龍如長編(弐)

□双龍 -標的-
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桐生はまだ教えてもらいたい事がある、高島の裏を教えてくれとチャンチャンコの男に告げる。
だが彼はここからは別料金だと言い、金額は30万円だと提示した。

先ほどの3倍の値段に、流石の凛生も頭を抱える。
ぼったくりではないかと言いたいところだが、欲しいのは極道の人間の裏の情報。
やはりそれなりの値が張るのだろう、そこらにいる雑魚ではなく、幹部の人間とあれば。

桐生は卓を離れ、凛生の元へと戻る。

「30万円ですか」
「いや、もうこれ以上はお前から借りようとは思ってねえよ」
「ええ、どうするんですか? それに私なら・・・」
「いくら貯蓄があるっつっても額が法外すぎるだろ」

額にコツンと拳を当てて、桐生は諭す。
確かに彼の言う事も一理あるし、桐生としてもこれ以上の額を借りるのも心苦しいものがあるのだろう。

凛生はそう察して、これ以上は何も言わなかった。

「・・・もし、お困りなら」
「「?」」

どうするか、と悩んでいると雀荘の店主だろう受付の男が声をかけてきた。
二人が彼を見ると、彼は口を小さく開いて話しだした。

「あのチャンチャンコの人、江崎という名前なんですが、彼はある情報を欲していましてね」
「ある情報?」
「はい、『アーモンドのレート』の情報です」
「・・・で、その情報を奴にやれば取引できると?」
「おそらく、交換条件ということで教えてもらえるはずです」
「どうしてアンタ、それを俺たちに?」
「ふふ、実はこの情報、私も知りたいんですよ」
「なるほどな・・・」

まあ、有難い話ではある。
店主の男によると以前、麻雀を打っている時に『黒川に聞いてもダメだった』というような愚痴をこぼしていたという。

丁度、彼とは成り行きで知り合いになった。
二人は情報を求めて、夜の蒼天堀へと再び繰り出した。


黒川のおかげでバー・ステイルの店主に聞けば分かるかもしれない、という新たな情報が。
その情報を頼りに行けば、案外すんなりと彼が欲していた情報が手に入った。

「これで取引ができるかもしれないな」
「だといいんですが・・・」
「? 何か不満があるのか?」
「いえ、なんとなく嫌な予感が」
「ふっ、よく当たる例の胸騒ぎか?」
「外れてくれることを祈りますよ」

軽く笑う桐生に対して、凛生はため息をつきながら肩を竦める。
とりあえず欲しい情報も手に入れたので、二人は雀荘へ戻る。

チャンチャンコの男、改め江崎に話す前に店主に情報をこっそりと教えた。
彼は興味深いような息を吐いたあと、お礼を言って平常に戻る。

桐生は再び江崎の卓に行き、『アーモンドのレート』の情報を切り出すと、交換条件で教えてやると口を開いた。

高島は東都大卒で、官僚と繋がりがあるらしい。
近江連合では郷田会長への絶対的な忠誠心を持ち、若くして執行部にのし上がったともっぱらの評判だと告げた。

そこまで話して、江崎の携帯が鳴った。
彼は電話を取り短い話をすると、携帯を切って顔を歪めるように笑う。

「世話になったな」
「おいおい、待てや・・・」

桐生が席を立って少し離れた時、江崎が待ったをかけた。
その顔は何かを企んでいる顔で、嫌な予感が胸をよぎる。

「桐生一馬さん」
「どうして俺の名前を・・・?」
「・・・どこで嗅ぎつけたんだか」
「凛生・・・?」

江崎が桐生の名前を呼んだ事により、予感は確信へと変わった。
桐生を守るように前に立つ彼女の肩を、桐生は掴む。

「アンタとそこのお嬢さん、1億円になってしもたわ〜」
「何だと・・・?」
「私も・・・?」
「懸賞金や・・・、悪う思わんといてな。
 その首に1億、人攫いにさらに1億がかかっとりゃ誰でも目が血走るわな・・・」
「1億とは・・・随分安くみられたもんだな」

今まで麻雀を打っていた周りの男たちも立ち上がり、桐生と凛生を囲むように近寄る。
凛生はすぐに起こりうるだろう事を想定し、桐生の背後に素早く回る。

「ま、東城会先代の首としちゃ安いかもしれへんけど、ワシらにとったら大金や・・・。 死んでもらうで!!」

彼の言葉が合図だったかのように、襲ってきた。
狭い店の中では、あまり飛び回れない。

なので、凛生は地から行く戦い方にスタイルチェンジした。
姿勢は極端に低く、トリッキーとしか言えない戦い方。

これは『酔八仙拳(すいはつせんけん)』と呼ばれる、『地をころげ"負"の中に"勝"を得る』地しょう拳に属する中国拳法である。
起源は古く、かなりアクロバティックであり、修得が極めて困難と称される武術のひとつである。

(凛生の奴、見たことねえ戦い方してやがるな・・・!)

桐生は今まで空を飛ぶ戦い方をする彼女しか見た事なかったが故に、地面を転げる様子を見て驚く。
しかしあまりよそ見もしてられないので、目の前の敵に集中する。

「失礼!」
「がっ!?」

ズシン、と背中に重みと勢いが。
凛生が桐生の背中を台とし、そこを軸に独楽(こま)のように回転して周りの敵を一掃した。

「て、てめえ・・・人を勝手に台にしやがって・・・!」
「だから失礼と言ったんですよ」

ストン、と桐生の背中から降り立って悪びれた様子もなく言う。
これで残るは江崎のみ、なので桐生に任せる事にした。

まあ、彼と桐生の実力差は圧倒的で、あっという間に倒されてしまったが。

「俺の首に懸賞金をかけたのは誰だ!そいつはなんで凛生を攫って来いと言った!?」
「し、知るか・・・」
「ほう、お前たちは自分たちも知らない相手から殺しの依頼を受けるほどのお人好しなのか?」

江崎の首根っこを掴み、桐生は問いただす。
だが彼は知らないと嘘を吐き、依頼主の名を明かさない。

桐生はその見え透いた嘘を剥がすため、江崎の頭を卓上に押し付けた。

「・・・や、やめろ! せ、千石組やっ・・・!」
「あの千石の事か?」
「あの成金じみたクソ野郎か」
「そ、そうやっ・・・!」

桐生と凛生の脳裏に、彼の嫌味の言葉が過ぎる。
江崎は卓上から頭を上げ、郷田、高島、千石に狙われて自分たちは八方塞がりだと、負け惜しみのように言う。

「どうして俺の首を・・・、どうして凛生を狙う?」
「アンタは・・・、跡目争いのゴールなんや。 そっちの嬢ちゃんは資金稼ぎの道具や・・・」
「資金稼ぎだと・・・?」
「せや、嬢ちゃんを欲しい言うとるドンがおるんやと・・・。 それ以上は知らん!」
「なるほど、またコレのせいか・・・」

凛生は皮肉じみた顔で笑うと、伸びた髪の毛先をいじる。
桐生は江崎の首根っこを乱暴に放すと、凛生を引いて雀荘を出た。

この街で行く場所は、今のところスナック葵しかない。
なので、二人はそこへ戻る事にする。

あそこで寝ている、狭山への報告もしなければならない。

一応、周りを警戒しながらスナック葵まで戻る。
すると、中から争う声が響いてきた。

内容は狭山が無茶をする事への、叱りだった。
だがその内容は、狭山の両親とヤクザは関係ないという、あまり他人事とは捉えにくいもの。

狭山はそれに反論し、関係ないなら自分の本当の親の事を教えて欲しいと言う。
だが、彼女はそれに黙ってしまい、狭山は諦めたようにもういいと告げて、ため息を吐く。

「とにかく私は、あの桐生一馬を追いかける」
「何でや!?」
「あの男が、東城会の人間だからよ」
「東城会!?」
「彼の身辺保護をすれば、東城会に近づける。 そうすれば、過去に何があったか調べることが出来るわ」

そう言う彼女を、ママは心配そうな顔色と声で名前を呼ぶ。
どうやら黙って盗み聞きしているのも、ここまでのようだ。

ノックをして、中へと入る。

「まだ痛むか?」
「もう何ともないわ」

桐生はその言葉を聞くと、ママに水を一杯くれないかと頼む。
彼女もそれに頷いて、席を立って水を差し出す。

すると、狭山の携帯が鳴った。
彼女は電話の相手と話をすると、桐生に電話を渡す。

「ウチの課長から・・・」
「え?」

心当たりがない桐生は、素っ頓狂な声をあげる。
凛生も険しい顔で携帯を見つめ、電話を代わった桐生を静かに見つめる。

そして彼から紡がれる言葉と焦りの色、もしやとは思ったがどうやら只事ではなさそうだ。

「神室町へ帰る」

桐生は電話を切り、狭山に渡すのと同時に言う。
その言葉に、狭山は驚きの声をあげた。

「府警の管轄外だ、お前は残ってもいいんだぞ」
「あなたの身辺保護を頼まれた以上、管轄なんて無いわ。 私も行くわ」
「勝手にしろ」

桐生を振り切るように狭山は言い、桐生はそれに冷たく放つ。
その様子はどこか、苛立っているような感じがした。

「桐生さん、いったい・・・」
「大吾と郷田会長が誘拐されたそうだ」
「え!? ・・・郷龍会ですか?」
「いや、連れ去った相手は外国語を喋っていたらしい。 そして、連れ去った車のナンバーは神室町方面のものだったと」
「なるほど、だから神室町へ帰ると・・・」

だが、郷龍会に攫われるならまだしも、どこの人間かも分からない。
それも外国人に攫われるとは、凛生は小さく歯切りをする。

このような事になるのであったら、大吾と郷田会長に付いていればよかったと、やり場のない後悔をする。

「・・・大吾がいいっつったんだ。 お前は気にすんな・・・」

ぽん、と大して意味がないかもしれない慰めを桐生は言う。
そのままぽん、ぽん、と、凛生の頭を撫で続ける。

この仕草が好きだと言った彼女、桐生なりの一生懸命の慰めなのだろう。
凛生はそれを拒絶する事はなく、目を瞑って静かに受け入れていた。


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