龍如長編(壱)

□伝説 -責任-
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賽の河原に着くと、そこはまだ痕は残るものの、以前の状態になりつつあった。
四人で花屋の部屋の入口まで向かっていると、彼は外に出て、仲間と共に火に当たっていた。

「おう、お前等、無事だったか!」

彼はこちらの存在に気づくと、喜びを含めた色で声をかけてきた。
おそらく自分たちがどのような状態だったのか、既に彼の元に情報がいっていたのかもしれない。

「どうした?」

花屋は何か険しい顔つきをしたまま、こちらに向かってくる桐生に問う。
凛生もこれから出てくる結果がなんとなく察しが付いており、顔を強ばらせていた。

「一つ頼みがある」

桐生は静かに、花屋に言った。
四人は花屋と共に地下のモニタールームへと降り、花屋は定位置に座った。

「どういう事なんだ? 桐生」
「もっと早く気がつくべきだった・・・」
「・・・じゃあ桐生さん、やはり・・・」
「ああ・・・。
 歌彫のところに行った時・・・、錦は俺宛に電話をかけてきた。 あいつには・・・俺の動きが見えていたんだ」

桐生は自分が立てた憶測と、浮いた疑問を口に出す。
水死体が美月ではない以上、ペンダントのひみつは誰から聞いたというのか。
由美は未だに失踪中、彼が遥と会った事はない。

だが、一人だけ。
由美と美月と両方と関わりを持ち、遥とも会い、錦山とも関わりを持っている人物がいる。

「出るぞ、桐生。 ・・・セレナの映像だ」
「歌彫に会いに行った日は確か・・・」
「四日前の映像を頼む」
「お前等・・・、まさか?」
「そこだ、・・・再生してくれ」

彼らが疑っている人間が誰か、伊達にも分かったようで言葉をこぼす。
桐生は伊達の言葉に答えず、花屋に再生してくれと頼んだ。

凛生は心なしか震えているように見える桐生の手が目に入り、再生される前にそっと握った。

そして、再生された映像には。
桐生と伊達が出て行った後、麗奈が錦山に電話をしている場面だった。
どうやら、悪い結果が当たってしまったようだ。

「あの、麗奈が・・・」
「いやだよ・・・、こんなの」

ようやく裏切り者が誰か分かった、伊達と遥。
二人共、顔は浮かない。

そして、分かっていた桐生と凛生もそれは同じだ。
桐生は自分が立てた憶測が、見事に現実となって突きつけられた事にやはりショックだったのか、凛生に握られた手を無意識に強く握り返した。

「桐生、榊・・・。
 お前等がここに来る前、遥を探してほしいって女が来た。 ・・・この話、覚えてるか?」
「あぁ」
「はい、・・・まさか」
「ああ、そのまさか。 この女だ」

花屋は麗奈がよく見えるアングルで映像を止めて、告げた。
遥を探して訪ねてきた女、それは由美でも美月でもなく、麗奈。

だとすれば、おそらくあのタイミングで美月が電話してきたのは偶然だったのだろう。
もしくは、彼女に独自の情報網があり、それで遥の危険を察知して、連絡してきたのか。

「伊達さん、榊・・・。 行こう・・・、セレナへ」

静かにそう告げてから、桐生は凛生の手を離した。
出口に体を反転させる際、そっと凛生の頭に手を置いて、桐生は歩き出す。

おそらくお礼のつもりの行動だろう、凛生は置かれた部分にそっと触れてから、彼らの後を追った。



セレナへと着き、意を決して中へと入る。
しかし、中は想像していたものとは大分かけ離れていた。

争ったかのような形跡と、夥(おびただ)しい血痕。
全員がこの光景に目を丸くしていると、凛生はカウンターのテーブルにある一枚のメモに目が止まった。

「これは、・・・麗奈さんから?」
「・・・何?」
「読みます。 ・・・『桐生ちゃん、このメモを見ていたら、もう分かってるよね?』」

おそらく涙で数箇所、滲んだメモには。
麗奈が自分でしてきた事、錦山への想い、そしてしてしまった事の責任を果たすと書いてあった。

「麗奈・・・」

凛生が読み終えると、桐生が切なそうな顔をして、悲しげな声を出した。
すると、桐生の携帯が鳴る。

「シンジか!? ・・・お前、どうした」

電話の相手はシンジであるらしい、しかし桐生は焦った声で応対する。
その様子からして、彼に危険が迫っているとすぐに分かった。

「どうかしたのですか!?」
「シンジが麗奈を連れて逃げているらしい、すぐに行かねえと二人が危ねえ!」
「どうして・・・」
「麗奈が錦をセレナに呼び出して撃とうとしたらしい、だが・・・」

失敗に終わったようだ、とすぐに分かった。
だからこの場所の悲惨な現状、ならばおそらくこの血はシンジと麗奈のものかもしれない。

「彼らがいる場所は!?」
「よく分からないと言っていた、だがミレニアムタワーと賽の河原が見えると・・・」
「その二つが見えるとなると、どこか高い場所に入っているのかも? ・・・手負いだと思われる人間が無断で入れる場所、・・・廃墟ビルとかでしょうか・・・」
「可能性はあるな。 榊、一緒に来てくれるか?」
「もちろんです」
「伊達さんは遥とここに」
「ああ、分かったよ・・・」
「気をつけてね。 おじさん、凛生おねえちゃん・・・」

幼い遥と手負いの伊達を連れて行くには危なすぎる、だからセレナに残ってもらう事にした。
おそらく彼らを見つけるのは、錦山組の構成員の多数と交えると同じ意味でもあるだろう。
なので、桐生は凛生を連れて行く事にしたのだ。

セレナを出て、シンジと麗奈を捜す。

その最中(さなか)、やはり錦山組の構成員と出くわし、戦った。
彼らから情報を聞き出し、ようやく二人が賽の河原沿いにある廃ビルにいると分かった。

二人はすぐ、その場所へと向かう。

セレナを出てすぐ目に止まった、ひどい血の量。
かなりの重症を負っている証、どうか命は無事でいてほしいと願いながら。



ミレニアムタワー、賽の河原が見える廃ビル。
雑居ビルという廃ビルが、その条件に当てはまっていた。

裏口だろう場所へ行くと、そこには真新しい血痕が。
間違いなく、二人は此処へ逃げ込んだのだろう。

ビルに入ると、すぐにシンジから電話が入る。
屋上に向かっている、だがすぐに追いつかれそうだと彼は言ったらしい。

すぐに桐生と凛生は屋上へと向かう、途中、やはり待ち構えていた錦山組の構成員を相手にしながら。

屋上に出ると、既に数発をも弾丸を受けているシンジと銃を向けている男がいた。
このままではシンジは、止めを刺されてしまう。

「待て!!」

桐生が声を上げて、制止の声を叫んだ。
すると、男はこちらに振り向く。

「あ、兄貴・・・」
「桐生さん、・・・邪魔しないで下さい」
「黙れ」

桐生は一言、そう述べて近づくために足を進める。
すると、彼の足元に一発、放たれた。

「近づかんでください!
 これ以上、あんたに組荒らされたくないんだ!!」
「お前、シンジに銃向けて恥ずかしくないのか、お前等の兄貴分だろ」

彼が桐生に気を取られている間に、凛生は彼の視界に入らないようにシンジの横へと回る。
彼の体はひどく撃たれており、血が止めどなく流れる。

「悪いのは、田中の頭です。 親に背ぇ向けて・・・、組、裏切って!」
「・・・!」

彼は再び、シンジに銃を向けた。
凛生はすぐに伊達から渡してもらった自分の銃を相手に向けて、威嚇をする。

「部外者は邪魔すんな!」
「やかましい!人が殺されそうになっているところを見過ごせるか!」
「錦は東城会を裏切ってる・・・、本当の裏切り者はどっちだ?」
「うるせぇっ!!」

桐生が彼に言うと、彼は再び銃を桐生に向けた。
そして彼の顔のすぐ横あたりの軌道に、弾を放つ。

親が絶対なのだと、彼は叫んだ。
『親殺し』が口を挟むなと、桐生の傷を添えて。

「撃ちたきゃ撃てよ、シンジは撃てて俺は撃てねぇのか」

そう言いながら、桐生は震えた手で銃を構える男に近づく。
すると、桐生の背後から声がした。

赤いコートを着た、少し偉そうな男だ。
もしかしたら、来る途中で電話をしている男から聞いた、荒瀬という男なのかもしれない。

しかし、凛生はそれよりも。
部下の一人であろう男が手に引きずっている人物に、目を見開いた。

「麗奈!」
「麗奈さん!」

投げ出された彼女は、既に息絶えていた。
体に受けた銃弾の痕が、その痛々しさを物語っている。

「さっさと弾いて終わらせろや!!!」

桐生は目を開けたまま死体となってしまった麗奈を見つめ、傷だらけになってしまったシンジを瞼に思い出し、瞳を閉じる。
やり場のない怒りが、悲しみが、彼を震わせた。

「うぁああああああああ!!!」

そのやり場のない感情を吐き出すように、桐生は暗い夜の中を叫ぶ。
それはまるで泣いているように聞こえ、凛生は顔を歪めた。

桐生は叫んでから、彼らを倒すべく走り出す。
凛生はすぐに先ほどシンジに銃を向けていた男を、背後から殴って気絶させた。

気絶させたすぐ後、彼から拳銃を奪う。
自分の拳銃を脇に挟み、渡瀬が持っている拳銃を狙って撃った。
続けて彼らの部下の足を撃ち、動けなくする。

「ぐおっ・・・!?」
「・・・!」
「桐生さん、今です!!」
「すまない!」

凛生の思いがけぬ手助けに、桐生は渡瀬を格闘戦へと持ち込めた。
彼が勝つ事を信じて、凛生はシンジの傍に戻る。

「あ、あんたは・・・?」
「桐生さんと行動を共にしている者です、榊凛生といいます」
「そ、そうか・・・。 兄貴、よっぽどあんたのこと信頼してんだな・・・」
「えっ?」
「み、見りゃ・・・すぐに、わか・・・ったさ・・・」

下手をすれば桐生に当たったかもしれない弾丸、けれども桐生はそれに動じなかった。
撃った先を確認する事もなく、凛生の声だけで判断して、彼は戦いに向かったのだ。

長年、彼の兄弟分をやっていたのだ。
そのシンジには、凛生という人物がどれだけ桐生の信頼を得ているかすぐに分かった。


しばらくして、桐生は荒瀬を倒した。
彼は目を開けたまま死んでしまった麗奈に近寄り、体を正しい形にし、そっと瞳を閉じさせる。
終えるとすぐに凛生抱えているシンジに近寄り、膝をつく。

「兄貴・・・。 す、すんません・・、最後、まで・・・」
「シンジ・・・!」
「か、風間の親父は"アケミ"って女に、預けました。 お、俺の女・・・、です・・・」
「分かった・・・、"アケミ"だな」
「あ、兄貴・・・これを」

途絶え途絶えの息で、シンジが差し出した物は桐生にはひどく見覚えがある指輪だった。
おそらくシンジが錦山から、力を尽くして奪った物だろう。

「シンジ・・・、お前!」
「榊・・・さん、でしたよね・・・?」
「はい・・・」
「あ、兄貴を・・・よろしく・・・頼んます・・・」

そう言うと、彼の体から力が抜けた。
彼は最後の力を振り絞って、桐生に指輪を、凛生に言葉を託したのだ。

「シ、シンジ・・・!」
「シンジさん・・・!」

二人で声をかけるも、彼から言葉が返ってくる事はない。
凛生は力尽きた手を握るが、それは寒さからくる冷たさではなかった。

桐生は叫ぶ、シンジの名を。
だが、やはり彼からの反応は・・・なかったのだった。



二人の遺体を、賽の河原へと運ぶ。
彼らにとって頼れる唯一の場所は、此処しかないからだ。

花屋はできる限り、手厚く葬ると言ってくれた。
桐生はそんな彼の気遣いに、静かに謝罪を述べたのだった。






伝説 -責任-
(麗奈はとるべき責任をとった)(シンジは為すべき責任をとった)(ならば自分は、)(頼まれた責任を全うしよう)
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