龍如長編(零)
□淵源 - 悪夢 -
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嗚呼、まただ。
暗い、冷たい、寒い、熱い、痛い。
揺れる意識の中で、自分と同じ色の髪が揺れる。
その髪が、ほぼ同色の赤で染まる。
『・・・俺の分まで生きろ!!』
それだけを言い残して、炎の中に消えていく。
手を伸ばしても、届かない。
遠ざかる、自分の。
「・・──行かないで兄さん!!」
ガバッ、と勢いをつけて起きあがる。
伸ばされた自分の手は、最近になって見慣れ始めた壁へと伸ばされていた。
「・・・はっ、はっ・・・こ、こ・・・?」
ズキズキと痛む頭を押さえて、目を少し開く。
一周ほど見渡して、ここは『故郷』の奥にある事務室のような場所だと分かった。
横たわっている所は、ここに備え付けてある黒いソファーだ。
「・・・随分とでかい寝言だな」
「・・・!」
べしっ、と俯いていた頭を上げるように額に手が当てられたと思えば、視界が反転する。
ぼふっ、と再びソファーに身を沈められた。
そのまま落としてしまったらしいブランケットを、やや乱暴にかけられる。
「た、にむら・・・?」
「覚えてるか?
お前、組手開始と同時に倒れたんだぞ」
「・・・・・・」
「体バカみてえに熱いし、熱計ってみたら冗談じゃねえくらいあったし、無理し過ぎだ大馬鹿野郎」
39度9分なんて人間の体温じゃねえ、とぶっきらぼうに、怒ったように谷村は続ける。
いや、怒ったように、ではなく。
本当に怒っているのだろう、いつもよりのからかうような声色もなければ、言葉もない。
声のトーンも、今まで聞いた事がないくらい低い。
「お前の勝手だけど、とは言ったが、し過ぎるなとも言ったよな?」
「・・・・・・」
「せっかくの人の忠告を無視した結果がこれだ、バカ榊」
「・・・・・・」
「・・・とりあえずあの後、早退させたからな。
榊は一人暮らしだからってことで、俺も早退して此処まで連れてきた」
趙さんも心配してたから、あとで顔でも見せて謝っておけ。
谷村はそう続けて、凛生の額に冷水に浸したタオルを置いた。
「・・・谷村」
「なに」
「えっと、その・・・すまなかった」
「まったくだな」
「お前まで巻き込んで、早退させてしまって・・・」
「は? お前そっちに対して謝ってるのか?」
「えっ・・・?」
少し驚いたように言ったあと、谷村は呆れたように目を細める。
凛生はそんな彼の様子に、驚いた声を小さくあげる。
そのまま、違うのか?と言うような目線を彼に向けた。
「・・・はあ〜、お前ってほんとバカだな」
「・・・!」
深い呆れたという意味を含んだため息を吐いて、谷村は言った。
凛生はその言葉にカチン、とくるものがあったが、いかんせん立場はこちらが明らかに下なので、グッと堪える。
「早退の件については別にいいんだよ、俺もついでにサボれたし?」
「おい・・・」
肩を竦めて、少しいつものようにおちゃらけて言う谷村に、凛生の冷ややかな短い突っ込みが入る。
しかし谷村はすぐに、顔を怒りの色に変えた。
「俺が怒ってるのは、人の忠告無視してぶっ倒れたってことだよ」
さっきから言ってるだろ、と谷村は言った。
言いながら、凛生の額に少し乗せていたタオルをとり、冷水に浸す。
「人様に余計な心配かけさせんなっつってんの」
分かったか、バカ榊。
憎まれ口を付け加えて、谷村は口を閉じた。
つまり、彼が言いたい事。
凛生もここまで言われて気づかないほど、バカではない。
「・・・訂正する」
「あ?」
「・・・心配かけて悪かった、谷村。
そのせいで余計な迷惑も心配もかけるはずもなかった趙さんまで巻き込んでしまったな、お前の言うようにあとで顔を出して謝っておく」
「・・・ちゃんと礼も言っておけよ」
「ああ・・・」
ひやり、と冷たいタオルがまた乗せられた。
その気持ちよさに、凛生は目を閉じる。
すると、すぐ傍で谷村が立ち上がる気配を感じた。
「・・・何処か行くのか?」
「ん?
ああ、水取り替えに」
「・・・そうか」
「なんだ、どっか行っちまうと思って寂しいのか?」
もう怒っている様子を見せない谷村の口調と声、凛生がその理由について理解したからだろう。
凛生はからかう彼の言葉に、しばらく無言を決め込んだが。
「・・・うん、さびしい」
「は・・・?」
「だから、すぐに帰ってきて・・・」
それだけ小さく、蚊の鳴くような声で告げて、ブランケットに顔を埋めた。
一方、谷村は普段とは違い、素直で弱々しい凛生の姿に少し固まる。
が、すぐに我に返って頭を乱暴に掻いた。
「分かった、すぐ帰ってくるから大人しく待ってろ」
それだけ言って、背を向けた。
きっと異常な熱のせいで、彼女は人が恋しいのだ。
病人にはよくある現象、特別なものではない。
谷村は自分にそう言い聞かせ、趙がいる店の台所まで向かう。
「あ、マーちゃん。
凛生ちゃんの様子はどうだい?」
「・・・別に。
目も覚めて、けっこう話せてたからしばらくすれば元気になるんじゃないか?」
「そうか、それはよかった。
マーちゃんが凛生ちゃん背負って駆け込んできた時はなにかと思ったよ」
「・・・・・・そんなに慌ててたか、俺?」
「ああ、少なくとも今まで見たことないくらいにね」
笑いながら趙は言う。
そんな彼に対して、谷村は参ったという顔をして水を換えて、氷を入れる。
「じゃ、戻るから」
「ああ、あとでお粥でも作って持っていくよ」
「分かった、起きてたら伝えとく」
「頼むね、・・・マーちゃん」
「なに?」
「いや、顔が赤いけど移ったのかい?」
「・・・!」
特に耳がね、とからかうように趙は言い、お粥を作るために作業を始めた。
ある意味、言い逃げされた谷村はやり場のない感情をグッと抑え込み、凛生のいる奥の部屋へと行く。
部屋に入ると、凛生は静かな寝息をたてて寝ていた。
水を置いて、タオルをとって浸す。
首筋に指を当ててみると、そこは最初よりも熱を持ってはいなかった。
それに安堵し、タオルを絞って額に置く。
・・・全部、気のせいだ。
顔がまだ熱いのも、穏やかに眠る凛生の顔が、可愛らしいと思うのも。
寂しい、と。
小さな声で呟かれた時、抱きしめたい衝動にかられたのも。
いつもと違う凛生に、ペースを崩されただけだ。
谷村はそう言い聞かせて、凛生の赤い髪に自分の指をそっと沿わせた。
悪夢
(何故だろう、)(今は安心して)(眠れている気がする)