J9 基地のゲート2
□寄せたらカエシテ
2ページ/9ページ
飛ばす機会もないまま、存在感だけはあるアストロアイガー。一度だけ、用もないのにわがままを言って飛ばしたことがある。シンクロン波の照射装置のせいか思ったより足が遅くて、ウエストゾーンを出る前に引き返しちまった。
アイザックは基地に万が一の事があってもブライサンダーとアストロアイガーさえ残ればと、常に一定の装備を搭載してあるけど、基地のスペアと言うよりは、真っ白なこの塗装ではどうも避難船じみている。非常食も積んである。
そのアストロアイガーのアッパーデッキ。伏せた半円柱型のドームから子猫ちゃんをそろりと飛び立たせ、格納庫内でUターン。使える距離いっぱいまで使って甘々に優しい角度で着地させようとして、視線がデッキ面より下りる寸前のこと。さっきまでブライサンダーが止まっていた場所に、緑色のものが見えた。
もしポヨンなら、ドームに閉じ込めちまうとまずいだろう。子猫ちゃんを止めてから、親切な俺ちゃんがわざわざデッキまで上がってきてみれば、そこにあったのは、、凧だった。
「くそぉ、、、騙された、、」
白いカイトにちょうど実物大くらいのポヨンの絵が描いてある。てんでスピードも出してないのに見抜けなかったのは悔しいが、絵はなかなか上手だ。シンかメイか、こんな絵心のあるのはどっちだ?
拾ったカイトをまじまじと見ていると、シュウゥンと音がして、あっという間にドームが閉じた。
「ありゃ、、?」
ポカンと見上げたドームから淡い光が、言葉通り波のように降り注いでくる。
「ありゃー、、」
おやっさんが急かしたんだろうか、アイザックも性急な事をしたもんだ。
この中でシンクロン波を浴びるのは久しぶりだ。ゆるり、ゆるりと、上から下へ順繰りに輝く光にちょっとの間、見とれていた。寄せては返す光の波、、、あ、返さないか。一方通行だな。太陽系中どこを探したって見られない光景。まあ俺たちには馴染みだ、いつまでも見物してたって仕方ない。
ポヨンじゃあるまいし中から操作して開けることは出来るけど、途中で開けてしまってはデータは取り直しだろう。それとも、対象物無しでと言ってたから、俺がここに居る時点でデータとしては使えないかもしれない。どっちにせよ、中断の旨をアイザックに伝えようと腕の通信機を口元へ持ってきたとき、すっと光が消えた。
「なんだ、短いのな」
二回目が始まる前にと、床面に埋め込まれたパネルを操作して外へ。改めてアイザックに連絡を入れたが、応答がない。
そう言えばさっきキッドも応答しなかった。もう一度キッドに、念のためにお町に、呼び掛けてみれば案の定。どうやら俺の通信機に問題がありそうだ。早急に修理なり、予備を用意するなりしないとまずい。本日の最重要事項に決定だ。
ギョッとして固まったのは、小脇に挟んでいたカイトを持ち直しもと来た通路の方へ体を向けた時だ。無意識に目をしばたいた俺は、次の瞬間その場で立ちすくんだ。
目が、霞む。しばたいた前と後で全く変わりがない。
「なんだ、、これ、、」
何度瞬きをしても視界がぼんやりしたまま。こんなの、初めてだ。視界に広がるモヤみたいに、気持ちにも嫌なものがひろがる。もし大ごとだったら仕事に、、いや、それどころじゃない、、まずいぞ、、これ。
センタールームに向かって走ってみたが、頭も耳も別に痛くなるわけでもない。目だけ、だ。オーバーオールのデータに何か出ていないだろうか。あまり期待していないが、無いよりはいい。
瞬きを繰り返しながら走っていると、向こうから霞んでいるポヨンがぴゅんぴゅんやって来て、そのまま通りすぎた。これっぽっちも絡んで来ないのも珍しかったが、そんなことに構っている場合でもない。
緩いカーブを描く廊下にやっとセンタールームの出入口が見えた。シンが向こうから来て、ちょうどセンタールームへ入ろうとしている。
「おい、シン!これお前のかー?」
カイトを振りかざして見せたが、シンはするっとセンタールームへ消えた。
「あっ!しかとはねえだろが?!」
追いかけて室内へ。メインコンピューターに向き合っているアイザック。駆け寄るシン。身ぶり手振りも加えながらシンがアイザックに、、、、、
「おい、、、シン、、?」
穏やかに笑っていたアイザックが口を開く。
「うそ、、、だろ?」
じっと、慎重に、俺は二人を凝視した。いつもと変わらない様子のシンとアイザック。何を話してるんだろう。きっとたわいない事だ。何を、、話してるんだろう。
目だけじゃない。間違いなく、耳が聞こえない。