龍如長編(弐)

□双龍 -間者-
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少し小走りで神室町を駆け抜けていると、桐生がふいに止まった。
凛生も一緒に足を止めて、桐生を見上げる。

「このへんまでくれば、あとは歩いても大丈夫だろう。 少しのんびり行こうぜ」
「それは構いませんが・・・」

疲れたのだろうか、と思いつつ、凛生は桐生の隣を歩き出す。
そしてすぐ、桐生は口を開いた。

「なあ、お前、伊達さんと何か特別な関係でもあるのか?」
「え?」
「いや、バンタムでお前が近江連合にも追われてるって話をしたとき、伊達さんの様子がな・・・」
「・・・・・・」
「ただの先輩・後輩ってだけじゃない気がしたんだ・・・」
「・・・そう言えば、桐生さんにはまだお話していませんでしたっけ」

凛生は桐生の言葉を聞いて、小さく息を吐くように言う。
彼が知っているのは凛生の髪が地毛であるという事、狭山と一緒に話した風間組の人間に家族を奪われた事だけだ。

別に隠すつもりもなければ、桐生になら教えてもいいと凛生は思っていた。
なので特に隠す事も言いづらそうに言うわけでもなく、桐生に伊達に助けられた事や事件の時の詳細を話した。

「・・・なるほど。 だから伊達さんはお前を特別、気にかけてるってことか・・・」
「そこまでは分かりませんが、色々と気にかけてもらってることは確かですね」

桐生は隣を歩く凛生を横目で一瞬、見つめる。

自分よりも一回り以上も年下で、女で。
こんなにも細い腕で、小さい背中で。

背負っているものが、あまりにも大きすぎる。
受けた傷が深すぎる、それなのに。

(裏社会はまだ、こいつを不幸に巻き込もうってのか・・・?)

赤き髪が地毛であるという事以外、彼女はどこにだっている普通の女性だ。
それなのに、たかが髪の色ひとつで、彼女は人生を狂わされた。

いや、まだ狂わされそうになっているのだ。

(・・・俺や東城会のせいで、お前をまた巻き込んじまってる。 だから、お前が危ない目に遭いそうになったら俺が絶対に守ってやる)

桐生はそう決意して、凛生の頭にぽんと手を置いた。
その意味が凛生には分からなかったが、特に問う事もせず、素直に受け入れた。

天下一通りに入り、セレナもすぐそこだ。
すると、少し遠くから桐生と凛生を呼ぶ声が聞こえる。

「桐生さん!凛生さん!」

その声は、セレナのすぐ傍にあるスターダストの前から聞こえる。
聴き慣れたこの声は、ユウヤのものだとすぐに分かった。

二人は少しくらいいいだろうと顔を合わせ、ユウヤのもとへと向かう。

「あの・・・、この前はすみませんでした。
 一輝さんが撃たれたって聞いて、俺、動揺しちまって・・・」
「いや。 あの状況では無理もない。 気にするな」
「あの・・・お詫びに、というわけではないんですがよかったら、うちの店で一杯いかがですか? 色々と、お話したいこともありますし・・・」

ユウヤからの誘いにどうするかと一瞬だけ悩むも、そんなに時間が取られるわけでもないだろう。
それにユウヤを含め、店の様子も気になる。

なので、二人はユウヤの言葉に甘えて店に入る事にした。
店の中に入ると、いつもと同じ、いや以上に活気がついている気がする。

「張り切ってるな、ユウヤ」
「ええ。 一輝さんがいない分、オレ達が頑張らないと」

桐生は店の人間たちにも一輝の事は話したのかと聞くと、ユウヤは話したと答える。
最初こそ動揺していたが、今となっては一輝の穴を埋めるべく一丸となって働いてくれていると続けた。

どうやら店も大丈夫なようで、桐生と凛生はホッと安心する。

「・・・オレ、一輝さんには本当に感謝してるんです。
 昔は馬鹿なことばっかりやってたオレが、今こうやって店長をやれてるのも・・・元はと言えば、オレを一から育ててくれた、一輝さんのおかげなんです。 だから・・・その恩をかえすためにも、頑張らないと」
「・・・そうだな」
「変な言い方になってしまいますが、今こそ恩返しのときってやつですね」
「一輝さんだけじゃなくて、彼女のためですよね?」
「ミユさんでしたっけ? 彼女、すごくいい娘ですよね」

すると、傍で聞いていたホストが加わってきた。
その顔はどこかユウヤをからかっているようで、にやけている。

「馬鹿っ、お前ら余計なことを言うな!」
「フッ・・・、いいじゃねえか。 照れることはねぇ」
(彼女さんがいらしたのか、知らなかったな・・・)
「まいったな、桐生さんまで・・・」

そこまで話をすると、入口から複数の足音が聞こえてきた。
振り返れば、そこにいたのは明らかに客ではない。

ガラの悪い複数の男たちが、踏み入ってきた。

「おい、ユウヤはどこだ! ユウヤを出しやがれ!」

それに近くにいた一人のホストが対応しようとしたのか、近づく。
するとリーダーらしき男が、近づいてきたホストにユウヤはどこだと胸ぐらを掴み、やや怒鳴るように訊く。

「ブラックサンダー・・・」

ユウヤは彼らの姿を見ると、チーム名だろう名前を呟く。
どうやらユウヤと彼らは、何かしら認識があるようだ。

「お前ら何しに来やがった!」
「何しにとはご挨拶だな・・・、元ヘッド」
「コウジ・・・」

ホストの胸ぐらを掴んでいた男、コウジは彼を乱暴に放すと続けて言う。
元ヘッド、つまりユウヤはブラックサンダーというチームの元リーダーである事がすぐに分かった。

彼は続ける。
ヘッドであったユウヤなら、何しに来たか分かるはずだと。

「岡野はどこだ?」
「・・・知らねぇ」

コウジは岡野という人物の居場所をユウヤに訊くも、ユウヤは目を逸らしながら知らないと答える。
その答えに嘘をつくな、ユウヤが指名した次期ヘッドなのだから、知らないはずがないと怒鳴る。

ユウヤもそれに知らないものは知らないと反論するも、コウジはならば500万を払ってもらうまでだと言う。
何故そのような大金を自分が払うのかと訊くも、チームを黙って抜けた奴は500万を払う事。

ユウヤ自身が決めた掟ではないか、と反論のしようのない答えが返ってきた。
コウジはまた来ると言って、特に店で暴れる事なく、下がって帰っていった。

ただし、次来るまでに500万か岡野のどちらかを用意しておけと忠告をして。

「・・・くそっ。 500万か・・・」

ユウヤは渋い顔をして、言葉をこぼす。

彼の様子からして、おそらく岡野という人物が何処にいるかは知っているのだろう。
だが、彼を差し出すつもりは毛頭ないらしい。

予想外の出来事に驚くも、ユウヤを放っておけるはずがない。
とりあえずその岡野という人物に、この事を伝えなければ。
凛生は桐生を見上げると、桐生も同じ考えに行き着いていたようで、頷く。

とりあえず外へ出る、すると店の前に一人の女性が立っていた。

「あ、桐生さん!」
「久しぶりだな」

どうやら二人は知り合いのようで、凛生は二人の会話を聞く事に回る。
話を聞いていると、彼女がユウヤの恋人であるミユという人物のようだ。

桐生は彼女にコウジが来た事、ユウヤと岡野の関係について訊く。
ブラックサンダーというチームは、ユウヤと岡野が作ったチームで、そこにコウジが入ってきたらしい。

岡野の居場所を訊いてみると、少し彼女は抵抗のあるような感じを出すも、せっかくユウヤが店長になったというのに、こんな事で騒ぎにしたくないと言う桐生に、口を開く。

チャンピオン街にある『亜天使』という店に居るアコという人物なら、岡野の居場所を知っているかもしれないと答えてくれた。

(亜天使って確か・・・オカマバーだった気が・・・)
(とりあえず行くぞ)

ヒソヒソと会話をしつつ、ミユに礼を述べて、二人はチャンピオン街へと向かう。
道中、アコというと店のママの事だったなと桐生がこぼし、凛生が『まさか』と後ずさりして、殴られたのは余談である。

店に入ると、カウンター席の中に立っている、サンタを彷彿(ほうふつ)とさせる服を着た人物に近づく。

「ミユから聞いてきたんだが・・・」
「ミユちゃんから?」
「岡野の居場所を探してる」

岡野の名前を出すと、アコと呼ばれた店のママは驚いた顔をした。

どうやら彼の居場所を知っているようだと確信し、桐生は知っているのだなと告げる。
だがアコは自分は何も知らないと、首を振った。

「ブラックサンダーのコウジがユウヤの店に来た。 岡野の居場所を言わないなら、500万払えと脅されている」
「ブラックサンダーが・・・」
「ユウヤさんのためにもお願いします、岡野という人の居場所を教えてください」
「くそっ、コウジの野郎! どうして、放っておいてくれないんだ!」
「え?」

すると、アコからややドスの効いた声と乱暴な言葉遣いが。
凛生はこれでもしや、という疑惑を持つも、桐生は気付いていないらしく、岡野はどこにいるのだと再度、訊いていた。

「桐生さん、おそらくその岡野という人は・・・」
「目の前にいるわよ!」
「何?」
「やっぱり・・・」
「族上がりのオカマがいたら、おかしい?
 しょうがないじゃない! 本当の自分に気づいちゃったんだから!
 アタシだってね、バックレたくてバックレたんじゃないわよ! こんなのコウジにどうやって説明すればいいのよ!」

別に族上がりだろうがなんだろうが、そうなっておかしいわけでも悪いわけでもない。
ただ、驚きはしたが。

アコ、改め岡野は半ば自棄になったように言い放つ。

「おまえの生き方を、とやかく言うつもりはない。 けどな・・・おめぇは昔の仲間を見捨てるのか?」
「ユウヤさんはあなたを守ろうとしている、それだけは忘れないでください」
「・・・・・・!!」

桐生と凛生は岡野にそれだけを伝えると、店を後にしようとする。
直後、店のホストの人間から桐生に電話が。
内容はブラックサンダーがまた店に来て、騒ぎを起こしているとの事だった。

桐生と凛生はすぐに、スターダストへと走った。
その後ろを、岡野はなんとも言い難い顔で見つめていたのは誰も知らない。



店の傍まで来ると、中から騒音が。
しかしエンジン音と取れるこの音は、もしやバイクのものではないかと悟る。

中に入れば案の定、ブラックサンダーがバイクでユウヤを取り囲んでいた。
彼らはバイクを止めて降りる、そしてユウヤが我慢ならないと拳を振り上げた。

しかし避けられてしまい、仲間の一人に首に腕を回される。

「へへっ・・・、一人で何ができる? 元ヘッドだからって容赦しねえぞ!」
「上等だ! かかってきやがれ!」
「おい、ユウヤ」

ユウヤすぐに自分を拘束していた奴から逃れると、今にも喧嘩を始めそうな雰囲気を出す。
そこに、桐生の声が響いた。

「この店は清掃がなっちゃいねえな・・・」
「そうですね、掃除ならお手伝いします」
「ゴミ掃除をな・・・」
「今日は粗大ゴミが大量に出そうですね」
「桐生さん!凛生さん!」
「ふざけやがって・・・、まとめてやっちまえ!」

桐生と凛生の登場、そして自分たちを舐めているかのような言動。
どうやらそれに、コウジが切れたようだ。

三人はそれぞれ、別の方向に体を向ける。
それから次々に自分に襲ってくる彼らを、順番に倒していく。

だが必然と、ユウヤにはコウジがいくように仕向ける。
彼の相手はユウヤでないといけない、そう思ったからだ。

そして残りはついにコウジのみとなった時、二つの駆ける音が響く。

「ユウヤ!」

それはユウヤの彼女であるミユと、岡野のものだった。
岡野はユウヤの名前を呼ぶと、ユウヤは振り返る。

「危ねぇ、来るんじゃねぇ!」
「ユウヤ、これを着て!! 」

危ないから来るなと身を案じる事を言うユウヤに、岡野は手に持っていた物を投げ渡した。
宙を舞うそれは、白い特攻服のようだ。

「こいつは・・・」
「ユウヤがアタシにくれた・・・、ブラックサンダー初代ヘッドの特攻服だよ!」

ユウヤはそれに腕を通し、立っているコウジへと雄叫びをあげて向かう。
桐生と凛生は、彼の戦いを見守るために下がった。

一応、もしかしたらこちらに来るかもしれないと危惧し、凛生は岡野とミユの前に盾になるように立つ。

「・・・岡野さん、あなたはいい男ですね」
「え・・・」
「おっと失礼、・・・女性でしたか?」

フッ、と笑いながら凛生は言う。
岡野はそれに動揺しながらも、ユウヤの戦いに目を向ける。

長い戦いの末、立っていたのは白い特攻服。
そう、ユウヤが勝ったのだ。

「ブラックサンダーもこれで終わりだ」
「ユウヤ!」
「岡野・・・、おめぇはやっぱりサイコーだよ。 俺が見込んだサイコーの二代目ヘッドだ」
「ヤダ! サイコーの女でしょ?」
「ふふっ」
「ハハハッ」

二人のやりとりにミユが笑い、ユウヤもつられたように笑った。
桐生と凛生も微笑ましく、そのやりとりを見ていた。

「桐生さん、凛生さん、ありがとうございました。 ご迷惑かけて、本当にすみません」
「いいさ。 勝手に世話を焼いただけだ」
「ええ、勝手にしたことなので謝らないでください」
「ユウヤ・・・」
「はい」
「いい仲間を持ったな」
「かけがえのない仲間、大事にしてください」
「はいっ!」
「じゃあな、また来るぜ」
「ブラックサンダーとかいう連中は、とりあえず公安に連絡をして引き取ってもらってくださいね」

桐生と凛生はそう告げると、スターダストから出る。
思ったよりも遅くなってしまったと思いつつ、すぐそこのセレナへと向かった。

一方、スターダストでは。

「ねえねえ、ユウヤちゃん、ユウヤちゃん」
「ん? どうした?」
「ちょっと頼みがあるんだけど・・・」
「あ、ああ・・・。 頼みって、何だ?」
「・・・今度、凛生さんとのデートのセッティングして!」
「ま、待て! 桐生さんは!・・・って、え? 凛生さん? 岡野・・・お前・・・まさか・・・」
「桐生さんも捨てがたいけど、ときめいちゃったのは凛生さんなのよね〜。 アタシ、マジで惚れちゃったの♪」
「え、ええっ?!」

などという、凛生にとっては不吉極まりない会話がされていた。
ユウヤは一輝の気持ちを知っているので、岡野のまさかの告白に驚きと戸惑いを隠せない。

オカマになっても女性を恋愛対象にした岡野の事は応援したいが、一輝の事も応援したい。
微妙な板挟みになって、頭を抱えたのだった。


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