J9 基地のゲート2

□Overflow ーThe second actー
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 俺の腹の上に二人分ぶちまけて、息を整える間もなくボウイが囁く。

「もっかい、、このまま、、」

「ねーよ。カートリッジ空だぜ、俺は」

 押せ押せで続行させようと頬をすり寄せてくるボウイに、俺はつまらない仕草で、、つまらないって言うのは、そう、服を着ている時みたいな雑な仕草で、、頭をぽんぽんしてやる。

「うっそだー、まだ余裕で撃てるだろ?」

 ボウイの声からも色気が抜けて、少しだけ体の距離が開く。でも指先はまだチャンスを探して俺の肌を行ったり来たり。

「切り替え悪いじゃん、ボウイちゃん?」

 最後通告。ティッシュボックスを掴んでボウイの頭にトスッと乗せた。悪足掻きで俺の肩口をカプっとかじってからティッシュを引っ張り出すボウイ。腹の上でティッシュが動く。気まずさが無くもないこんな時が嫌いではなくて、最後通告を出しておきながら少し揺れる。
 それは後ろめたさ混じりだ。二人分なのにボウイ一人が拭いてるって事がひとつ。いや、これは言い訳させてもらいたい。ボウイがやりたがるからだ。もうひとつは、ボウイのその仕草を見てて、、、とにかく、コイツほんとに俺のこと好きだよな、、って。
 いつものようにざっくり拭いてくれたボウイが、今日はいつもと違うことをした。すっかり大人しくぶら下がってるだけの俺のソレを両手で包むと、指を組んで額を近づけ、、

「切り替えの悪い迷える俺ちゃんに愛のお
恵みを、、、、」

 バスッ!バコッ!ボコッ!
 ティッシュボックスで連打。ここの所、ボウイがすぱっと切り上げてくれない。

「キッドさん最近あっさり過ぎないー?」

 ボウイが俺を捕まえたがってる。





 ケリーが泡を食った様子でボウイに連絡を入れてきたのは、俺がメイと交代して通信室に入ってた午後だった。
 ボウイは基地内に居るには居たが、アイザックとドク・エドモンとで三者会談中。議題は子猫ちゃんの不調。センタールームやこの通信室じゃなくてアイザックの私室に籠もってるというのは、今は邪魔しない方がいいってことだろう。それにこの数日、エドモンのおやっさんがまとまった時間がとれないと言って、ボウイはイライラしてた。
 ついでに言うと、あの晩からこっち、そう、軌道の曲がるブラスターを使う奴に出くわしたあの晩だ。あれからのボウイはツキアイ出してから一番ってくらいまとわりついて来てたわけだけど、それが一変して、今は放置されてる。仕方がない、相手はマシンだ。

『じゃあ、じゃあボウイの兄貴は無事なんスね?病院送りとかじゃないんスね!』

 生意気そうなニキビ面が心底ほっとしたように笑顔を見せる。この前まではコネクションに首を突っ込むようないきがったガキだったくせに、今の笑顔は俺が見てもわかるくらい少し大人だ。

「ところでケリー、ボウイがボコられたなんて話、どこから聞いたんだ?面倒な連中とま
だツルんでる、、なんて事、ねえだろうな?」

 ボウイ本人と繋げてやれない代わりに俺が余計なお世話を言っといてやる。ボウイがボコられたってのは、ビカビカのテンガロンバーでの事だ。ヘルダストをキメて有り得ない身体能力を手に入れてた男に一方的にやられた。どうやらケリーのご近所の飲んだくれオヤジがその場に居合わせたらしい。一週間も過ぎた今になってひょいとケリーに伝えたようだ。

『大したことなさそうでホント良かったっス。うちも引っ越しの準備でドタバタだから、見舞いとか行けるかどうかわかんなかったんで』

「引っ越し?」

『あ、聞いてなかったっスか?イーストに。オフクロが新薬の治験に参加する事になったんス。症状が条件にちょうど一致するとかで、んで、イーストのでかい病院があれこれ負担してくれるってんで。行く時にはまた挨拶しますけど、、、それで、えーと、、あのー、、』

 もぞもぞと頭をかきながら口ごもるケリーを、軽い気持ちで促した結果、俺はなんとも微妙な気分になる伝言を預かることになった。ケリーの姉ステラからボウイへ「ごめんなさい」だと。
 いったいどういう意味の「ごめんなさい」なのか、ケリーも聞かされてたのかそうでないのか、はっきりしない風でそそくさと通信を終わらせやがった。
 オリビア・ラーク、ボウイが恋いこがれたじゃじゃ馬なお嬢さん。シンシア・ハッシーとは何もなかったけれど、ボウイが一目みた途端に反応した美人。彼女もでかい企業の令嬢だったもんだから、奴さんもしかして「お嬢さま」に弱いのかと思ったりもして。それからアマンダ。ビカビカのメインストリートでアイスクリームの屋台をやってる。軽そうな娘だったのに土壇場でフラれてた。あと、名前わすれた、、火星から観光で来てた、やたらハツラツとした娘。ボウイにしちゃうまく遊んでうまく終わった。バー・ピスタチオのママには正直ギョッとしたっけ。何がって、カウンターに座りながらママに頭を撫でられてるボウイの姿が、あまりにも自然でハマってたんだ。俺に投げたママの視線も意味ありげで。けど前触れもなくある日、店ごと消えてた。
 そんな、ボウイの腕の中を通ったりこぼれ落ちたりした女たちの最後にステラを加えてみる。悪くはない、、、と、、。
 俺は、あの晩みつけたばかりの本音にちゃんとした名札をつけるのを、後込みしてる。バレてるのが同然のことを俺が後込みするから、ボウイは捕まえようとする。それもまたのらりくらりしてるうちに肝心のボウイの目先が変わっちまった。これじゃまるで下手くそな歌詞に出てくる気まぐれ女の失敗例みたいだ。

『アイザックさーん!ヘルプ!ヘルプでげすよーっっ』

 ポンチョの必死の声が飛び込んで、もやもやした気分をいったん払う。が、あんまり、、有り難くないんだよな今は。

『あっしが匿ってた若い奴がうっかり居所ばれちまって連れ去られたでげす!もう、たった今のことで!あっしも追っておりやすが一人じゃどうにも心許ないんで、、』

「お前が依頼人って事でいいのか?」

『追ってる最中だって言ってるでげしょっ、細かい話してる余裕ないんでげすっ』

「ざっくりでいいさ、金額だけ言ってみな。ただし、こっちはマシンの調子がイマイチだ。メカ戦の可能性があるならアイザックに通す前にここで断るぜ」

『無いでげす。あいつらJ区内のどこかに一度身を隠すはずでげす。そこから移動する前に押さえられれば済むでげす。あっ、ちょっと途切れるでげす、五分、、いや十分後にまた!』

『アイザック、聞こえてたろ?どーする?』

 ポンチョの第一声を聞いた瞬間から三者会談の場へも音声を繋げてある。ボウイはカリカリきてるかもしれないが、アイザックの声はむしろのんびりしているように俺には聞こえた。

『オメガの幹部の元運転手を匿っている事はポンチョから聞いている。恩を売って子飼いとして育てるつもりだったようだ』

「金額は聞いてないけど受けるか?」

『よし、やろう。金額の交渉はメイに任せよう、通信室へ向かわせる。お町と二人でポンチョを追ってくれ』



 






 
 

 
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