龍如長編(弐)

□双龍 -腹心-
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買い物を済ませ、二人はセレナへと向かう。
自分も飲むためか、桐生はそこそこの数のビールを買っていた。

「帰ったぞ」

セレナへと着き、扉を開けて中に入る。
しかし桐生の言葉に、返事は返ってこない。

ソファーで寝ていたはずの狭山の姿が、なかったのだ。

「おい・・・、どこにいるんだ?」
「まったく、私や桐生さんには何も言わずに行くななどと言うくせに・・・」
「どこへ行ったんだ・・・」

ゴン、と買ってきた物をテーブルの上に置いた刹那。

「あぁ、さっぱりした・・・。
 汗で体中がベタベタしてたからサウナにでも行こうと思ったんだけど、隣の店にシャワーがあったから勝手に使わせてもらったわ」

捜していた女の声が、響いた。
いたのはいい、だが姿が問題だった。

彼女は、バスタオル一枚という姿で現れたのだ。
桐生は狭山の姿を見ないよう背を向けて返事をするも、その声はどこか焦っていた。

しかし狭山は気に留めた様子もなく、昔は風俗店だったのだろうと言う。
狭いフロアにあれだけシャワーを設置していたら、関西であれば一発で検挙だと呑気に述べた。

「体はもう・・・大丈夫なのか?」
「やっと熱が引いたわ。 ・・・ちょっと不服だけど、彼女のおかげでね」
「・・・?」

桐生は狭山の言葉に疑問を持つが、カウンター席だった場所に置いてある水やら薬箱やらを見つけて、察した。
どうやら自分がいない間に、狭山の世話を焼いていたようだ。

「傷口も、もう痛まなくなったし・・・。 これでいつものように動けるわ」
「まだ・・・無理しないほうがいい」

桐生がそう言いながら狭山の方を向くと、事もあろうか彼女は身に纏っていたバスタオルをとった。
慌てて桐生は顔を背け、咳払いをする。
凛生は凛生で、これは少し言わなければと口を開いた。

「狭山さん! あなたはもう少し女性としての恥じらいを持つべきだ!いくら四十手前のおじさんと言えども男性の前で素肌を晒すなど、嫁入り前の女性がやるものではない!!」
「まるで父親みたいな言い方ね」
「そして聞き捨てならない言葉もあったな」
「いたたっ!?」

言った事は全て、事実である。
だが桐生の癪に触ったのか、凛生の頭をギリギリと締め付ける。

「買い物・・・、ありがとうね」

凛生と桐生の戯れを気にもとめず、狭山はお礼を言いながら、バスローブに着替える。
桐生は凛生の頭を離すと、タバコに火を点けて、前を見据えた。
凛生は当たり前だが、締め付けられた頭を押さえる。

「なぁ・・・」
「・・・ん?」
「東城会の過去を調べるために、俺に近づいたと言ってたな」

桐生の言葉に、狭山は驚いた顔をして振り返る。
それもそうだろう、まさか聞かれていたなどと、夢にも思っていなかったのだから。

狭山は桐生が買ってきたビール缶を手に取ると、二人が座っている席へとやって来る。

「盗み聞きするつもりはなかった・・・」

桐生が静かに言うと、狭山は何も言わずにビールを開けて中身を飲む。
それから小さく息を吐いてから、どこか諦めたような顔をして口を開く。

「そこまで分かっていて・・・、なぜ神室町に連れて来たの?」
「東城会と聞いたからな・・・」
「興味があるの?」
「まあな・・・。 何があったのか、教えてくれ」

桐生が静かに言うと、狭山は話し出す。

自分は本当の親を知らないまま育ってきた、小さい頃から病気で死んだと聞かされていた。
だがママが何かを隠していた事は、薄々ながら感じていた。

そんな時に、ママが電話で怒鳴っている言葉を聞いた。
『薫は東城会のせいで不幸になった』、と。

あの時、彼女は自分の過去を知っている人間と話をしていたのだと思っている。
それから十数年の月日の中、何度となくママにその事を聞いてみても、何も教えてはくれない。

決まって『そんな事聞いても幸せになれない』と、言うばかり。

桐生は聞いてい最中、静かに問う。
狭山の勘違いという事は、ないのかと。

しかし狭山は首を振って、それを否定する。
ママの反応を見れば分かる、何かを隠している事など。

例え血の繋がった親子でなくても、ずっと彼女と共に暮らしてきたのだ。
だから反応を見ただけでも、分かるのだろう。

だが、これ以上、彼女を問い続けるのもつらい。
ならば自分が警察になって、自分で調べるという道を選んだ。

「お前は両親を東城会に殺されたと思っているのか?」
「これだけ自分の生い立ちを隠されたら、そう推測するのが普通でしょ?」
「それを確かめるために、身辺保護という格好の名目のもとで桐生さんに近づいたというわけか・・・。 ついでに私にも近づければ、もし本庁でしか分からないことがあった場合、通常よりも安易に入れるかもしれないしな」
「・・・流石ね、そこまで分かっちゃうなんて。 相手に手の内がバレちゃ、刑事失格よね・・・」

凛生の言葉に、狭山は自嘲したような笑みと声で言葉をもらす。
桐生は黙ってもう一服、吸ってから口を開く。

「お前の気持ち・・・、分からないでもない」
「・・・え?」
「俺にも・・・、隠された過去があったんだ」
「・・・そうですね。 お二人に比べては生易しいものですが、私にも・・・」
「隠された過去・・・?」

狭山が復唱して問うと、桐生は頷く。
その過去を知ってしまった事で、苦しかった。
知らないほうが良かったとさえ、思った。

「もしかしたら人間には・・・、知らなくてもいい過去があるんじゃないのか?」
「・・・それは自分の過去を知っている人間のセリフよ」
「・・・そうかもしれないな」

狭山の言う事は最もだ、だから桐生は頷く事しかできない。
自分の過去を他人が知り、自分が知らないという事実ほど、おかしいものもない。

話はここで切り、狭山はいつものスーツ姿に着替える。
それから桐生が『賽の河原』に行きたいと言うので、三人で向かう事にする。

夜の神室町を行く事、少し。
西公園へと辿り着き、公衆便所の中へと入る。

「ちょっと!ここ男子トイレ・・・」
「黙ってついてこい」
「大丈夫だ誰もいない、たかがトイレ如きに遠慮する必要はない」
「・・・・・・あなた、私に恥じらいを持てとかなんとか言ってたけど、その言葉、今この場でそっくり返すわ」
「それは正しいな」
「えっ」

二人から言われ、凛生は素っ頓狂な声をあげてしまったのは言うまでもない。
そしてそんな声をあげた彼女を、呆れた様子で二人が見てたのも言うまでもないだろう。

戸惑う狭山を連れて、入口を出る。
すると目に飛び込んできたのは、ホームレスの溜まり場ではなく、何かの工事の光景だった。

「1年前とは全く違う・・・」
「ええ、私もあれ以降は来ていなかったので驚きです・・・」
「前はどんな感じだったの?」
「ホームレスの溜まり場だった」

問いかける狭山に一年前の光景を脳裏に宿しながら、桐生は答える。
少し歩いていると、目の前に大きな人影が。

「久しぶりですね、桐生さん、榊さん。
 ボスは地下の一番奥でお待ちしています。 ・・・どうぞ」

黒人の大男、彼は桐生と一年前に格技場で戦った相手だ。
そして、初めて来た自分たちを案内してくれた人物でもある。

桐生と凛生は頷くと、困惑する狭山を連れて地下へと降りる。
降り立った先は、一年前と変わらない繁華街。

「地下にこんな街があるなんて・・・」
「驚くのはまだ早い」
「深く知る必要もない、今は黙ってついてくるんだな」

状況を飲みきれていない狭山の手を引きながら、桐生と凛生は最奥へと進む。
狭山は凛生に引かれている手を静かに見つめ、ふと思う。

(このぬくもり、やっぱり安心する)

この温かさが、不思議と。

狭山がそんな事を思っている事など知らず、花屋がいる屋敷前へとたどり着く。
そこの扉の前には門番がおり、桐生と凛生には好意的だったが、狭山が気にかかったようだ。
だが特に追求する事もなく、桐生が用事があると述べれば、中へと通してくれた。

中に入ると、何故か桐生はどこかで見たようなドスを手に持つ。
桐生だと名乗るが、返答がない。

「いるのは分かってるんだ・・・、出てきてくれ」

そう言うと、持っていたドスを投げる。
投げられたそれは地面に突き刺さり、その身を立たせる。

そのすぐあと、これまたどこかで聞いた事のある特徴的な狂喜とも取れる笑い声が。
ついその声に反応し、凛生はブルリとその身を震わせてしまう。

「待ってたで・・・、桐生チャ〜ン! それに凛生チャンも一緒かいな〜!」
「・・・出た!」
「桐生チャンが堅気になってしもうてこの1年、メッチャ淋しかったわ〜。
 凛生チャンと遊ぼ思もても、いっつも逃げられてしもうしな〜。 ホンマに俺を焦らすのが得意な女やで。 せやけど桐生チャンなら絶対にこの街に帰ってくると思っとったでぇ」
「何? この人?」
「元東城会嶋野組の若頭・・・、俺の兄貴分だった人だ。 1年前の事件にも絡んでる」
「絡んでるというか、無理やり絡んできたというか・・・」

一年前、桐生と戦いたいがためだけに遥を無理やり誘拐した張本人。
凛生がその時、相手になり、勝った相手。

それで終わったかと思いきや、彼は腹部に大怪我を負いながらも桃源郷というソープビルにトラックで突っ込んできた。
その理由も桐生と決着を着けたいがためという理由だが、何かと読めない型破りな男である。

だからか、凛生は真島を少し苦手としていた。
あの事件以降、変に気いられてしまったらしく、時折、警ら中などにかち合えば、相手をしろと追われたのも記憶に新しい。

「久しぶりだな、真島の兄さん」
「何や桐生チャン、もう女作ったんかい。 凛生チャンゆー別嬪さんが傍にいながら、このスケコマシが」
「誤解するな」
「照れることないやんけ・・・、なあ姉チャン?」
「府警第四課主任、狭山薫です。 ・・・よろしく」

狭山は変に誤解を与えないためか、名乗りながら警察手帳を彼に見せる。
言ってはいるが、狭山の顔からして、あまりよろしくはしたくないのだろう。

「府警? 四課? ・・・姉ちゃん、デカなんか?
 ・・・凛生チャンだけならまだしも、桐生チャン、どないなってんねん?」
「それより・・・」
「どうしてあなたが此処にいるのですか? 此処は『賽の河原』ですよ?」
「ここの前の親分が居なくなったからや」
「花屋が?」

桐生が花屋のあだ名を口にすると、狭山が疑問符をつけて復唱する。

それに一年前、此処にいた伝説の情報屋の名前だと教えた。
真島がそこに通称『サイの花屋』、元警官の者だと付け加えて教える。
何かしら情報を渡す時に花束を使っていたら、そういう風に呼ばれるようになったという。

「花屋はどうしてるんだ?」
「表の人間になったらしいわ」
「「表?」」
「何や警察の下請けで、神室町のモニター映像から情報提供をやってるらしいわ。 ま、ある意味、花屋にとっちゃ元のサヤに戻ったってだけのことなんやかな」
「つまりは警察の関係者になったということか、全然知らなかった・・・」

まあ、凛生のようなまだ下の方にいる人間にまで行き届く事はない情報だろう。
それに警察関係者になったとしても、彼が表舞台に出る事はなさそうだ。
それが相まって、余計に知れ渡っていないのかもしれない。

真島はそのまま続ける、それがキッカケで賽の河原は機能しなくなってしまった。
そこで自分が真島建設を起業し、神室町ヒルズの建設事業を請け負ったと話す。

彼の言う神室町ヒルズというのは、上に立っていたあの大きいビルの鉄骨の事らしい。
だが自分の本当の狙いは神室町ヒルズに乗じて、この地下繁華街を丸ごと頂く事のようだ。

「アンタも意外に頭が回るんだな」
「ええ、本当に意外に」
「せやろ?
 ・・・で、今日は何の用や?」

真島は肯定の言葉を吐いたあと、少しトーンを下げて本題を切り出す。
どうやら彼はなんとなく、自分に何か用事があると察していたのだろう。

「東城会に・・・、戻ってくれ」
「!」
「・・・はっ、かしこまって・・・。 何アホな事言うてんねん!? 桐生チャンに冗談は似合わんわ〜」
「本気だ。
 今の東城会にはアンタが必要なんだ、戻ってくれ」
「・・・・・・お断りや」

桐生の言葉に、真島は低い声で返す。
どうやら彼を引き戻そうとしている点で、今の東城会は相当、危うい立場にあるようだ。

おそらく自分が狭山を看病している間、東城会に戻っていた桐生が、誰からか話を聞いたのだろう。

「頼む・・・」
「やめぇや、桐生チャン! 俺は桐生チャンのそないな姿、見とうないんや・・・」
「頼む・・・、真島の兄さん・・・。
 東城会を救うには、真島組の力が必要なんだ。 ・・・頼む!」

桐生が真摯に、必死に。
頭を下げて願いを乞う、この彼に真島はどう答えるのだろうか。

「しゃあないなぁ・・・。 それなら一つ条件があるわ」

真島はヘルメット越しに頭を掻く仕草をすると、桐生が投げたドスを抜く。
そして条件とやらを、提示した。

「何だ?」
「桐生チャンと凛生チャンにしか出来ひん仕事や」
「私も?」
「まさか・・・」
「せや・・・、トーナメントや。 どや?引き受けるか?」
「・・・分かった、だが凛生は関係ないだろ」

桐生は受けると返事をすると、凛生は関係ないと正論を返す。
確かに今回の真島に東城会に戻って欲しい一件、凛生にはまったくの関係はない。

「え〜やろ別に、俺が凛生チャンの戦う姿を見たいだけやぁ」
「・・・分かりました、引き受けます」
「すまねえ、凛生・・・」
「いいですよ、私も久しぶりにトーナメントで暴れたいと思ってましたしね」
「・・・トーナメント? どういうこと?」
「直ぐに終わる・・・、先にセレナに戻っていてくれ」

狭山がトーナメントという単語について、質問するが桐生は答えずに濁した。
確かにあの場所に彼女を連れて行っては、何かとうるさく言われそうだ。

彼女は少し渋い顔をしたが、頷いて来た道を戻っていく。
案外すんなりと引いてくれた事に安堵しつつ、二人はあの格技場へと真島と共に向かっていった。


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