J9 基地のゲート2
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くらっと、、、起き抜けに目眩かと思ってボウイが目を細めたのは一瞬だけだった。
「ちょ、おいおいおいおいっ、、!」
慌てて掴まる場所を求めた手に毛布がまとわりつき、その毛布の端がベッドのヘッドボードの上の物を幾つか宙に踊らせた。メイがくれた子供らしい鉢植えの造花が天井に向かい、シンが起きっぱなしにしたブロックの車が壁に飛ぶ。壁に激突する寸前で車をキャッチすると、ボウイは今度は慎重に壁に手を付けた。
何の連絡も無しに無重力になったのだ。全くもって危険きわまりない。アイザックに怒鳴ってやろうとヘッドボードに組み込まれた通信機に顔を向けると、一斉放送でメイが叫んだ。
『ごめんなさいっ!!わたしが操作を間違えました!みんな!無事ですか?』
怒鳴れない。最近メイは「大きな物」を扱いたいらしくて果敢に挑戦している。先日はアストロアイガーの定期チェックを一人でこなしていた。今度は基地のメンテナンスに着手したのだろう。
声のトーンを上げてわざとメイをからかいながら無事を知らせると、ちょっと迷ってからボウイは着の身着のままで部屋を出た。
インターホン越しにお町の様子を尋ねると、第一声が「ドア開けないで!!」。どうやら化粧品だかアクセサリーだか細かいものをぶちまけたらしく、てんやわんやしている物音が漏れてきた。彼女は無事だ。
方向転換してキッドの部屋の方へ。水なんか使っていたら下手したら生死に関わる。シャワールームならパネルに緊急吸水のスイッチもあるし、応答が無ければとっくにメイが大騒ぎをしているだろうからさほど心配はないが、やはり確認はしておきたい。
お町の部屋の前の壁を蹴って一直線。ドアに手を着いて体を止めようとした寸前、そのドアが開いた。
「わっ、、、わわ!」
「え、、」
行き場を失ったボウイの手は咄嗟にインターホンのパネルに指を引っかけるようにしがみついたが、体を止めるには少々足りなかった。部屋から出ようとしていたキッドに見事に頭突きを食らわす。部屋の奥に吹っ飛びそうになるキッドをすんでの所で片手で掴んで止めたのだけは少し誉められてもいい。
「いっ、、、、てえぇぇ、、」
「ば、、っかやろ、、!」
どちらも額に手を当てしばしの沈黙。腹立たしげに、しかしうっかりとボウイの腕を振り払ったキッドは反動で回転しかけて再びボウイに捕まえられた。しかも払っておきながら自分からも掴まり直した。
キッドは重力が消えたとき着替えのために片足を上げていた。ぐりんと回ってラグの上の低いテーブルに後頭部を打ったし、ボウイは衝突してくるし。朝から二回もボウイの腕に頼っているのも腹が立つ。振り払った瞬間にボウイが吹き出して笑ったので余計だ。
キッドは無言で廊下を飛んだが、それでボウイが黙っているわけはない。
「およ?どこいくのよー?ちょっとキッドさーん?なあってばー」
放っておいたがやはりそのまま付いてくる。
「だらしねえカッコのまま廊下出てんじゃねえよっ」
「心配してちょい出たくらいいーじゃんよー」
「ちょいは終了したろっ」
「で、どちらへ?」
引き下がりそうにない。ぶつかった事も身だしなみも一向に頓着していない笑顔にキッドはぶっきらぼうに返答する。
「天井一周」
「てんじょう??、、あっっ!ポヨンの!待って、それ、俺ちゃんがコズモワインダーで、、、」
「言うだけでぜんぜんやってねえだろっ」
ポヨンは、それとも木星ベムは、よく跳ねる。どういう訳か重力の有無に関わらず。ポヨンの場合あれでなかなか人に懐いているので、普段は足元に居る事の方が多い。ちゃんと人に意識を向けているのだ。あるいは人の真似をして地面で二足歩行をしているつもりかもしれない。しかし本来はたいへんな跳躍力の持ち主である。構って欲しい時や、誰も居なくて持て余している時などはかなり高い位置までぴゅんぴゅんしている。
最近ポヨンは悪い癖を付けた。物を持って跳ね、高い場所に置いてきてしまうのだ。
天井一周とはつまりそれらの回収である。屋内でのそんな細かな作業を、コズモワインダーを使ってどこまで器用にやれるか、ボウイは自分の楽しみがてら引き受けていたものの、キッドの言うとおりまだ手付かずだ。メイがうっかり無重力にしてしまった機会に、キッドは生身でそれを済ませようとしたのだ。