龍如長編(弐)

□双龍 -刺客-
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二人は最上階から下へと、エレベーターで連れて行かれてしまった郷田会長を追う。
当たり前だが次々と向かってくる龍司の部下たちを倒し、階段を降りる。

時間もない上にこの人数、一人一人を長く相手にしていれば時間はなくなり、体力も落ちる。
どう考えてもこちらの不利は明らか、だから凛生はそれをカバーすべく、素早く確実に、だが決して殺さない絶妙な手加減で急所を狙って落としていく。

対して桐生は、そんな細かい事など出来ない。
だからほぼ力任せに一撃を浴びせ、相手を気絶させていった。

流石に、シャンデリアに飛び移った時は心臓が爆発しそうになったが。
凛生はすぐに戻ってきた桐生に、次はあんな事をしないようにと釘を刺したのは言うまでもない。

ようやく下へとたどり着くと、郷田会長の姿が。
怪我らしい怪我も負っていないようで、とりあえずは安心だ。

「桐生さん・・・お嬢さんまで・・・。
 息子の失態・・・、あんた等に助けていただくとはお詫びのしようもありまへん・・・」
「東城も近江も、関係ありません」
「ええ、お気になさらず。 ご無事で何よりでした」
「・・・・・・。
 そういえば、お嬢さんのお名前をまだお伺いしてまへんでしたな」
「榊凛生と申します」
「そうですか。
 桐生はん、榊はん、ほんまおおきに・・・」

郷田会長は頭を下げて、言葉を述べる。
すると、ひとつの足音がこちらに近づいてきた。

顔を向ければ、大吾の姿が。
しかし彼はすぐに、地へと倒れた。

桐生は大吾に駆け寄り、抱き起こす。

「・・・しっかりしろ!!」
「桐生さん・・・。 やっぱあの男、ただモンじゃねえ・・・」

苦し紛れに大吾は、龍司の事を述べる。
どうやら戦いながら、彼は下へと逃げてきたのかもしれない。

「勝負はまだついとらんやろうが・・・!」

そこへ、大吾を追ってきた龍司が姿を現す。
桐生はすぐに大吾の盾になるよう、彼を背後に庇った。

「大吾・・・、お前は凛生と一緒に郷田会長を連れて東城会へ行け・・・」
「え!?」
「そいつとのケリは俺が・・・」
「今は郷田会長が東城会と盃を交わす方が先決だ。 それにお前を・・・、ここで死なすわけにはいかない」
「けど、このままじゃ・・・」
「ここは俺の言う通りにしろ!!」
「桐生さん、私は・・・!」
「凛生、お前もだ!」
「・・・!」

凛生は確かに寺田にこの事を頼まれた、だが遥には桐生の事を頼むと言われたのだ。
凛生にとって、どちらを優先すべきかは決まっている。

だが、桐生にこう言われてしまっては、黙るしかない。
桐生の考えは分からないでもないのだ、手負いの大吾と車椅子に乗っていないと移動できない老体の郷田会長。

たった二人だけで神室町に向かわせるのは、危険なものがある。
道中、きっと龍司の手のものが何人かはいるはずだ。
それに別の組の人間も、襲ってこないとは限らない。

「・・・分かった。 けど、そいつはいらねえ」
「何・・・?」
「郷田会長は何があろうと俺が守りきる、だからアンタは桐生さんの傍にいてやってくれ」
「堂島さん・・・」
「俺も東城会の人間だったんだ、それにたった一人も守れねえで東城会背負って立つなんてそれこそできねえよ」

大吾はそう言い、郷田会長の元へ向かう。
彼の車椅子を引いて、ここから立ち去った。

大吾は恐らく桐生の身を案じて、自分を残したのだろう。
たとえ桐生といえども龍司と対峙して、無事で済むわけがない。

深手を負った桐生を、まだいるかもしれない彼の部下が襲わないとも限りはしない。
それにこの騒ぎを聞きつけて警察が来ないとも、言えないのだ。

桐生は大吾の言葉に何も返さず、凛生に何かを言う事もない。
真っ直ぐに龍司を見据えて、絶対に盃の邪魔はさせないと言い放つ。

龍司は桐生を倒して奪い返せばいいと放ち、桐生を見据える。

「本物(ほんもん)の龍はどっちか・・・。 ・・・決着つけようやないか!」

凛生は後ろに下がり、戦いの行く末を見守る。
流石、関西の龍と呼ばれているだけあって、龍司の強さは目を見張るものがあった。

荒削りだが、強い幾多の攻撃。
その強さは桐生と同格に近いもの、凛生は感じた。

だが、戦いの末に立っていたのは桐生。
膝をついていたのは、龍司だった。

「まだ勝負は終わっとらんわ・・・」
「俺は対等じゃねえ勝負は嫌いなんだ」
「何やと?」
「お前は大吾とやりあった・・・。
 ・・・あいつは強い、まともな状態じゃねえはずだ」
「ふんっ、どっちかが死ぬまで、勝負は終わらへんわ・・・!」

確かに桐生の言葉にも一理あるが、桐生とて此処に到着するまで何人もの部下を相手に戦った。
だが彼の場合は相手にしたのはあくまでも雑魚クラス、加えて凛生もいたため、恐らく龍司ほど疲労はしていないだろう。

龍司は立ち上がり、戦いの続きをしようとする。
しかしそこで、サイレンが耳へと入ってきた。

「まさか、府警・・・!?」
「・・・クソがっ!
 覚えとけや・・・、勝負はまだ終わっとらんで! アンタの女も必ずもらう!」

龍司はそれだけを言い残すと、傷ついた体を引きずって早々に立ち去った。
凛生も桐生の腕を引いてこの場から去ろうとしたが、それよりも先に府警が乗り込んできた。

「チッ・・・!」
「落ち着け、ここは下手に逃げるよりも抵抗しないで対応した方が得策だ」

舌打ちをする凛生に、桐生が小さく言う。
確かにこの現状では下手に逃げても捕まってしまう可能性が高い、それにもしかしたら彼らは桐生の情報を掴んでいる可能性もある。
なので凛生は桐生の言葉に従い、訝しげな顔のまま車から出てくるのを待つ。

「本部内の全員、連行や!」
「はい!」

出てきたのは複数の警察と、一人の女性。
凛生と年が大して変わらなそうな彼女は、自分よりも年上だろう彼らに命令を下した。

「桐生一馬さんと榊凛生さんですね?」
「そうだ」
「府警四課の狭山薫です。 あなたを障害の現行犯で逮捕します」
「そんなっ・・・!」
「榊凛生さん、あなたの身柄を保護するよう上から言われてます。 一緒にご同行を」

狭山薫と名乗った女性は、桐生に手錠をかけた。
彼を庇うように前に出た凛生は、否を唱えようとするも一蹴されてしまった。

下手に反論するよりも従った方がいい、凛生は桐生をチラリと見ると、目が合った。
桐生は目が合った彼女に頷いてみせると、凛生は開きかけた口を閉ざした。



本部の人間を連行している車とは別で、桐生と凛生は狭山の運転する車に乗せられていた。
彼女は複数のパトカーたちと別れ、別の方向に向かっている。

「俺等だけどこへ連れてくんだ・・・?」
「・・・・・・」
「おい、聞いてるのか」

答えない彼女に、桐生はもう一度問いかける。
だがまたもや、運転している彼女から返答はなかった。

凛生は後ろの席で狭山を覗っていると、彼女はどことなくバックミラーをしきりに気にしているように見える。
そして、止まった。

「ここまで来ればもう大丈夫だわ」
「どういう事だ?」
「傷害罪は表向きの口実・・・、あなたたちの身辺保護を頼まれたのよ」
「身辺保護・・・?」

狭山は話しながら、桐生にかけた手錠を外す。
桐生は出てきた単語を、復唱して狭山に聞き返す。

「逃げようとしたら、即座に逮捕するわ」

だが彼女はその問いに答えず、桐生に警告を告ぐ。
桐生は聞いても無駄かと判断し、諦めたような顔をして前を見ると、マンションの屋上らしき所から見えた一つの人影。

「・・・危ない!」
「伏せろ!!」

凛生にもその人影が見え、手に持っている銃も捉えた。
桐生と凛生が言葉を放つと同時、放たれた二発の銃弾が窓を割って襲う。

桐生は狭山を庇うように覆いかぶさり、銃弾が止んだあとですぐに同じ方向を見た。
だがそこには、もう人影は存在しなかった。

「どこを撃たれた?」

視線をそこから狭山へと変えると、彼女は肩を押さえていた。
どうやら先ほどの一発が、彼女を襲ったのだろう。

「た・・・たいしたこと・・・ないわ・・・」
「馬鹿な見栄を張るな! ・・・っ、弾丸が貫通してない!」
「このままじゃ危険だ。 おい、近くの病院はどこだ?」

凛生が押さえている手を剥がし、彼女の傷の部分を見る。
撃たれたあとは前にしかなく、それは貫通していない証拠だ。

「蒼天堀・・・」
「何?」
「蒼天堀にある・・・、"葵"ってスナックへ・・・」

狭山はなけなしの力で言ったのだろう、行き場所を告げた瞬間、気を失った。
だが告げられた場所は病院ではなく、何故かスナック。

理由は分からないが、ここは彼女の言葉に従うしかない。

「桐生さん、私は彼女を看ています。 だから葵というスナックを探してきてください」
「分かった」

凛生の言葉に桐生は頷き、車を出てスナック葵へと向かう。
桐生に場所の特定を任せて、とにかく止血をしなければ。

凛生はこちらに来る前に着替えてきた白のロングTシャツの裾巾あたりを、口と手を使って力任せに裂く。
へそが見るくらいまで裂くと、包帯上になったそれをハンカチをガーゼ替わりに置いてから、傷口に巻いていく。

「狭山さん、気をしっかり・・・!」
「う・・・」

あとは彼女の意識を戻すために、呼びかけ続ける。
早く、少しでも早く。
桐生が場所を見つけて、戻ってくる事を願いながら。

「凛生!」
「・・・! 桐生さん!」
「場所が分かった、急いで狭山を連れて行くぞ!」
「はい!」

幸か不幸か、思ったよりも早く帰って来てくれた。
桐生は狭山を背負い、凛生はその後ろをついて行く。

彼女の体力が尽きてしまう前に、スナック葵へ急がねばならない。
止血をしていても止まらない血が、腕を伝って地面へと落ちていく。

凛生は力が抜け切った狭山の手を、そっと握ってついて行った。

スナック葵に着くと、ショートカットのやや年配な女性が駆け寄ってきた。
桐生がどうすればいいと訊くと、こちらへ寝かせろと彼女は言う。

あとの治療は自分がやるからと、彼女は狭山の傍に寄る。
此処に居ては返って邪魔になるだろう、二人はそう判断して、外へと出た。


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