J9 基地のゲート2
□Wolfs take a VANILLA
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「おー、いたいた。キッドさんシャワー空いたぜー」
デリバリーではあったが量だけはたっぷりあった賑やかなディナーもお開きになり、ビーゴとリタはオーナーズルームへ引き上げた。
空いた、と言ってもゲストルームがツインとダブルの二部屋、それぞれにシャワーが付いているような40フィート越えの大型プレジャーボートである。いずれパーティクルーズのレンタルも良し、水上タクシー良し、あるいは、、、多少怪しい運び屋も良しと、小遣い稼ぎ程度の事は考えているらしい。二人だけの客があちらもこちらも使って荒らすのは申し訳ないと、そんな所は意見が一致してツインのみ使う予定でいる。
「そんなにフライングデッキが気に入った?」
キャビンの屋根のさらに上、サブの操舵スタンドと数人がけのベンチシートしかないフライングデッキで、再びキッドはひとり海を、夜空を眺めていた。
「あのおっさん、酒が入ったら結局、説教だったな」
「説教ってほどじゃないだろ。昔話の相手が欲しかったワケよ」
たっぷり幅を取り、手足を投げ出すように座っていたキッドに向かい合って、ボウイも腰を下ろす。
ヴァニーユ号の名の由来に始まって、若かりし頃の武勇伝、同じ無法でも組織ではなく個人個人が今よりもっと荒っぽかった頃のアステロイドの様子。そんな話が面白くて身を乗り出して聞いていれば、いつのまにか説教じみてきていた。今の若いやつは宇宙に出ている緊張自体がぬるいと。
二つあるコンパスのうち、片方はマグネットコンパスであり、その昔は電源を失った場合に備えての物だったが、今では船の守りとして風習的に備わっているのだと言われて、ひとつ物知りになったりもした。尤も、ブライスターにお守りを付ける気にはならなくて苦笑したのではあるが。
「キッドさんさぁ、、さっきから、なに考えてんの?そんなに星ばっかみつめてさ」
「むかーしの、、、ジャン・ビーゴより、もっと前の世代が宇宙に出た頃。どんなだったんだろうな、、?」
「出るだけでいっぱいいっぱいだろ。ビーゴの頃と違って、武装する必要が無い分は装備とかコンパクトだったのかな」
ジャン・ビーゴが聞いたら本気で顎が外れるほど呆れただろう。彼の時代と比べてさえ、今の方がずっとコンパクトなのだから。
「武器なんか無しで、宇宙に来てたんだな、、、」
言いながらキッドが思うのは、はるか過去の、地球上にしか武器も兵器も無かった頃の太陽系か、それともブラスターを持たずに別の生き方をしたパラレルワールドにも思える遠い未来の自分か。
ボウイがくしゃみをとばして、二人とも慌てて立ち上がる。夜の潮風に長く当たり過ぎていた。
「お前さあ、いっぺんでいいから、俺より低いくらいに縮んでみねえ?そしたら、ずっと肩抱いて温めててやるぜ?」
フライングデッキを下りながら何の気なしにキッドが馬鹿を言うと、先を下りていたボウイは梯子のように狭い階段の途中で急に足を止め、キッドを見上げた。
「これくらいの差でどうよ?」
子供だましにもならない手品で縮んで見せたボウイ。不意を突かれて、キッドは固まったまま見つめ返し、お子さまなプレゼントを受けとる事にした。じっくり、自分とボウイの階段一段ぶんの差を本気で見定めようとして、、あきらめた。見ていても無駄だ。手を伸ばし、ボウイの頭を胸に抱え寄せる。
「ちょっと、縮み過ぎ。お前は、、どんな感覚?」
「ん、、、よく、わかんねえ、、」
俺も、わかんねえよ、、リタ。
心の中でそう呟く。自分のことならどうとでも決める。けれどボウイに、お町に、あれを伝えるべきなのかどうか。
すっかり湯冷めしてしまったボウイを抱く腕に、少しだけ力がこもる。
「わかんねえけど、、ハマりそうなくらい、、気持ちいい。でも、いつもの感じのがいい」
「どっちだよ」
「だから、わかんねえって。、、ヤバ、、気持ち良すぎて眠くなってきた、、」
じっと抱かれたまま、ボウイは大あくびをかましている。
「ヤバくもなんともねえ。相当疲れてんだろ?」
「はは、、舵輪の感触が、、まだ残ってる。もちっと、余韻に浸りたい、かな。水って、すげえな、、、」
「凪で良かったな。さっさと寝ろよ、モン・プチ・ルー」
デッキからキャビンへ、さらに下の寝室へ。使わない予定だったダブルの方のゲストルームにボウイを押し込むと、キッドはツインへ納まった。手短にシャワーで潮の香りを流したとたんに、アステロイドに、自分のテリトリーに戻りたくて仕方ない気分になった。
リタがあんな風に人の心配をする女性だった事にも驚いたが、何より、二人にあてられてしまった。危ない橋だって何度も渡ってきた二人の、穏やかな暮らしぶり。幸せそうなリタ。
波に揺れるベッドに転がれば、人の事を言えない程度には自分も眠かった。そしてお子さまだ。自分がもし、長生きしてビーゴのような年齢になった時、側に寄り添う人物は、、、リタのように幸せでいてくれるのか。想像できない。
目を閉じうつらうつら思い出す、星空を背景にしたポツンとひとつだけの、ヴァニーユ号の赤い航海灯。足りないと思った。人工の灯りが。
それから、、、ヴァニーユという名の犬を飼っていた、とうの昔に亡くなったという、ジャン・ビーゴの相棒の話。
いろんなものをごっちゃに詰め込んだ波の上、夢の中。
翌朝、まだ暗いうちから叩き起こされてデッキに出た。
大パノラマで広がる地中海の夜明けは、滅入ってしまいそうだったキッドの気分を吹き飛ばしてまだおつりが来そうな美しさだった。
一方、なぜだかボウイは気に入った風だった身長の逆転を拒否し出した。このままでいい、と。
ありがとう、忘れないよと、、、形だけでない礼を言えるだけの余裕をキッドは取り戻していた。
こっそりリタにそう耳打ちした姿をビーゴに見咎められて、二人まとめて追い出されるような騒がしい帰途。
うるさいほどに、人工の灯りがあふれかえる宇宙へ。
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