葛原ケ岡に消ゆる身の

□甦る悪夢
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その時、彼は見たのである。

張輿に乗せられた男が1人。4人の兵士によって担がれ、静々とこちらへ向かって進んで来るところを…。

男は、公家であった。
黒の烏帽子と、黄土色の無欄直衣を身に着けている。

うなだれた顔は、心なしか青ざめて見えた。その、葬列の如き、厳粛さ…。

いや、…事実、それは死の行進だった。



彼は、ハッとなった。間違えるはずもない。夢にまで見たあの方が、今、目の前に現れたのだ。


人の気配に、気付いたのだろうか。

公家は、サッとばかりに顔を上げ、前方を見やった。端正な顔立ちが、花曇りの空の下に、白く映えた。

とたんに、驚きの色が走った。ショックが、大きかったせいだろう。

目は大きく見開かれ、声も出せずにいる。夢か現実(うつつ)か…。数メートルと離れぬ所に、彼が立っていたからだ。



彼は、走りだした。まるで、大きな力に引きずられるかのように…。

こけつまろびつも、霧の如く消え失せてしまうのを恐れでもしたのか、列の真っただ中へ、駆け出して行ったのである。

しとどの汗が、体中から流れ出た。

が、かまっている暇など男にはな
かった。走りながら、彼は叫んだ。


「…俊基様っ…!」


「助光…っ!」


ほとんど同時に、公家も叫んだ。

と言うより、喉の奥からしぼり出すような声がもれた、と表現した方が妥当かも知れぬ。

差し伸べられた右手は、さながら、彼に救いを求めるようでもあった。

ふたりは、ひしと互いの手を握りあった。滂沱する涙を、拭こうともしない。

死ぬまぎわに、化粧坂(けわいざか)で再会できた喜びを、彼らは、しかとかみしめた。……

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