龍如長編(弐)

□双龍 -花火-
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夜、人という人がまだ外出していてもおかしくない時間帯。
そんな時間帯に、大阪へと到着した。

蒼天掘に足を踏み入れると、大吾は関西にはいい思い出がないから歩き回れる気分ではないとこぼした。
確かに此処は彼が刑務所に入れられる理由となった地、いい気分はしないだろう。

そんな大吾の願いを受け入れ、彼とは入口付近ですぐに別れた。
小走りでホテルへと去って行く背中を見送り、桐生と凛生は二人で夜の大阪の街を歩く。


適当に歩いていると、グランドキャバレーという店のVIP席にヤクザのような団体客が来ていると小耳に挟む。
何かただ事ではないだろうと感じ取り、二人は聞き込みをしてグランドキャバレーへとたどり着く。

桐生が中に入って話を聞いてくるも、どうやら同じような結果だったらしい。
仕方がないのでまた街を歩いて情報を収集しようとした矢先、成り行きで知り合いになった黒川という男がVIP席への紹介をしてくれた。

(あれをお願いと言っていいのか、いやダメだな)

かなり遠い知り合い、既に他人だろうと突っ込みたくなるほどの間柄のあと、電話をした。
最初は普通にお願いという感じだったが、後半はもうただの脅迫だ。

まあそのおかげで入れる事になったのだから、とりあえずは目を瞑っておこう。

今度も場所が場所なので、凛生は外で待機。
夜による独特の寒さを肌で感じながら、グランドキャバレーの壁に背を預ける。

すると、しばらくして聞こえた騒音。
凛生はもしやと思い、騒動を理由に店の扉を開ける。

中はパニック状態になっており、VIP席があるだろう上階からは殴る音と悲鳴が響く。
予想は的中したようだと頭を抱えながら、凛生は階段を上がって騒動の根源を目指した。

階段を上がればすぐ、桐生と殴り合っている組員だろう男たちの姿が目に入る。
凛生はため息をつきながら、地を蹴り、宙を舞い、一回転してからのかかと落としを綺麗に決めた。

「ぐはっ!?」
「・・・! 凛生、どうしてここに」
「これだけの騒動、外にも響きますよ」
「なんじゃワレェ!?」
「何さらすんじゃこのアマ!!」

いきなりの凛生の登場に、彼らは戸惑うも邪魔された事への怒りを連ねる。
凛生は肩を竦めて、桐生に背中を合わせる。

「どうやらゆっくりと事情聴取もできませんね、片付けましょう」
「悪いな」
「あんまりそう思ってないくせに」

桐生と会話を交わして、凛生は目の前の男を殴る。
怯んだところで腕をとり、綺麗に一本背負いを決めた。

「ほお・・・、あのネーチャン只モンやないな」

ソファに座りながら、戦いっぷりを観戦している一人の男が。
どこか品定めするかのような目線を投げつつ、口を弧に描いて、凛生を見つめていた。

数分もすれば、男たちは地面に倒れていた。
直後、背後から響くひとつの拍手。

「お見事や。
 すまんことしたわ、ウチの若い衆は血の気が多くてのう。 ・・・もうお帰りですか?」

桐生は拍手をしてきた彼を少し見てから、階段へと足を向ける。
すると、呼び止めるような声がかかってきた。

「お前等といると酒が不味くなる」
「それに女である私がいるべき所ではないしな」
「・・・アハハハハ!
 アンタは大した男や、ネーチャンの方もな・・・。 気に入った!さっきのお詫びとして奢らせて下さいや!!」
「「断る」」

声を揃えて、二人は男の誘いを断った。
歩みを止めていた足を、再び階段へと向けて動かす。

「近江、郷龍会の奢りでっせ?
 ワシの顔・・・、立てたって下さいや」

だが、その一言で足を再度、止める事になった。
桐生は小さく『郷龍会』の単語を口にし、後ろの男は店で一番高い酒を持って来いと叫んだ。

二人は顔を見合わせ頷き、踵を返して彼らのいたソファーへと向かう。

「ホンマにええ度胸しとるわ・・・。
 ウチの組にもアンタ程の男はおりませんわ・・・、ワシの女にもネーチャン程の威勢のいいのもなあ・・・」

ソファーに座って、こちらを見据える男。
桐生と凛生はその男の前で、一度、歩みを止めた。

「関東の方やな?」
「ああ・・・」
「そうやろな・・・、アンタら程の人が関西におったら直ぐに噂が広まりますさかいに。 お近づきの印に、お名前・・・教えてもらえまへんやろか」

名前、と聞いてピクリと凛生の肩は跳ねる。
凛生は別に名乗っても問題はないが、桐生は問題が大ありだからだ。

「これは失礼・・・。
 ワシは近江連合郷龍会二代目の・・・郷田龍司・・・、と申します」

すると、名乗っていいものかとあぐねいている間を、そちらから名乗るべきだろうという風に捉えたらしく、男は自分の名を明かす。
郷田龍司、と。

近江連合ぐらいはご存知だろう、と郷田は続ける。
日本で一番有名な代紋だから、と。

桐生はそれに短く頷き、ソファーに座った。

「で・・・、お名前は?」
「名乗るほどの者じゃねえ」
「ワシもこうして腹割って話しとるんです。 名前ぐらい、教えてもろてもええやないですか」

これは言い逃れはできなさそうだ、と雰囲気で感じる。
桐生は少しの沈黙のあと、口を開く。

「桐生・・・一馬だ」

その名前が出た途端、空気が緊張に染まる。
偽名も何も使わずに、桐生は真っ向から本名を名乗った。

おそらくこの男の前で、偽名を名乗っても無駄だろうと判断したのかもしれない。

「・・・堂島の龍、東城会の桐生一馬さんですか・・・?」

桐生の名前を聞いて、郷田の目が鋭くなった。
まるで睨むような眼光、凛生は誰にも気づかれないように手の平を握る。

「いや・・・、そんな男は知らねぇ」

桐生は問われた言葉に、動じる事もなく静かに返す。
言った事は間違っていない、今の桐生は堂島の龍ではなく、ただの堅気なのだから。

桐生の答えを受け取ると、郷田はおかしそうに笑う。

「兄さんも人が悪いわ・・・、驚かさんといて下さい!」

一頻り笑ったあと、そう告げる。
それから視線を凛生の方へと投げて、口を開く。

「ネーチャンのお名前は?」
「・・・榊、凛生」
「榊凛生さん、ですか」

郷田は凛生の名前を復唱すると、じっと彼女を見据える。
彼の視線はまるで、品定めしているかのような感じがしてならない。

「まぁ、でも本物な訳ないわな・・・」

だが、それもすぐに終わり、視線は桐生へと移る。
本物だったらこんな場所で酒を飲んでいられるわけがない、と続けて。

桐生はその言葉に、何故だと問う。
凛生も同じ意味を含めて、郷田を軽く睨んだ。

「本物やったら、今頃それどころやない。 必死こいて戦争の準備しとるはずや・・・」

手でピストルの形を作って、郷田は答えた。
放たれた答えは、決して穏やかではない。

「あ〜やせ! 折角やから教えますわ。 さっきワシがキレた理由(わけ)・・・」

郷田は言う、『関西の龍』と呼ばれるのが気に入らないのだと。

龍はまだいい、だが関西が気に入らない。
『龍』に『関西』も『堂島』もありはしない、極道の世界で『龍』と呼ばれる男は一匹でいい。

静かに、重く、彼は放った。
言葉と共に鋭くなった、彼の眼光。
その瞳の奥そこには、煮えたぎる闘争心が宿っているように見えた。

「あんたもそう思いますやろ?」
「・・・まぁな」
「ふっ、はははは! あんたとは気が合いますな」

相手を刺激しないようにか、はたまた自分も思っていた同意か。
桐生は郷田が望んでいた言葉を返し、彼は笑って受け取った。

そして続ける、これも何かの縁だから、もっといい話を教えると。

「今夜の12時ちょうど・・・、神室町に派手な花火がドカンと一発・・・打ち上がるんですわ」
「花火・・・?」
「随分と季節外れな花火だことで・・・」
「ワシが仕掛けた花火です、一世一代の祭りが始まるんや」
「・・・祭り?」

運ばれてきた酒を注ぎながら、郷田は楽しそうに話す。
花火、祭り、何かの言葉の比喩とも取れる単語に、凛生は顔を顰める。

「その幕開けの花火が神室町で上がるんや。 そして明日・・・堂島の龍は・・・死ぬ」
「・・・!」
「何?」
「それでワシは、本物の龍になる・・・」

不敵に笑いながら言う郷田に、凛生は嫌悪にも似た何かを感じた。
郷田は少し喋り過ぎたと言い放つと、席を立つ。

「あぁ、そう・・・一つ言い忘れましたわ。
 明日出かけるなら、香水の一つでもつけていったほうがよろしい」
「・・・どういうだ」
「あんたの体からプンプン匂うんですわ。 ・・・血の香りが、桐生一馬さん」
「・・・!」
「・・・ほな」

郷田はそれだけ言うと、部下を連れて去って行った。
凛生は彼が去って行った方を、きつく睨みつける。

「仕掛けた花火・・・」
「12時だと言ってましたね・・・」

桐生と凛生は、桐生がつけていた腕時計で時間を見る。
その針は謀ったかのように、丁度その時間を指した直後だった。


とりあえず郷田が完全に去ったのを確認してから、二人は席を立つ。
階段を降りようと先行して歩く桐生の背中に、凛生が抱きついた。

「・・・! 凛生?」
「・・・・・・」
「なんだ、どうした?」
「・・・・・・」

ぎゅう、と桐生のグレースーツを握り締めて凛生は黙って抱きついている。
突然の彼女の行動に、当たり前だが桐生は戸惑う。

「・・・しません」
「え?」
「桐生さんから、血の匂いなんてしません!」
「お前・・・」

どうやら、先ほどの郷田の言葉を気にしていたようだ。
抱きついていたと思っていのは、桐生の体の匂いを嗅ぐためだったらしい。

「ふっ、なんだ? 慰めてくれるのか?」
「違います。 慰めではありません、本心です」
「・・・・・・」
「桐生さんの体からは血の匂いなんてしない、・・・まったくとは言えませんが。 でも、そんなものよりも桐生さんからは潮の香りがとてもします」
「潮の香り?」
「はい、何故だか分かりませんが・・・」
「・・・そうかあ」

凛生はそっと桐生から離れると、桐生は凛生に向き直って見下ろす。
ひどく優しい笑みで彼女を見つめると、ぽんぽんと頭を撫でる。

「・・・桐生さんは最近、これが好きですね」
「嫌か?」
「・・・いえ、兄によくやってもらっていたので懐かしいと思っているだけです。 すごく好きなので、もっとして下さい」
「おう、気が向いたらな」

凛生の言葉に満足な顔をすると、彼女の腕を引いて外へと出る。
温まった心のまま外に出ると、それはすぐに冷めた。

先程までと外の様子が、まるで違うからだ。
周りの人間の言葉を拾っていくと、神室町で何か事件があったらしい。

大型ビジョンでニュースをやっていると情報を得て、二人はある場所へと向かう。
場所へとたどり着くと、そこにはミレニアムタワーの上階あたりが爆発している様子を流していた。

ニュースは午前0時に爆発が起きた。
詳細は分かっていないが、起きた場所には暴力団関係の事務所があり、事故以外の可能性もあると言う。

「これが・・・花火・・・」
「あの野郎・・・!」

凛生は苦々しい顔で、歯切りをする。
脳裏に浮かぶのは不敵な顔をして去って行く、郷田龍司。

きっと彼は、桐生が堂島の龍の桐生だと分かっていたのだ。
だからあんな事まで話し、自分はあえて知らぬ振りをした。

湧き上がる憤怒に、握り締めた手に力を込める。
食い込んだ爪は、凛生の手から血を少し、流させた。


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