龍如長編(参)

□饋還 -全貌-
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桐生と凛生はあの場で考えていても仕方がないと判断し、力也を連れて、賽の河原へと戻る。
そこには花屋と真島、そしておそらく先程の状況で駆けつけたのだろう、伊達が集まっていた。

桐生は彼らに先程の経緯を話し、凛生は混乱している力也に寄り添う。
話を聞き終えた真島が「ホンマに、風間の親父がそう言ったんか?」と、桐生に聞き返し、桐生も頷く。

「うーむ・・・・・・。 一体、なにが目的なんだ?
 事件に絡んでいることだけは、間違いねえんだが」

まったく真実が見えてこない状態に、流石の花屋も項垂れる。
桐生は視線を移し、凛生に寄り添われている力也に近づいた。

「どうした? まだ痛むのか?」
「いえ・・・・・・。 兄貴、姐さん。 俺には、なにがなんだか分からなくなってます。
 あの髭の男、どうして俺を助けてくれたんでしょうか? 親父を撃った奴なのに、どうして俺を・・・・・・?」
「力也。 お前は一旦、沖縄に帰れ」
「え・・・?」
「俺はこっちで、まだやることがある。 だがお前には、今やるべきことがなくなったはずだ」
「で、でも・・・・・・!」
「いいから言うことを聞いてくれ。
 今はまだ、あの絵の男が俺たちの敵なのか味方なのか分からない。 今は沖縄に帰って、咲やアサガオの連中の面倒をみてやってほしい」

桐生の言葉に、力也は視線を逸らして、俯かせる。
そんな力也に対して、桐生は念を押すように「分かったか?」と、彼に言う。

力也はまだ少し迷いがある顔をするので、凛生も宥めようと口を開く。

「力也。 お前が駄々を捏ねてこちらに残っても、お前のやるべきこと、できるべきことは何もない」
「・・・!」
「お前は今、やるべきことは桐生さんの言葉のとおりだ。 無論、お前の気持ちは分かるが、今はお前がすべきことをやってほしい」
「姐さん・・・」

凛生の言葉を、力也は彼女の目を見て聞き入れる。
少し間、沈黙がはしるも、力也は桐生に視線を合わせて「はい」と、力強く頷いた。

すると、花屋のデスクの上にある電話が鳴り響く。
花屋はすぐに電話を取ると、「どうした? なに・・・・・・? 白峯会の会長が!?」と、驚きの声をあげる。

一同も花屋から飛び出た言葉に、彼に視線を向けた。

「おい、桐生。
 どうも白峯会の峯が、直接お前に会いたいとここに来ているようなんだが」

花屋の言葉に、桐生は険しい顔をする。
警戒する理由はあるが、断る理由はないので、桐生は無言で頷く。

花屋もそれに頷き「通せ」と、電話を通して峯の願いを聞き入れた。


しばらくして、大きなトランクを持った峯が歩いてくる。
彼は通路を見渡しながら、「まさか神室町の地下に、こんな場所があったなんて・・・・・・、驚きです」と言葉をこぼした。

彼が花屋のデスクの前まで来ると、桐生の隣に立つ凛生を視界に入れる。

「あなたとも、まさかこんなところでお会いできるとは思ってもみませんでした。 お久しぶりですね、凛生さん」
「・・・・・・お久しぶりです」
「ふっ、そんなに固くならずとも、とって食べはしませんよ」

まるで初めて会った時の会話を彷彿とさせる返事をする峯、けれど、以前の彼とは明らかに違う何かを感じ、凛生は服の裾を強く握る。
どこか怯えた様子を見せる彼女を庇うように、桐生が「それで、俺に話とは?」とすぐに用件を切り出した。

「ああ、すみません。
 実は、今回のごたごた、ウチの組にも少なからず影響していたので──、その責任を、と思いまして」
「責任?」
「ええ」

桐生が気になった単語を復唱すると、峯も顔色一つ変えずに頷く。
持っていたトランクを乱暴にデスクの上に起き、パチン、パチン、と固定していたベルトを解く。
トランクを自分の方向から、桐生たちの方向へと開け口を回した。

「・・・・・・凛生さん、こちらに来ていただけませんか」
「え・・・?」
「何故だ?」
「これはあなたのような女(ひと)が見ていいモノじゃない、俺はあなたを汚したくないんですよ」
「・・・・・・」
「大丈夫です、何もしません」

未だに険しい顔つきの桐生、凛生も少し険しい顔をするも、自分を庇う桐生の前に出て、峯の元へと歩む。
傍まで来ると、何か生臭い何かの臭いが、凛生の嗅覚を刺激した。

「ありがとうございます」
「きゃっ・・・!」
「峯・・・!」

自分の言う事を聞いてくれたお礼だろう、峯は短くそう言うと、素早く凛生を片手で抱きしめた。
彼女が振り向けないよう、片手で凛生の頭を押さえ、自分の肩に押し付ける。

いきなりの事に桐生が峯を咎めるように名前を呼ぶが、彼は反応せず、無表情でトランクの中身を開く。
ギギギ・・・、とトランクが開く音を聞いた瞬間、生臭い臭いが増した気がした。

凛生以外の者は、峯が開いたトランクの中身を見て、驚愕の色を見せる。
桐生も例外ではなかったが、すぐに険しい顔をして、視線を峯に向けた。

「か、神田・・・・・・!」
「え・・・・・・?」

真島の言葉に、凛生はビクリと震える。
後ろで力也の「うっ・・・・・・!」という声も聞いて、ガタガタと小刻みに震え出す。

あんなトランクに人が入るわけがない、けれど、神田という名前が聞こえた。
つまり、あの中に入っていたのは、神田の・・・──。

「・・・っ!」

想像しただけで、ゾクリと恐怖が増す。
凛生は無意識に、峯のスーツを掴んだ。

脳裏に蘇る、『あの日』。
そうだ、思い出した。

大きな血の池に横たわる、自分の両親。
母は背中から心臓を弾丸で貫かれた、だが、父は弾丸が急所を外れたのか、撃たれて間もあけずに首を・・・。

「あ・・・あ・・・!」

小さく、けれど、しっかりと震える凛生に気づかないようで、桐生は「これは、どういうことだ?」と峯に問いただす。
峯もそれに答えるよう、こうなった経緯を彼らに話した。

「神田のような男、必要以上に大きくしてしまったのは私です。
 手荒い方法を取りましたが、錦山組の一件、これでケジメとさせてください」

峯はそう言い、パタンとトランクを閉じた。
それから抱きしめていた凛生からそっと手を離し、内側の胸ポケットから何かを取り出して、凛生の耳の上の髪にそっと挿す。

「・・・二年前と比べて、あなたは随分と綺麗になりました。
 ですが、それでもやはり、あなたには白が良く似合いますよ」

凛生の髪にそっと挿したのは、白い薔薇。
峯は伸びた彼女の赤い髪を優しく一撫でして、手を離す。

「っ・・・!」

凛生は手を離された事にハッとして、峯から離れて桐生の腕に抱きつく。
桐生は小刻みに震える彼女に気づき、宥めるように頭を撫でる。

おそらく見ていなくとも、簡単に想像がついたのだろう。
峯が持っていた、トランクの中身を。

「私は今の内に、東城会の直系を集めて、事態の収拾を図ります。
 浜崎に関しても、白峯会で行方を追っています。 まぁ、捜したところで見つからないでしょうけど」
「奴の行き先に、心当たりでもあるのか?」
「ええ、恐らく日本にはいないでしょうね」
「どういうことだ?」
「蛇華日本支部の総統だった、ラウ・カーロンが死んだ。 当然、中国の蛇華本部は黙っちゃいません。
 ラウと共に行動をしていた浜崎は、彼らの手によって拘束されているに違いありません。 浜崎以外の組員は、横浜港から死体で上がったという話ですしね」
「蛇華が・・・・・・」

つまり、組長である浜崎以外は全員、死亡が確認されている。

遅かれ早かれ、浜崎も同じ運命を辿るであろう事は明白。
ただ、彼がうまく逃げられれば、話は別であろうが。

峯は表情を変えず、「どちらにしても、白峯会が手を出すまでもなく、浜崎組は消滅するでしょう」と続けた。

「私としては、中国と戦争にならないよう蛇華本部と早々に手打ちするつもりです」
「そうか・・・・・・」
「桐生さんは、崩壊しかけた東城会にとって、今一番必要な人です。 くれぐれも、お体にはお気をつけて」

峯は表情と声色を変えず、桐生を労わる言葉を投げる。
けれど、心がこもっていないその言葉は、単なる飾りにも思えた。

「・・・・・・凛生さん、今回のことが片付いたら、今度こそあなたを迎えに行きます。 それでは」

峯はそう言い残し、トランクを持って背を向ける。
けれど去っていこうとする彼の背中を止めたのは、「峯」という桐生の声だった。

「お前はそういう教育をされたのか?」
「・・・・・・。 どういう、意味ですか?」

峯は立ち止まって振り返り、桐生に問う。
けれど、おそらく彼は桐生の言葉の真意に気づいているはずだ。

桐生はしがみついている凛生に、そっと離れるよう肩を押す。
凛生もそれを感じ取り、桐生の腕から手を離す。

その後、心配をした伊達が凛生に近寄り、彼女の肩をそっと支えた。

「内輪の落とし前、大吾がそんなつけ方を、命令するかってことだ」

桐生は段差を降りて、峯との距離を少しだけ詰める。
峯は桐生の言葉に少しだけ考えるよう、間を空けてから、完全にこちらを振り返った。

「多分、しないでしょう」
「だったらお前・・・・・・」
「だが、命令する大吾さんはいない。 この落とし前、私の判断、私のやり方です。
 それに、桐生さん。 こういう事態を招いた責任、あなたにもあるんじゃないですか?
 大吾さんに以前、聞きましたよ。 沖縄で養護施設を営んでいらっしゃるんですって? 呑気な人だ」

峯は未だに顔色を変えず、自分を睨むような視線を向ける桐生にも動じない。
彼は淡々に、けれど変えようのない事実を、冷たい声で続ける。

「自分が背負った立場が分かってない。
 ボランティアでもされている気分なんでしょうね、意味のないことを。 ・・・偽善だ」

けれど、どこか言葉の中には、桐生に対して『嫉妬』しているかのような、感情が見えた気がした。
桐生は峯の『偽善』という言葉に反応し、視線をさらに鋭くして「なに!?」と、やや声を上げる。

「とにかく、私は私の判断でドライに行動します。 やり方はどうであれ、私は大吾さんの意志を継いでいるつもりですよ」
「峯、お前・・・・・・」
「つまり、私の行動のすべては、東城会の未来のためにあるということです。
 大吾さんもそれで納得するはずです。 そのためには阻害するものは全て排除します。 たとえそれが身内であろうと」

桐生はその言葉を聞いて、手のひらを拳に変え、握り締める。
その行動が表すのは、怒りか、苦しみか、もしくはそれ以外の何かか。

「私には分かりません。 どうして大吾さんが、あなたみたいな人を大事にしているのか」
「峯。 お前、なにか見失ってるぜ」
「なにをです?」
「それは俺がいつか、教えてやる」
「あなたから教わることなんか、なにもありませんよ」

峯は最後、桐生を睨むような顔を一瞬だけして、再び背を向ける。
どうやら桐生が必要だと頭では理解しているが、峯自身、桐生の事をあまり好ましく思っていないようだ。

「峯、お前に凛生は渡さねえ」

桐生は再び、去っていく峯の背中へ言葉を投げた。
その言葉に峯はまた足を止め、背中を向けた状態で「・・・いいですよ」と、短く言葉を紡ぐ。

「そのときは、奪うまでです・・・」

ゆっくりと、顔だけ、いや目だけがこちらに見える角度で、峯はそう言い放った。
静まり返った地下、峯はコツン、コツン、と足音を立てて、姿を消す。

取り残された一同は、何とも言えない表情で、彼が消え去った方向を少しの間、見つめた。


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