夜鳴き鳥ノ子守唄


□追想T -夢現ノ音-
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ざざん、と船が波打つ音をぼんやりと聞く。
周りは同じ目的地を目指す人間が、ちらほらと見受けられる。

「師匠、もうすぐタリエシンに着くって」
「・・・了解。 ありがとう、レオ」

自分の後ろに小さな影が近づき、声をかけた。
その少年は人間で、"一応、『聖隷』である"自分を「師匠」と呼んで慕ってくれている。
自分の鎖骨あたりほどにある彼の頭をそっと撫でると、照れくさそうにするが、なすがままにされてくれる。

「もうすぐタリエシンに到着します! 下船される方は荷物などの準備をお願いします!」
「あら、・・・レオは大丈夫かしら」
「うん、師匠は?」
「ふふ、私も大丈夫よ。 じゃ、行きましょうか」

船が港に到着し、船を着ける。
船と陸地を繋ぐためのボードを下ろして、下船する人間を見送っていく。

「段差になっているんで、足元にはお気をつけて」
「ありがとう」
「いえ、タリエシンを楽しんでください」
「ああ、そうさせてもらう」

彼女は自分に声をかけてきた船員の青年に、口元だけ笑って見せて礼を述べる。
深いフードを目元までかぶってしまっているので、この対応は仕方ないと目を瞑ってほしい。

タリエシンには活気に溢れ、また、猫にも溢れていた。
余談だが猫は好きなのに、猫アレルギー持ちの彼女には、少しつらい街でもある。
なので、自作ではあるが対策用の薬を服用したのは秘密だ。

行き交う人々の間をすり抜けて歩く彼女は、『人間』と変わりない。
本来、聖隷は霊応力を持たない人間には感知できない存在にも関わらず、彼女は先ほど、船員と話し、行きかう人々は彼女にぶつからないようにすれ違う。
そう、彼女は"霊応力がない人間にも見えている"のだ。

「そうだな・・・、7泊で女一人と子供一人で頼めるか?」
「はい、かしこまりました。 ご案内します」

宿に到着し、部屋をとる。
案内された部屋に着くと、レオと愛称で呼ばれたレオンは自分が背負っていた武器を下ろした。
身の丈以上の大きな斧は、その小さな体とは不釣り合いで、重みを感じさせる。
だが、実を言うと、敵にダメージを負わせるほどには重たいが、そこまでは重くないのだ。

「じゃあレオ、お留守番お願いね?」
「ちょ、もう行くの!?」
「ええ、この謎のときめきを調べたくて調べたくてうずうずしちゃっているの」
「ときめきって・・・。 というか、それなら二人分とった必要は・・・」
「やーね、念のためよ。 子供一人でいるっていうは危ないし、疑われるでしょう?」
「そ、それはそうなんだけどさー」
「お金ならまた依頼でもなんでもして貯めるわよ、それにまだ余裕はあるじゃない」
「分かったよ、もう。 気を付けて行ってきてね、師匠」
「ふふ、行ってきます」

船と同じように、レオンの頭を一撫でする。
フードをかぶり直して、タリエシンの先にある村、アバル村を目指した。

(・・・やっぱり、どんどん強くなってる? 気のせいかもしれないけれど、なんなのかしらね・・・)

違和感のような、胸を疼かせるような、体を無理やり引き寄せられるような。
決して心地が良いとは言えない感覚を背負いながら、木々の間を歩いていく。

すると、少し先にうずまっている小さな影を見つけた。

「・・・! おい、どうした」
「・・・!」

驚いてすぐに近づき声をかけると、長い黒髪を後ろで三つ編みにした十代後半になったばかりであろう少女が顔を上げた。
瞬間、自分と似て非なる金色の瞳が、深くフードをかぶった自分を映す。

不意に、自分の飴色の瞳と彼女の金色の瞳がかち合った気がした。
その視線から逸らすように、彼女が押さえている部分を見ると、一目で分かるほど腫れ上がっていた。

「怪我をしたのか」
「は、はい。 ・・・ちょっとウリボアを探してたら、滑って落ちちゃって」

そう言いながら指を差した先は、浅い崖となっている所。
飛び降りる分には支障はなさそうだが、確かに滑り落ちれば怪我をしそうだ。

「・・・ちゃんと免許などを持っていないが、医学の心得がある。 診せてみろ」
「うっ・・・」

するっと靴を脱がして優しく触る、それでも痛いのか彼女は小さな声をあげた。
ざっと診てから、足についているポシェットを開けて、塗り薬を取り出し、塗ってから大きな薬草の葉で覆い、側に落ちていた適度な大きさの枝を添え木にして包帯を巻いて固定する。

「大丈夫だ。 幸い、骨は折れていない。
 少し重い捻挫だが、安静にしていれば3日ほどで腫れも引くだろう」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「家はどこだ? 乗り掛かった舟だ、送っていこう」
「アバル村です、この先にある小さな村なんですけど・・・」
「・・・! そこの住人か、ちょうど良かった。 私もアバル村に行こうと思っていたからな」
「え、そうなんですか?」
「珍しいのか?」
「ええ、だって何もない小さな田舎の村だし、タリエシンの猫とか見にこっちに来ることはあるみたいだけど・・・」
「ふふ、なら私は変わり者ってことだ」

そんな会話を終えると、彼女を背負って歩き出す。
前に回された右手を見ると、おそらく剣が収納してあるであろう籠手(こて)。
先ほど、ウリボアというものを探していたと言っていたから、それで狩りをするつもりだったのかもしれない。

「可愛らしい見た目に反して勇ましいなぁ・・・」
「え?」
「あ、いや。 独り言だ」

ついこぼしてしまった心の声を、咳払いで誤魔化す。
アバル村の木でできた門を開けると、そこを整備していた男性二人に驚かれた。

背中に背負われている少女が対応し、彼女の家へ向かうために歩くが、なかなか奥の方にあるらしい。

「ベルベット!ちょっと、どうしたの!?」
「ああ、ニコ。 ちょっとウリボア探してたらドジ踏んじゃって」
「大丈夫なの!?」
「うん、この人が手当してくれて、送ってくれたの」
「あ・・・。 すみません、ありがとうございます」
「いや、偶然通りかかったからな。 見過ごしていくほどの人でなしになったつもりはなかっただけだ」

それからニコと呼ばれた少女とベルベットと呼ばれた少女がまた、少しだけ会話をしてから別れ、彼女の家へと到着する。


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