龍如長編(参)

□饋還 -落命-
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ライトアップされた闘牛場に入ると、四頭の闘牛が真ん中のリングに配置させられている。
走ってきた桐生と凛生は、少し目を見開いてその闘牛を見た。

それから周りを軽く見渡せば、目立つ赤色のスーツを着た玉城の姿。
向こうもこちらの存在を意識すると、こちらを苛立たせる声で高笑いをした。

「またお前らか、やっと会えたな」
「その言葉、前半部分だけお前に返してやる!」
「名嘉原はどこだ!?」

彼は桐生の問いかけに答えず、下ろしていた腰を上げて、ゆっくりと歩き出す。
桐生と凛生もそれに反応するように、距離を詰められないように、ゆっくりと歩き出した。

「まぁまぁ、そう焦るな。
 こっちは一年ぶりの再会を楽しみにしてたんだ。 峯会長に、お前に会わせてやるって聞いた時は、嬉しすぎて鳥肌が立ったよ」
「峯は? 峯はどこだ?」
「んふふふ・・・。 とっくに帰ったよ、東京にな」

ほくそ笑んでから玉城は、言葉を告げる。
放たれた言葉は予想通りのもので、凛生は静かに舌打ちをした。

「俺の役目は、あの養護施設をぶっ壊すこと。 それに、アンタの足止めだ。
 アンタをここで殺せば、白峯会から10億円。 ついでに琉道一家を潰せば、沖縄はすべて俺の物(もん)だ」
「・・・1つ訊く。 お前、私のことは何も言われていないのか?」

先ほどから自分に触れない話の内容、峯はやはり自分を連れてこいとは彼に命令しなかったのだろうか。
疑問に思った凛生は、自分から彼に問いを投げた。

「・・・ああ。 たぶん桐生と一緒に来るだろうから、なるべく手を出すなとは言われた。
 桐生のことは殺せと言われたが、アンタのことは逆に殺すな、殺したらタダじゃおかねぇってな・・・」
「・・・・・・」
「アンタを拘束して連れて行こうかって訊いたんだが、俺がカタをつけるから余計なマネはすんな、だとよ。 アンタ、峯会長に惚れられてんのか?」
「・・・さあな、あの男の考えてることは分からない」
「そうかい。 だが、・・・アンタもタダじゃ帰さねえぜ」
「なに・・・?」

短く、しかし声を鋭くして問うと、彼はまたほくそ笑む。
まるで全てが自分の思うがままにいっていて、楽しいとでも言うように。

「答えろ、どういう意味だ!」
「峯会長が帰ったあと、白い服を着た奇妙な男から依頼があってな。
 一年前は知らなかったぜ、アンタの価値。
 知った今となっちゃ黙っているわけにはいかねえ、生け捕りにして売り飛ばさせてもらうぜ。前払い金も貰っちまってるしな」
「・・・! もしかして取引の金額は、"100億"か?」

白い服の男、前払金。
過去にあった2つの単語を聞いて、凛生は例の金額を口にした。

すると、玉城は少し驚いた顔をするも、すぐに苛立ちがはしる笑いをする。

「ああ、そうだ。
 どうやら過去にも同じ目に遭ったようだなあ? じゃねえと、そんなドンピシャで言い当てられるわけがねえ・・・」
「・・・お前の思いたいように思え」
「お前、峯に凛生には手を出すなと言われておきながら、手を出すのか? 峯に背ぇ向けるっていうのか?」
「当たり前だ。 ただ女一人を攫うだけで"100億"だぞ?
 俺はその女を殺すなとは言われたが、捕まえるなとも言われた。
 アンタを殺したあとのその女の行方なんざ、俺が知るわけがねえってことにしちまえば、筋書きはどうとでもできる。 あちらさんもその女の"その後"について、手を貸してくれるって言ってたしなぁ」

確かに、玉城の言うとおりだ。
峯が彼に凛生を捕まえるな、追うなと言ってあるのであれば、彼はそれに従うしかない。

たった1人の女のために、100億などという大金を差し出せる『力』があるのであれば、その後の工作など簡単だろう。
そして、おそらく取引の相手も裏社会にかなり精通していると見ておかしくない、だから尚更だ。

「貴様・・・」
「ま、時間はたっぷりあるんだ。 後はゆっくり楽しもうじゃねぇか」
「「!!」」

どこかの扉が開かれる音がした、その方向に目線を向ければ、玉城の手下の男たちに連れられてくる名嘉原の姿。
彼は闘牛の近くへと放り投げられ、桐生はすかさず「名嘉原!」と叫び、凛生も「名嘉原さん!」と続けて叫んだ。

彼らの呼び声に反応した名嘉原は、弱々しく「桐生、榊・・・・・・」と自分の名前を呼んだ2人を見やった。

「はははは! いい絵じゃねぇか!
 昔はブイブイ言わせた極道者と闘牛の対決! こりゃ、見ものだぜ」
「玉城、お前!」
「ほんっとうに性根の腐ったクソ野郎だな・・・!」

このままでは名嘉原が危ない、桐生は怒りのこもった声で一言だけ放つと、名嘉原を助けようと駆け出す。
凛生は今、下手に動いたら名嘉原がどうなるか分からないので動かなかったが、走って行ってしまった桐生を見て、「桐生さん!」と叫び、止めようと駆け出す。

「ちょっと待て!」

桐生が柵を乗り越えようとした矢先、玉城のやや強い制止の声が響く。
その間に凛生が追いつき、桐生の腕を掴んで、「今、下手に動いたら、名嘉原さんがどうなるか分かりません! 落ち着いて・・・!」と、声をかけた。

「そいつの言うとおりだぜ。
 闘牛ってのはなぁ、銃の音に敏感に反応するんだ。 もし俺がこの銃ぶっ放したら、名嘉原に向かって突っ走るぜ。 それでもいいのか?」

玉城の脅しに、桐生と凛生は苦虫を潰した顔をする。
こちらが動けないのをいい事に、玉城は「名嘉原の始末は後回しだ。 まずは、お前を血祭りにして女を奪い、その後たっぷり闘牛と遊ぶとしようじゃねぇか」と、自分の予定を言い放つ。

同時に、背後から複数の足音。
桐生と凛生が同時に振り向けば、そこには玉城の部下たちが立っていた。
ここは彼の拠点、おそらく部下の全員が今、目の前にそろい踏みしている事だろう。

こちらが抵抗を見せれば名嘉原は闘牛に、抵抗しなければ玉城の思うがままになってしまう。
八方塞がりのこの窮地、どうすればいいのかと、凛生は頭を悩ませた。

「「そうはさせねぇ!」」

だが、次の瞬間に別の声が2つ響いた。
玉城は「誰だ!?」と言いながら、出入り口の方を見る。

そこには、怪我をした足を引きずって来ている力也と朱哉、咲の姿があった。

「すんません兄貴、姐さん、怒らないでください!」
「咲ちゃんがどうしても一人でここに行こうとするもんだったんで!当然、行かせられるわけないっしょ!!」
「力也!」
「朱哉、お前まで・・・!」
「咲・・・・・・!」

名嘉原は驚いたように、自分の娘の名前を告げる。
彼女も、その声が届いたかのように、名嘉原に目線を合わせた。

「なにしに来やがった? この死に損ない共が!」
「玉城! もう警察には連絡済みだ!」
「凛生さんのこともあってか、10分もすりゃおまわりさんがここになだれ込んでくるぜ!」
「なんだと!?」
「お前みたいなヤツぁ、兄貴や親父、姐さんが相手にするような価値ねぇんだよ!」
「クソが・・・・・・!」

力也と朱哉の言葉に、玉城は動揺の色を見せる。
だが、すぐに開き直ったかのような顔をして、闘牛の真ん中にいる名嘉原を見やった。

「そうか。
 お前ら、名嘉原が死ぬとこよっぽど見てぇらしいなぁ? それなら望み通り──見せてやるよ!」

玉城が叫んだあと、二回の発砲をした。
すると闘牛たちが反応したようで、敵意をむき出しにしたかのような鳴き声を高らかにあげる。
そして、目の前にいる名嘉原に向けて、攻撃態勢をとった。

「ははははは!! 名嘉原!テメェと琉道一家は、これで終わりだ!」

耳につく笑い声をしながら、玉城は叫んだ。

闘牛たちは名嘉原を逃がさないと言うように、囲って走り回る。
今すぐにでも襲ってきそうな雰囲気に、それぞれが名嘉原の事を叫ぶように呼ぶ。

走り回っていた闘牛の一頭が、ついに名嘉原に牙を向いた。
強靭な角を向けて、名嘉原に向かって走り出す。

「・・・・・・お父さん!」

すると、聞いた事のない少女の声が、響いた。
思わず凛生たちは、声を発した元を、咲を見つめる。

力也は「お嬢・・・・・・!」と、朱哉は「咲ちゃん・・・?」と。
先ほどの事が信じられないとでも言うように、咲の事を呼んだ。

「お父さん! 危ない!」

再び、咲の声が響く。
名嘉原は彼女の声に応えるように、瞳に強い光を宿し、立ち上がる。

「うぉおおおおお!!」

彼は向かってきた闘牛の角を掴み、真正面から受け止めた。
そればかりか、苦し紛れな声を多少、交えながらも、襲ってきた闘牛を投げ飛ばしたのだ。

「親父!」
「名嘉原!」

力也と桐生が彼の名を呼び、玉城はひどく驚いた顔で「なんだと!?」と声をもらす。
一方で、朱哉と凛生は先ほどの事に驚きすぎたのか、声が出ないようだ。

「玉城! 久々に思い出したぜ!
 街で暴れ回ってた頃の、自分をよぉ!」

名嘉原の様子に、玉城は忌々しそうに舌打ちをする。
まだ闘牛は彼の周りを走り回っているが、名嘉原はこちらを向いて「桐生!榊! 俺は平気だ!そっちはお前らに任せた!」と、放つ。
桐生も「分かった!」と返し、凛生も強く頷く。

多勢に無勢といった感じだが、二人でかかれば切り抜けられる。
力也が言うには警察が到着するまでは7〜8分ほど、それだけあれば十分だ。

「時間がねぇ、遊びは一切ナシだ。 さっさと片付けさせてもらうぜ」
「手加減もしてやるつもりはない、覚悟しろ!」

桐生たちの言葉を玉城は強がりと感じたのか、不敵に笑って「上等だ」と、こぼす。
そのあとに部下たちに殺せ、と叫ぶのを合図とし、こちらの戦いも幕を開けた。


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