龍如長編(弐)

□双龍 -帰還-
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桐生が遥をヒマワリに届けている間、凛生は神室署へ行って、久井に頭を下げていた。
濁しだが事情を話すと彼は分かってくれ、突然の長期休暇の申請を許可してくれた。

凛生はお礼の言葉と思いを込めて、もう一度、久井に頭を下げてから署を後にする。
残るは谷村の説得だけだ、と顳(こめ)かみを押さえながら息を吐いた。

「正義、いる・・・?」
「ん?」

確か、今日は非番だったはず。
何処かに行かないかと誘われた記憶があるから、凛生は覚えていた。

おそらく『故郷』にいるだろうと思い足を踏み入れれば、名前を呼んだ彼は奥の部屋から顔を覗かせた。

「なんだ、もう用事は終わったのか?」
「いや、まだ終わってない。 ・・・えっと」
「・・・なんだよ、何かあるならいつもみたいにハッキリ言えよ」

いつもならハキハキと、キッパリと物事を言い切る凛生が珍しく言葉を詰まらせる。
谷村は少し疑問に思いながらも、彼女に話すように促す。
凛生はその言葉に息を吸い込み、谷村を見据えて、口を開く。

「一週間くらい、用事でいなくなります」
「却下」
「即答だと!?」
「その様子じゃお前、また変な厄介事にでも巻き込まれそうなんだろ?」
「う・・・」
「しかも"くらい"ってことは、以上もあるってことだろ?」
「うう・・・」
「そしてそこで唸るってことは以下はないってことか、コラ」
「・・・・・・」

最早、グウの文字も出ない状態。
上げていた顔を、凛生はどんどん俯かせて、縮こまっていく。

出来れば心配はかけたくない、だが。
だからと言って、この事態を見過ごすわけにはいかないのだ。

「確かに危険な用事ではあるけど、お願い正義、行かせて」
「・・・・・・」
「行かなかったら後悔する、絶対に。
 正義やみんなにまた心配をかけてしまうのは分かってる、でも・・・」

行かなくちゃいけないんだ、恩人から頼まれた大事な仕事を全うするために。
凛生はそう続けて、もう一度、顔を上げて谷村を見据えた。

「・・・・・・はあ、分かった」
「・・・!」
「ただしだ、絶対に無茶はするな。 危ないと少しでも思ったら迷わず帰ってこい」
「分かった!」
「あの時みたいに怪我もしてくるなよ」
「それは少し約束できないな、それじゃ!」
「は!? ふざけんな!!」

まるで言い逃げするかのように、片手を上げて扉を開けて出て行く凛生。
谷村はそれに怒りを覚え、すぐに凛生を追って自分も『故郷』の外へと出た、直後。

「・・・!」

ふわり、と自分の鼻をくすぐる凛生の匂いに包まれる。
まるで花のようなほのかな匂いがしたと思えば、唇に感じる凛生のそれ。

ちゅ、と小さなリップ音が響く。
離れていく凛生の小さな唇を見送ると、だいぶ伸びた彼女の髪の毛先が頬をくすぐってくる。

「行ってきます」

ふわり、と以前では想像もできなかったやさしい笑みが視界を占めた。
おそらくほんの数秒ほどの出来事、その自分の身に起きた事を谷村はすぐに理解できずに、唖然とする。

固まった谷村を背に、凛生は小走りでその場を去った。

「・・・・・・あー! くそっ、・・・マジでふざけんなっ」

彼女がいなくなってようやく我に返り、谷村は『故郷』の壁に寄りかかって、ズルズルと地に腰を降ろす。
文句の一つくらい投げて見送ってやろうと思ったのに、これはひどい不意打ちだ。

口元を押さえながら、赤くなった顔を冷ますように谷村は頭を乱暴に振るった。



凛生は亜細亜街を出て、桐生との待ち合わせ場所へと急ぐ。
その場所は神室町の入口、門の下だ。

「桐生さん、お待たせしました」
「やっと来たか・・・」
「すみません、少し説得に戸惑って」
「いや、別に責めてるわけじゃねえ。 むしろ俺がお前に謝りたいくらいなんだからな・・・」
「これは私の意思で決めたことです、謝りでもしたらまた殴りますよ?」
「分かってるよ。 たくっ、 相変わらずおっかねえ女だぜお前は・・・」

肩を竦めて言う桐生に凛生は当然だ、という顔で返した。
そして彼が神室町へと足を踏み入れると、凛生が彼の前へと回る。

「桐生さん」
「あ?」
「おかえりなさい」
「・・・!」

小さく礼をして、凛生は桐生に言葉を放った。
放たれたその言葉は、驚いた桐生の耳に吸い込まれていく。

「言ったはずですよ、あなたの帰りを待つ人になると。 それに『出迎えを頼む』と言ったのは誰ですか?」
「・・・ああ、そうだな。 ・・・ただいま」

桐生は一年前、自分が言った事を覚え、そしてしてくれた彼女に笑いかける。
自分よりも頭一つ分以上は小さい彼女の頭を、そっと撫でた。

それから二人は、東城会の本部へと向かう。
凛生は立場上、外で待っていた方がいいのではないかと桐生に言ったが、寺田から直接、頼まれたのだ。

だから後ろめたい思いをする事なく、堂々と入ってくればいいと返した。
しかしそうであっても、やはりいい顔はしないのではないかと凛生は続けたが、あとは問答無用で桐生に連れて行かれたのは言うまでもない。

中に入れば、そこには東城会の幹部たちが勢ぞろいしていた。
桐生はそれに臆する事なく、真っ直ぐに着物を着た女性の元へと向かい、頭を下げてから寺田から預かった手紙を取り出す。

「・・・あんたは、あの時の」
「・・・!」

着物を着た女性は、凛生は見て少しだけ瞳を見開いた。
凛生も彼女には覚えがある、一年前、桐生がとあるビルに入っていった時、そこから外を見ていた女性だ。
おそらく一番偉い席にいるだろう彼女を見て、やはり堂島の奥方だったのかと理解した。

「なんだい桐生、あんたの女かい?」
「いや、そんなんじゃありません。 ・・・一年前、世話になった恩人です」
「そうかい。 でも、だからって勝手に部外者を入れるのは感心しないね」
「いえ、こいつは部外者じゃありません。 こいつは俺と一緒に、寺田にその事を頼まれたんです」
「五代目に・・・?」

彼の血に濡れた手紙と、桐生と凛生を交互に見る。
少し険しい顔をしていたが、何か納得したような顔をすると、静かに頷いた。

どうやら自分も此処にいていいようだ、凛生はそう解釈すると胸を撫で下ろす。

着物を着た女性、もとい堂島弥生は、手紙を開いて音読を始めた。
内容は郷田会長と兄弟の盃を交わし、長きに渡る戦争を終わらせたいというものだった。

「まさか、この書状を関西に持っていくつもりですか? 代行・・・!」
「落ち着け・・・!」
「親の命(たま)ぁ殺った相手の所に出かけて行って盃交わして下さいなんて・・・、笑い話にもなりませんでしょうが!」

当然だが、この話に反論が出る。
それもそうだろう、即(すなわ)ち自分の頭を殺した相手の所へ赴き、頭を下げてくるという事だ。

一番に反論した男のように、これは笑い話では済まされない。
この、極道社会では尚さらだ。
やられたらやり返す、それがこの世界の掟と言っても過言ではないのだから。


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