龍如長編(弐)

□双龍 -理由-
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二人はとりあえず、狭山が待つセレナへと戻る事にする。
賽の河原から出ると、外はちらほらと雪が降っていた。

「・・・雪」
「もうそんな季節か・・・」
「・・・・・・」
「・・・浮かねえ顔だな?」

凛生が上から降り続く雪を見上げながら、どこか悲しい顔をする。
その顔に何か暗い影がかかっているように見えて、桐生は疑問を口にした。

「・・・あまりいい思い出がないんです」
「そうか、悪い・・・」
「いえ、セレナに行きましょう」
「そうだな」

短い会話を交わして、二人は歩み始める。
どうやら雪は降り始めたばかりのようで、地面にはまったく面影がない。

それにこの程度ならすぐに止むだろう、積もる事もなく。
凛生はそう思いながら、やや前を行く桐生を追いかけた。


セレナに着くと、特に何も聞かれず、言わず。
席に座って、時間が進むのを待つ。

何もしない二人に対して、狭山は銃の手入れをしていた。

「12時を過ぎたわよ。
 堂島大吾が、1時にあなたたちのお迎えを待ってるんじゃないの?」

狭山の言葉に、桐生は腕時計を見る。
確かに時計の針は、12時を少し過ぎていた。

そして彼女の言葉に何も言わず、桐生はタバコに火を点ける。

「何のんびりしてんのよ、行かなくていいの?」
「なぁ・・・」

少し焦る狭山の言葉に、桐生は言った。
自分は怖くないのか、隠された自分の過去を調べる事が。

当たり前だが、狭山はどうしてそんな事を聞くのかと返す。
桐生は静かに狭山に打ち明ける、自分の両親は東城会に殺されたと。

自分をこの道に導いてくれた、親として慕ってきた風間本人が両親を殺した。
この事実を一年前に知って、その衝撃は大きかった。

「・・・そして私の両親も東城会に殺さたんだ」
「え?」
「・・・凛生、やっぱりお前も親っさんに」
「いえ、少し違います」

凛生が言葉を発すると、狭山が凛生を見る。
桐生は驚きの声は上げず、凛生に言葉を投げるが、凛生はそれを否定した。

「私の両親は風間さんの組の人間に殺されました、どうやらその組員たちは中でも下っ端、末端の人間だったらしいです。 私と兄を売って、おそらく莫大だろう金を得るために独断でやったと、手紙に書いてありました・・・」
「あの時のか・・・」
「ちょっと待って、売るって? 人身売買にあいそうになったってこと?」
「ああ。 信じられないかもしれないが、この髪は自毛なんだ」
「え、嘘でしょ・・・?」

驚く狭山に凛生は話す、自分の髪の事を。
凛生の話を終える頃には、狭山はどこか納得したような顔になっていた。

「なるほど。 確かにそんな派手な髪で刑事になれるわけないわよね、勝手にこっちの許容範囲は緩くなったものなんて思ってたけど・・・。 それにどこか外国人っぽい感じもしてたし、納得したわ」
「そうか。 ・・・この髪が自毛だということは他言無用で頼む」
「分かったわ。
 それがさっき言ってた、あなたたちの過去なのね」
「俺は風間の親っさんを本当の親と思って育ってきたから、許すことができた。」
「私も風間さんには本当にお世話になったから、大事な人だっただから、許すことができました。 ・・・元より、事実を知ったところで憎んではいませんでしたが」
「だが・・・、あんたはどうだ?」

狭山は思い出す、二人のあの時の言葉を。

そして、桐生は言う。
許す事ができる思いを持っていた自分たちは許せた、だが狭山はどうなのかと。

「・・・・・・。 私だったら・・・両親を殺した人間を知ったら、それが例え誰であっても許すことはできないと思う。 正直怖いわ、過去を知るのって・・・。 でもいいの、それが私が選んだ道だから・・・」

自分の手に持っている銃を見つめながら、狭山はどこか呟くように言う。
その言葉は本心だろう、けれども恐怖からか、どこか震えているようにも思える。

「そうか・・・。
 ・・・なら俺を利用すればいい。 俺に張りついて、東城会を探れ。 それがあんたの過去を探る、近道だったらな」
「本気なの・・・?
 あなた、東城会の人間だったんじゃないの? そんな事言ってもいいの?」
「俺は極道だった自分を、誇りに思っちゃいない」

狭山の言葉に、桐生は短く返した。
だがその返事が何よりの、先ほどの疑問の答えになった。

静かにタバコを吸う桐生を、凛生は黙って見つめるだけ。
なんとなくこのあとの言葉が、想像ついたからだ。

「もし、あなたが関係してたら・・・?」
「そん時は・・・、迷わず俺に向かって引き金を引けばいい。 あんたはその相手を、許すつもりはないんだろ?」
「・・・あなたは、それでいいの?」

そう問う狭山の視線と言葉は、凛生に向けられていた。
凛生と桐生の間にある特別な何かを、彼女は薄々ながらも察していた。
だからこその、質問なのだろう。

「調べ尽くして、それが変えようのない事実なら、私はあなたの行動を止めるつもりはない」
「・・・・・・。 そうね・・・、そうするわ」

凛生の答えを聞くと、狭山は短く言った。
それから立ち上がって、出入りへと向かう。

「どこへ行くんだ?」
「仕事よ」
「「仕事・・・?」」
「あなたたちの身辺保護・・・。 さぁ、行くわよ」

先を行く狭山にならうように立ち上がり、凛生は足をゆっくりと進める。
どこか呆然としている桐生の腕を引き、持っていたタバコを消して、外へと出た。

「私は事実であれば彼女の行動を止めることはしません、ですが。 あなたを助けないとは言っていません」
「凛生・・・?」
「行きましょう」

ぽつり、と。
凛生は桐生にだけ聞こえるような小さな声で、まるで呟くように言葉を吐いた。

桐生は彼女の名前を呼ぶ事で聞き返す意図を漂わせるも、凛生は何も答えずに歩を進めた。

外に出て向かう先は、天野ビルだ。
しかし場所の名前は分かっていても、そこまでの道が分からない。

そこで、賽の河原に行く前に再会した田村に情報を得ようという話になった。
彼はいつも劇場前広場にいると言っていたので、そこへ向かおうとする。

「あ! 桐生さんと凛生さんじゃないですか!!」

すると、大声で名前を呼ばれた。
その声を辿ると、スターダストの店長であるユウヤの姿が。

「ユウヤ。 久しぶりだな」
「ええ、こちらこそ!」
「私はこの間ぶりですね」
「はい、この間はどうも!」
「なんだ、けっこう来てるのか? 男がいるってのに」
「店の前を警らとかで通っていると時々、外で会うんです」

休憩中か呼び込みか、凛生が警らしている時にユウヤや一輝と会う事があった。
それで他愛もない会話をしたり、たまに店の裏口から店中へと通されて、ジュースとおつまみを貰ったりしていた。

おかげで凛生は二人と徐々に仲良くなり、今となっては名前で呼ばれるほどだ。

まあ、お店に行っているのもある意味では事実なので、桐生の言葉に完全に反論はできない。
なので黙る事で、凛生はそれを隠した。

すん、と。
ユウヤから微かに漂っている移り香だろう香水の匂いに、凛生は少しだけ顔を歪める。
個人的に、あまり好ましい匂いではないからだ。

ここ最近、彼はこの匂いを微かに漂わせている。
おそらくホスト仲間の誰かから、移ったのだとは思うが。
半年ほど前まではこの匂いではなく、一輝が愛用していたダージリンに似た香りのものだったと思うが。

四ノ原のおかげで、凛生は何故か嗅覚も鍛えられていた。
ある意味ではいいのだが、良すぎるとこういった時などに辛いものがある。

などと余談は置いておき、ユウヤの焦った顔が気になった。

「・・・クソっ、でもこんな時に会うなんて」
「どうした?」
「何かあったんですか?」
「ええ、ちょっとオーナーが・・・」
「一輝に何かあったのか!?」
「そういえば、タイミングが合わないだけでしょうが、もう半年は会ってないような・・・?」

ユウヤの言葉と、凛生の言葉に、桐生は焦りの色を強める。
凛生はただ単に彼は裏方に徹底しているから会わないのだろうと思っていたが、もしかしたら違ったのかもしれない。

「えっ、半年も会ってない? そんな、だって一輝さんこの間、凛生さんのことを聞いたら会って話したって言ってたのに・・・」
「え?」
「さっきのことといい、もうワケが分からない・・・!」
「落ち着いてください! さっきのことって・・・?」
「すみません・・・。 一年振りに伊達さんが店に顔だしてくれたんですが・・・、そうしたらオーナーが店から出て行って・・・・・・」

ユウヤの口から出た思いがけない人物の名前、凛生も桐生も久しく会っていない伊達のものだった。
しかし、どうして今になって伊達がスターダストに顔を出したのか。
おそらくは何か、あったのかもしれない。

「詳しくは分かりませんが、伊達さんは警察の方と一緒でした」
「伊達さんはどうしてるんだ?」
「走って店を出て行きました。 多分オーナーを追いかけて出て行ったんだと思います」
「・・・確かに様子が変だな」
「ええ、一輝さんがユウヤさんに嘘をついていたことも気になります・・・」

自分は半年も彼に会っていない、だが彼はユウヤにこの間、会ったと告げていた。
どうして嘘をつく必要があったのか、それが謎だ。

「ねぇ、気になるのは分かるけど、やっぱり天野ビルに行くことが先決なんじゃないかしら?」
「・・・そうだな」
「そう、ですね。
 ユウヤさん、時間かできたらゆっくり話しましょう」
「ああ、何かあったら連絡してくれ」
「はい、分かりました!」

狭山の言う事は最もなので、ユウヤにそれだけ言い残して別れた。
三人は劇場前広場へと向かい、田村を探す。

だが田村ではなく、森田という男がそこにいた。
彼も情報屋で田村の仲間らしく、桐生の話は彼から聞いていると言う。

そしてここ最近、田村の行方が分からないとも口にした。
なので見かけない田村の代わりに、自分が情報を聞くという。

天野ビルの場所を聞くと、児童公園の目の前にあるとの事だった。
現在は空きビルになっているのだが、今は『16ビット』などというガキの溜まり場になっているとも話してくれた。

場所が判明したので、三人は急ぐ。
そしてそれらしき建物の前まで来ると、足を止めた。

「天野ビルはここのようだが・・・」
「・・・! 空きビルなのに鍵がかかってる・・・?」

扉に手を置いて引いても押しても、ガチャガチャと鍵がかかっている音をさせるだけ。
すると、背後から複数の気配。

振り返ってみれば、そこにはガラの悪い少年たちがいた。
おそらく森田が言っていた、16ビットなどというガキどもだろう。

「おい!オマエここのビルに居るヤツラの仲間だな!」
「なんの話だ?」
「しらばっくれんな!やっちまえ!!」

身に覚えのない言葉に、桐生は返すも彼らは問答無用のようだ。
複数だが所詮は子供、なので桐生一人に任せる事にする。

当たり前だが、彼らは桐生の前にあっという間に地に伏せられた。

「一体どうなっているんだ?」

桐生は16ビットのリーダーだろう彼に、事情を聴く。
ここのビルは自分たちのアジトだったのだが、変な言葉を喋る人間たちが現れて、このビルを奪ったようだ。

桐生はついでに、ここの鍵の事について聞くが、彼は持ってないという。
自分たちのリーダーであれば、合鍵を持っていると告げた。

「その必要はありませんよ、桐生さん」
「え?」

桐生が戦っている間、彼らに話を聞いている間。
凛生は鍵穴にピッキングツールを差し込んで、開けようと奮闘していた模様。

そして、ガチャンという音がしたので、どうやらピッキングは成功したようだ。

「開きました」
「・・・・・・お前、警察だよな?」
「ええ、そうですが?」
「そんなことしていいのか?」
「ケースバイケースですよ」

しれっと言う凛生に対して、桐生はため息を吐いた。
狭山も狭山でどこか呆れたような顔だが、何も言わない。

前々から思っていたが、凛生は真面目だが、意外とちゃっかりとしたところもある。
融通が利くと言えば聞こえはいいが、頑固者なのにこれはどうなんだと突っ込みたくもなる。

おそらく凛生の頑固は、自分の意思や尊重に対してのみ強(したた)かに発動するのだろう。
それ以外の場合は、とにかくやる事をやるために、手段はあまり問わないようだ。

何にせよ、手間が省けた事には変わりない。
狭山には外で待っているように言い、桐生と凛生は二人でビルの中へと入っていった。


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