J9 基地のゲート2
□その硝子、あの鏡
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キッドは手元を見ていた。一人掛けのソファーにふんぞり返って、組んだ足を低めのガラステーブルにどかっと乗せて。
そのテーブルの反対側。ボウイはキッドを見ている。キッドのベッドで足を投げ出し、壁に寄りかかって。手にしているのは何かの拍子に買った立体パズルだ。観光スポットであるビカビカの中で、最もシルエットが美しいと言われているサウスタワーの形をしている。
キッドの手にあるのはタブレット。手のひらサイズよりは大きくて中途半端だが、重くはない。瞬きを繰り返したり、ときおり舌打ちが混ざったり、真剣に見入っている。やがて姿勢はますます崩れ、ソファからその場へずるずると下りると、ガラステーブルとソファの隙間で腹這いになった。
ひたすらキッドを見ているボウイも顔が見えやすいように、合わせてベッドで転がる。
「うっとーしいぞ、お前」
画面から顔も上げずにキッドが一言。
「おんや、反応したよこのヒト」
狭い隙間で体を捻って、キッドはタブレットを片手で高く上げると、ちらと投げるふりをした後に本当にボウイに向かって放り投げた。何の事はない、ベッドのその辺りへ置いといてくれ、、と言う事である。そんなキッドの仕草はしょっちゅうなのでボウイも気に留めはしないが、他の者にやるときより投げるスピードが速いのが気に障るような、嬉しいような。取り損ねる事はあまり無いが、今日は持っていたパズルを代わりに落とした。
「あーっっ!崩れた!やり直しだよ、もーっ」
「あは、悪りぃ、悪りぃ」
透明なアクリルのピースがテーブルの上にも下にも跳ねて散らばり、寝転がったままのキッドがテーブルの下に潜り込んでピースに手を伸ばす。
下はキッドに任せて、テーブルの上や、飛び越えてソファにまで飛んで行ったピースを拾おうとして、ボウイは横着にガラステーブルの上に片膝を乗り上げた。そして、自分の膝の下を見て動きを止めた。
「キッドさんストップ!」
「あぁ?」
「そのまま、じっとして。ハイ、その場で上、見てみ?」
キッドが言われるまま仰向けになると、ガラス一枚を隔てて自分に覆い被さっているボウイがいた。
「へへ、やっぱ面白れぇ。どっこも触れてないのに、この体勢」
口で馬鹿とは言わないが、キッドの顔は言っている。
「そう嫌な顔しないでさー、ほら、手」
ガラスに突いたボウイの手の、指先がちょいちょいと動いてキッドの手を呼び寄せた。
「ガラスの上にヨダレ垂らしそうなカオしやがって」
人の事はそんな風に言うが、手は素直にガラス越しに合わせている。
もっと言うなら、ボウイの頭に浮かんでいるのは、人形のケース、水槽、、Beauty in the coffin 、、そんなものだが、一見めんどくさそうにしているキッドの頭の中はけっこうヒドイ。ガラス一枚のせいで自分に触れられずに悶々としている、全裸のボウイ、なのだから。
そのうちに興が乗る事があれば本当にやってみてもいい、くらいは顔色も変えずに考えている。少しだけ、、目の色は変わっているかもしれない。ちろりと揺れる欲をせいぜい隠している。
それとも、、ガラスの上に乗るのは自分の方かと、そこに気づいた瞬間おもわずボウイから視線を外した。これ以上ふざけた考えを続けていると隠し通せなくなる。二、三個掴んでいたパズルのピースをきゅっと握って、手のひらにとがった角を当てては、自嘲、自重。
「無駄だぞ?」
瞬きひとつ、さりげなく。素っ気なさを装うのは、ちょっと思いやり。ボウイは今はてんでおふざけモードだけれど、自分の身動ぎ一つ、顎の角度一つであっという間に、それこそ視線が熱を持つ。そんなものは自分も同じ、わかっているから、ほんの気遣い。
そう、今夜は、ない。