龍如長編(弐)

□双龍 -贅沢-
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夜の神室町を、二人は歩く。
最中、『堂島大吾』を見たという人物や絡まれた人物、彼の部下らしき者たちと遭遇していき、情報を集め、彼が現在いるキャバクラまで掴んだ。

とりあえず凛生は一年前と同じく、外で待っている事にした。
おそらく桐生は堂島大吾を連れて、外へと出てくるはずだからだ。

もし連れてきて乱闘になるのであれば、その時は。
凛生はひとつの思いを心に決めて、桐生を待ち続ける。

そして数分後、予想通りに桐生は出てきた。
だが、連れてきたのは堂島大吾ではなく、彼の部下だろう男たち。

そのうちの一人が桐生を背後から殴ろうとするも、彼はひらりと余裕坦々でかわした。
殴りかかった男は、勢い余ってか無様に地面へと倒れる。

「随分と大所帯をお連れで」
「まあな、あいつは若い奴には人望はある」

凛生が近づいて桐生に言うと、彼はそう返した。
心なしかその声は、どことなく嬉しそうに聞こえなくはない。

「お前等みたいな奴が、まだこの街にいたとはな・・・」
「何が言いてぇ」
「身の程知らず・・・、ってことだ」
「ハッ、・・・言うじゃねぇか。 でもその口、直ぐにきけなくしてやるぜ・・・!」
「その女もあんたの仲間だってんなら一緒に潰してやる!」
「はぁ、・・・確かに身の程知らずだな」

凛生は寄りかかっていた壁から背を離すと、トーンと飛んで空中で一回転をしてから、桐生の背中へと降り立った。
その動作はあまりにもしなやかで、一瞬だけ息を飲んだ。

「一年前よりも様になってんじゃねぇのか?」
「当然、日々鍛錬あるのみですから」

背中を合わせ、言葉を交わす。
まあこのくらいの相手ならば、どちらか一人でも十分に事は足りる。

だが、久しぶりの共闘。
おそらくしばらくはこうする事が多くなるだろうから、息を合わせておいて損はない。

それから静かな神室町の裏路地に、複数の男たちの叫び声がすぐに響く。
堂島大吾の部下たちは、あっという間に地面に倒れ、のたうち回っていた。

「お前らに恨みはねえんだ・・・。 これ以上、怪我させたくねえ」
「・・・うるせえ!!」

痛みに声を上げていた一人が、ナイフを取り出した。
だが、桐生も凛生もそれに動揺する様子は微塵も見せない。

「そんなもんチラつかせたら、・・・遊びじゃすまねえぞ」
「こちらとしても心が痛いものがある、・・・いい子だから言うことを聞いてくれ」

きっと、彼らは堂島大吾のためを思ってやっているのだ。
だから必要以上に怪我をさせたくない、傷つけたくない。

「やめろ」

すると、一つの制止の声が響く。
ナイフを持っていた彼は振り向いて、『兄貴・・・』と小さく述べる。

白いジャンパーを着た三十代前後ほどの男、どうやら彼が堂島大吾のようだ。

「そっちの女は知らねえが、お前らが適う相手じゃねえ」

大吾が咎めるように言うと、ナイフを持つ彼は食い下がる。
だがもう一度、咎めの言葉を投げれば、彼らは痛む体を引きずって店へと戻っていく。

「躾がなってねえな」
「奴等は舎弟じゃねえ。 兄貴、兄貴と言って勝手について来る連中だ」
「相変わらず、若い奴からの人望はあるんだな」
「ふん、・・・もう他人とつるむのはゴメンだ」
「東城会に・・・、戻ってくれ。 お前が必要だ・・・」

どこか諦めたように、疲れたように。
大吾は短くそう述べると、こちらに背を向けて戻ろうとする。

どこか哀愁を漂わせる背中を、桐生は彼の逆鱗に触れるだろう一言で止めた。

「俺にとっちゃ、必要の無え場所だ。 ・・・放っといてくれ」

だが彼は、そう言ってバッサリと切り捨てる。
その言葉を発した声も、まるで抜け殻のように覇気を感じられない。

(・・・必要のない場所だと?)

凛生はその言葉に、怒りを感じた。
確かに彼自身に起きた不幸には同情する、だが。

たかが一度や二度の不幸で、まだ希望ある未来を彼は捨てて生きている。
自分の事を心配してくれる肉親をも、捨てて。

怒りに震える拳に、ポツリと冷たい感覚が。
空を見れば、冷たい雫が降り注ぎ始めているのが見えた。

「話は姐さんから聞いた」
「そうか。 なら尚更だ・・・、放っといてくれ」
「そうはいかない・・・。
 今は・・・、組の存亡がかかってる」
「東城会がどうなろうと俺には関係ねえ」
「お前は東城会に恩があるはずだ。 今のお前があるのは・・・組と・・・堂島組長がいたからだろう」
「アンタにそんな事言われる義理はねえ」

大吾は表情を僅かに怒りに染めて、こちらを振り返った。
耳には忙しなく、降り注ぐ雨の音が入ってくる。

「俺はな桐生さん。 アンタだけは信用していたんだ、憧れの存在だった・・・。
 ・・・けど今は違う。親父が殺されてから、徐々に組はおかしくなった。 今はもう・・・体張るだけの価値はあの組に残っちゃいない」

吐き捨てるように言い、彼は再び背を向ける。
嵐でも近いのだろうか、雷がゴロゴロと音を立てて、時おり光った。

「よく分かってるじゃねえか」

桐生が言うと、大吾はもう一度、こちらを向いた。
そのまま続ける、大吾の言うとおり、今の東城会に体を張る価値はない。

幹部の人間も金勘定ばかりに明け暮れ、昔の威光はなくなった。
だが、自分はまだ信じている。

その言葉に大吾は、何をと返す。

桐生は風間や嶋野、大吾の父親がいた頃の強い東城会を。
そしてあの頃の東城会に戻るには、堂島大吾という存在が必要なのだと静かに言い切った。

「勝手なこと言いやがって・・・。
 1年前、組を滅茶苦茶にしたのはアンタだろうが!」
「そうだ。
 だから俺は・・・、その責任を取りに来た!」

桐生はそう言うと、大吾を殴った。
不意打ちだったせいか、大吾はまともにそれを喰らい、倒れる。

「何しやがる・・・」
「どうだ・・・、少しは目が覚めたか?」
「・・・・・・ふっ、変わんねえな・・・。
 昔から力ずくで事を動かそうとする」
「そうした生き方しかできなかったからな・・・」
「俺も同じだ・・・。 力で来るものには・・・力で向かっていくだけだ!」

どうやら、そろそろ言葉としての長い話も終わり、拳との会話が始まるようだ。
凛生は凛生で、自分も彼に一発くらい痛みを与えたいと考えていたが、とりあえずここは一度、桐生に任せて下がるべきだと思い、引く。

瞬間、路地に響く殴り合う音。
その音は酷い雷雨の音にさえ負けず、凛生の耳に入ってくる。

凛生は特に動揺する事もなく、ひたすら戦いを静かに見据える。
二人の男の、拳という会話を。

事無くして、大吾は桐生から強烈な一撃をもらい、壁へと叩きつけられ、地面に腰を据えた。
どうやら勝者は、桐生のようだ。

「東城会の運命は・・・、全てこいつにかかってる」

桐生は大吾に目線を合わせるよう屈み、懐から寺田の手紙を取り出す。
大吾は静かに手紙と桐生を見つめ、何も言わなかった。

「・・・とりあえず、キリはついたようで?」
「ああ・・・」
「・・・じゃあ今度は私の番ですね」
「あ?」

凛生が近づいてきたので、桐生は立ち上がって頷く。
だが、次いできた凛生の言葉に疑問を飛ばすも、彼女の言葉の真意を問う前に、凛生は大吾に近づいて、前に立った。

壁に背を預けて座っている大吾の胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。

「な、いきなり何・・・」
「うるせえこの贅沢者があ!!」
「がっ!?」

ゴキィッ、と彼の体を壁から道へと向けてから、凛生は強烈な頭突きを食らわせる。
その光景は、先ほど東城会で桐生がやられた光景と酷似しており、桐生は無意識に額を押さえた。

「いってえ・・・! マジで何しやがる・・・!」
「喧しいこの贅沢者」

地に倒れた大吾に馬乗りになり、凛生は再び胸ぐらを掴む。
赤い縁に囲まれている彼女の黒い瞳は、真っ直ぐに大吾を射抜いた。

その強い瞳に、大吾の胸は何故か高鳴りをした。

「お前、兄弟は?」
「・・・はっ?」
「いいから答えろ、いるのか?いないのか?」
「い、いねえよ・・・」
「ほう、ならお前にとっての唯一の肉親は弥生さんだけということだな?」

彼女の名前を出すと、大吾は小さく反応する。
それから凛生を睨むように、強く見返した。

「だったら何だってんだ・・・」

吐き捨てるかのような言葉、凛生はそれにまたひとつ怒りを覚えた。
だが分かっている、これは自分の身勝手な怒りだ、苛立ちだ、・・・嫉妬だと。

けれども理性はそれを抑えきれず、凛生を動かした。

「たかが一つや二つの不幸くらいでなんだこの体たらくは?
 まだお前にはお前の身を案じてくれる、お前自身を抱きしめてくれる肉親がいるというのにっ! それがどれだけ幸せなのか、それすら分からないほど怠惰(たいだ)に身を預けやがって!!」

凛生のこの言葉に、今度は大吾が怒りを持つ番だった。
それもそうだ、いきなり桐生と共に現れた見知らぬ女などに、言われる筋合いなど毛頭ないのだから。

「ふざけんなっ、たかが一つや二つだと!? 会ったばかりのお前に俺の何が分かる!?」
「分かるものか!だがなお前の愚行ぐらいは理解してるつもりだ!
 堂島組長が殺されて苦しい思いをしたのはお前だけじゃない、東城会がおかしくなっていくのを見ていて悲しかったのはお前だけじゃないだろう!
 お前の母親である弥生さんだって苦しんだ!悲しんだ!痛い思いをたくさんした!なのに同じ思いをしたお前がなんで支えてやらなかった!?彼女を支えられるのはお前だけだったはずじゃないのか!?」
「・・・!」

大吾は叫んだ、自分の苛立ちを。
だが凛生はそんな言葉をものともせずに、一蹴する。

出てきた彼女のその言葉に、大吾は黙らずにはいられなかった。

「一年前、弥生さんはきっと桐生さんと刺し違えるつもりで堂島組長が殺された場所へ呼び出した。 そして彼に刀を向けた、その時の彼女の気持ちを考えてみろ!!」
「・・・!」
「・・・・・・お袋が?」

一年前、あの日。
弥生はきっと自分の命すら投げうるつもりで、桐生を呼び出したに違いない。

彼がどんな事をしてこようが、愛した男の敵を討つ。
ただそれを、果たしたいがために。

「彼女は彼女なりに堂島組長に報いようとした、自分の気持ちにケジメをつけようとした。 だがお前はそんな母親の傍にいることさえせず、自暴自棄になって馬鹿をやり、戻ってきたら帰らずに遊び呆ける日々・・・」

彼の胸ぐらを掴んでいる手が、喋り続けている、いや叫び続けている声が。
時間が経つにつれて、震えていく。

それは怒りからか、それとも。

「いいかよく聞け、死んでしまったら何もかもできないんだ! 声を聴くことも、言葉をかけることも、触れ合うことも、願いを叶えることも、何もかも!どれだけ会いたいと思っても会うことすらもできないんだ!!」
「・・・凛生」
「私だって両親が殺された!目の前で!!」
「えっ・・・」

彼女の言葉に、二人とも目を見開いた。
桐生は凛生が孤児である事は知っていた、だから両親がいない事も自ずと分かった。

そしてヒマワリの設立理由も知った今、彼女の両親が殺されたという事も。
だが、まさか目の前でなんて思ってもみなかったからだ。

「今だっていつも思ってる・・・、あの時ああしていればよかった、こうしていればよかった。 どれだけ思っても何もできない苦しい思いを、私はずっと胸に持ち続けているんだ!」

ぽつり、ぽつりと。
雨ではない雫が、大吾の頬へと落ちる。

それは瞳を悲しみに染めた、その染めたモノが形となって降り注ぐ凛生の涙。

「お前にはまだあるだろう・・・。 どうしようもない思いを出せる場所が、叶えられる場所が!それがどれだけ贅沢か分かれ!」
「・・・・・・」
「そしてするな、こんな生涯続く苦い後悔を。 ・・・逃げられない思いに縛られたりするな、縛られる前に叶えてみせろ!!」

そう言うと乱暴に涙を拭いて、大吾の上からどいた。
大吾に背を向けて、目元に腕を当てる凛生に桐生がそっと寄り添う。

彼女が少し落ち着いたのを見計らって、大吾を立たせてとりあえず公園へと向かう事にした。


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