夜鳴き鳥ノ子守唄


□追想U -崩落ノ声-
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木々の葉が紅葉(こうよう)に色付いている森の道を、ララはせっせと登っていた。
およそ一年前から定期的に来るようになったこの道は、すっかり馴染みのものへとなっている。

いつものようにレオンにはタリエシンで待っているように言いつけ、一人でアバル村へと向かう。
夕暮れの色が強くなってきた頃合に、見慣れた木の門が見えたので、小さな息を吐いた、その時。

「・・・!?」

ドクン、と。
嫌な心音が大きく打った。

一瞬だけ苦しくなったが、気のせいだったのではないかと思うほどのもので、ララは少しだけ困惑する。
この感覚を、ララは前にも味わった事を思い出した。

(・・・けれど、あれから来ていてもならなかったわ。 それなのにどうして・・・?)

やはり何かあるのだろうか、このアバル村には。

少し考えを始めた直後、門の整備をしていた村の青年に見つけられ、声をかけられた。
ララはそれに対応して、考えを片隅へと追いやって、中へと入っていった。

中に入ってベルベットの家へと向かう途中、彼女の友達のニコと会った。
どうやら狩りから帰ってきたばかりのようで、家にいるらしいとの事。

お礼を言うと、ニコは「最近、このへんに業魔の群れがうろついてるって話なんだけど、大丈夫だった?」と不安そうに聞いてきた。
確かにその話は聞いていたが、運が良かったのだろう。
ララは業魔と遭遇する事なく、アバル村に来れたと答えて別れた。

家の前まで来ると、ベルベットとライフィセットの声が聞こえる。
怒っている様子を見せるベルベットの声と言葉、おそらくライフィセットが具合が悪いのに何かしていた事を咎めているのだろう。

ララはそれに小さく笑いをこぼすと、家に入る前に墓の前に立ち寄る。
ベルベットから、この墓は父母と姉であるセリカ、そしてお腹の中にいた子供のものだと聞いた。

ララは静かに手を合わせ、心の中で挨拶をする。
ベルベットと約束したのだ、此処に来たらこのお墓に挨拶をする、と。

いつもは合わせてから礼をして、家へと向かうのだが、今日は何故か、小さな供養塔に歩み寄った。

「・・・・・・"この小さき命が為、"理想の翼"は空に羽ばたかん"、か」

碑文(ひぶん)を静かに読み上げると、空を飛んでいた鳥が高く鳴いた気がした。

トントンと、ベルベットたちが住む家の扉を叩く。
すると中から「はーい」と、ベルベットの声が聞こえる。

「どちら様・・・、ララじゃない!」
「やあ、お邪魔してもいいか?」
「もちろん! 夕飯はもう食べた? 今、作り始めたばっかりなんだけど」
「ふふ、ご馳走されるつもりできた」
「わあ、ちゃっかりもの」

ベルベットと軽い会話をしてから中へと入れてもらい、ライフィセットを診るために彼の部屋と向かう。
おそらく彼はそこで寝ているだろうが、家の中にアーサーの姿がない事に気づく。

「ベルベット、アーサーは? 挨拶をしようと思うのだが」
「アーサー義兄さん、今日は知人に会うから帰れないんだって」
「そうなのか。 なら、ライフィセットのところにいるよ」
「お願い。 あ、そうだ。 ララ、その・・・薬って今ある?」
「薬? ライフィセットにか? 常時してるのはどうした」

ララが最初にライフィセットを診た時、その時は薬を切らしていたからという理由で自作の解熱剤を渡した。
だが、基本的に常飲(じょういん)している薬があるらしいので、そっちを飲むように推奨はしていたはずだ。

「それが、業魔のせいで届くのが遅れてるらしいの。 ・・・届いても値段がどれくらいになるか分からないっていうし」
「ああ、確かに業魔の群れがうろついていると聞いたな」
「ララは大丈夫だった? 襲われなかったの?」
「私は運が良かったらしい、遭遇することはなかったよ」
「そっか・・・」
「薬の件は了解だ。 新しく作った解熱剤があるから、夕飯後に飲んでもらおう」
「ありがとう!」

ベルベットは笑顔でお礼を言うと、料理の続きをするためにキッチンへと戻る。
ララは入る前に壁をノックして、開いた扉から顔を覗かせる。

「ライフィセット」
「ララさん、いらっしゃい!」

ベッドから上半身だけを起こして、彼はララを迎え入れる。
ララは部屋の中にある椅子をベッド前まで引いてくると、それに座ってライフィセットを診る。

「熱が少しあるな、それ以外で何か不調はあるか?」
「ううん、熱だけ。 あとはお姉ちゃんがちょっと変なこと言うからむせちゃったけど」
「変なこと?」
「うん・・・、好きな子ができたら相談しろって」
「・・・ふふ、なるほどな」

微笑ましい会話の内容に軽く笑い、ララはフード越しに目を細めた。
ライフィセットを初めて診たあの日から、病状を調べ、一つだけ浮上した病名があったのだ。
しかし、それが事実だとしたらあまりにも酷なもの。

「ライフィセット・・・」
「なに?」
「あのな・・・」
「ラフィ、ララ! ご飯できたわよ!」

可能性の話で病気の話をしようとした時、ベルベットから声がかかった。
ライフィセットはそれに返事をしてベッドから起き上がり、ララはそれを手伝いながら、テーブルがあるリビングへと向かう。

夕飯はライフィセットの希望で、ほうれん草抜きのやわらかいミートボールのカレー味シチューだった。
三人で夕飯を食べ、ララはライフィセットに飲ませるため、持っていた新作の解熱剤を取り出す。

「ライフィセット、ベルベットから話は聞いた。 私の新作の解熱剤だ、今日はとりあえずこれを飲んで寝なさい」

取り出した瓶をテーブルに置くと、ライフィセットとベルベットはそれを瞳を開いて見つめる。
その動作があまりにもそっくりだったので、ひっそりと笑ったのはララだけの秘密だ。

「わあ・・・海みたいで綺麗・・・」
「これが、薬・・・?」
「ああ、見た目はらしくないけどな」
「こんな綺麗な薬、初めて見た。 薬っていうよりも、香水みたいね」

綺麗な形の瓶の中には、海のように青く透き通った液体が入っている。
その中には薬草だろう花が沈殿しており、それがさらに薬を美しく見せていた。

「さ、飲んで」
「う、うん。 ・・・わ、いい匂い」
「え、どれどれ? ・・・本当、ハーブティーみたいな匂い」
「薬草の匂いはきついからなるべくまろやかな匂いにしてみたんだ、水はいらないやつだからこのまま飲める」

キュポン、と瓶の蓋を開けてライフィセットに差し出す。
ふわりと鼻をかすめたのは薬独特のきつい匂いではなく、ハーブティーのようなやわらかい匂い。
感想をこぼした後に、ライフィセットは薬を飲んだ。

「! ちょっと苦いけど、今までの薬よりすんなり飲めた気がする・・・」
「味もまろやかなの?」
「いや、味は薬独特のものさ。 ただ、香りを和らげれば少しは楽に飲める。
 料理を楽しむのは味覚だけでなく、嗅覚もだからな。 そこを少し誤魔化しただけさ」
「は〜、なるほど・・・」

ララの説明を受けると、ベルベットは顎に手を当てて声をもらす。
あまり起き上がらせたままではライフィセットに良くないので、すぐに彼をベッドへと寝かせる。

「えらい、えらい。
 薬も、ちゃんと飲めたね」
「約束したからね」

優しくベッドに寝かしつけてから、ベルベットはライフィセットを褒める。
ライフィセットもひとつ頷いて、答えた。

それから瞬きをして、開いている窓を見る。
外はすっかり日も暮れて、深い夜が広がっていた。

「・・・・・・明日は"緋の夜"になるよ」
「そうなんだ。 "あの日"と同じ夜に・・・・・・」
「"緋の夜"・・・・・・」

ララはその単語を聞いて、脳裏を"あの日"の記憶がかすめる。
自分の"母親"と引き離された、忌々しい"あの日"。

「・・・夜は冷える、窓は閉めておこう」
「そうね、お願い」

ライフィセットの体を踏まないようにベッドにあがり、ララは窓を閉めようとした。
瞬間、強い突風が吹いて、ララがかぶっていたフードをさらった。

フードが取れた勢いでなびく、夜の空と海が合わさったかのような深い青色の髪が揺れる。

「・・・!」
「あ・・・」

初めて見るララの髪に、ベルベットとライフィセットは大きな金色の瞳を見開いた。
ララは特に慌てる様子もなく、パタンと窓を閉めてベッドから降りる。

顔を見せられない理由として言っていた左には、目元から頬の上あたりにかけて翡翠色の刺青が刻まれていた。

「えっと・・・」
「ふふ。 残念、ついに見られてしまったな。
 ・・・誰にも言わないで、三人だけのナイショだからな?」

戸惑う二人を見て、ララはフードを浅くかぶってから、ペロッといたずらっ子のような顔で言う。
まるで安心させるように言う彼女に、ベルベットとライフィセットは少し笑って頷く。

「よーし、いい子。 約束のはぎゅー!」
「わ!」
「あはは!」

ベルベットとライフィセットの間に入って、二人を抱きしめる。
何かとハグをしてくる彼女を抱きとめて、笑い合う三つの声。

そんなやり取りをしたあと、ライフィセットが「ね、今日は・・・・・・一緒に寝てもいい?」と、ベルベットの手を掴んで言う。
ベルベットも可愛い弟の願いを聞き入れ、一緒に寝る事にした。

なので、今日はベルベットのベッドを借りていいという事になったので、一晩だけお世話になる流れになった。

寝静まった夜、ララはベッドを抜け出し、そっと外へと出る。
変な胸騒ぎがした気がするのだ、村の向こうにある『鎮めの森』から。

鎮めの森を抜けて出た先、そこは海が見渡せる岬。
そこには崩れた祠があり、一度(ひとたび)落ちてしまえば、おそらく取り返しがつかないだろう。

夜の雰囲気も相まって、余計に不気味に見える祠の底。
以前、ベルベットに案内をしてもらった時に、彼女が昔、姉のセリカに「この祠はね、地獄に繋がってるって脅されてた」と言っていた。

「・・・・・・本当に、地獄に繋がっているみたいね」

無意識に心臓を押さえながら、祠の穴を覗き込む。
不意にドクンと、心臓が何かに鷲掴みされたような感覚がして、膝をついてしまう。

(・・・何? まるで一年前と似たような変な感覚がするわ。
 ・・・まるで呼ばれているような感じがする。 ・・・・・・遅いし、戻りましょう。 明日にはここを発たなければならないし・・・)

ひとつ深呼吸をすれば、心臓の痛みが引いていく気がする。
何もなかったかのように立ち上がり、祠を後に歩き出す。

・・・まるで「自分を喰いたい」と、呼んでいるように思えた。
そんな幻覚を、置き去りにして。


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