアルトリウスの傍にいない事。

非常に危険な賭けではあるが、元からそうだったのだ。
ララは自分の中で結論を出すと、ひとつ頷いて警戒を解いた。

「確かに行く場所が場所だからな、協力者がいるに越したことはない」
「! 信じて下さるのですか?」
「違う、自分の中で下した賭けに乗るだけだ」
「・・・それでも、ありがとうございます」
「一時的な協力になるだろうから深いことは聞かない、船は何処に?」
「こちらです、・・・ですが」
「? 何か問題でも?」
「いえ、船に関する問題はありません。 独り言です」
「そうか、じゃあ案内してくれ」
「はい」

ララがそう言うと、彼女は背を向けて歩き出す。
それに倣(なら)うようにララも歩き出し、先を行く彼女の背中を静かに見つめる。

(・・・ですが、あなたとは何故か長い付き合いになりそうな気がします。
 私ではなく、あの子と。 理由はわかりません、・・・あなただからこそ、そう感じてしまうのでしょうか)

アルトリウスがまだアバル村にいた時、自分もララの事を彼の中から見ていた。
何故かアルトリウスは、ララがいる時は自分の中から出ないように命じていたおかげで、彼女が自分の存在を捉える事はなかったのだが。

アルトリウスはララを受け入れているフリをして、ずっと彼女を観察するかのように見ていた。
初めて会った時、彼女に対して「どこかで会ったことはないか」と聞いていた、おそらくその事に関して彼は何か引っかかりを覚えたのだろう。

ララはその問いに唸って考える仕草を見せたが、"否定はしなかった"。
だからこそ、アルトリウスは警戒の色を隠しながら、ララを見ていたのだろう。

「知っているかもしれないが、私はララバイ、ララと呼んでくれ。 そちらは?」
「! シアリーズです。 よろしくお願いします、ララ」

そんな思考を遮えるように、いつの間にか隣に並んでいた彼女に自身の名前を告げる。
仮面越しに彼女の顔を覗おうとしたが、生憎と深くかぶっているフードに遮られ、見る事は叶わなかった。


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