葛原ケ岡に消ゆる身の

□序章
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…遠くで、微かに音が聞こえる。ピコンピコンという、奇妙な音だ。彼には、それが何の音か解らなかった。今だかつて、聞いた覚えがなかった。

例えあるとしても、思い出す事はできなかった。

暗い。異常なまでに、暗かった。光すら届かぬ、黒い世界。そんな表現が、妥当だった。


「…さん、わかりますか?」


暗闇の遥か彼方から、若い女性の声がした。


「終わりましたよ。」


再び、女性が呼びかける。


「…さん?」


…と、今度は、頭上でやはり若い男性の声がした。


「…さん、わかります?…終わりましたよ。…さん。」


“終わった?何が…?”


取り戻しつつある意識のなかで、彼は、ぼんやりと考えた。

何が、終わったのだろう。私がどうかしたと言うのか?それに、…さんとは誰のことだ?

再び、深い眠りに墜ちかけた時、ふいに、声が聞こえた。別の、まだ若い男の声だった。


「…助光。助光っ!目を…、目を開けよ、助光…!」


それは、耳に、というより、直接脳内に響き渡る感覚だった。

その声で、確実に彼は、意識を取り戻しつつあった。

懐かしい声。知っているはずも
ないのに、…ああ、これは…誰であったか?

瞼が、動く。目を開けようと幾度かしばたいた瞳に、一筋の光が射し込んだ。光は、とてつもなく眩しく、目を開けてはいられないほどに、思われた。

やがて、光の筋は全身を覆うほど大きくなっていた。
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