J9 基地のゲート2
□ピンクのタオルとAsterと
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早朝の火星ポート。昼夜の区別がない宇宙暮らしの人々も、大方は朝起きて、夜に寝る。火星以遠と地球とを繋ぐ最大規模の港も、この時間は利用者も少な目だ。人とぶつからずに歩ける程度ではあるが。
ボウイは北アメリカプレート直行便の席を確保し、ここまで乗ってきた単座のスペースプレーンも現地で受け取れるように手配できた。エアプレーンの機能をあわせ持つダブルユースタイプとしては唯一、手持ちの機体であり、ブライスターを使わずに地球へ往復する一番早い方法である。
「さて、もう、、起きてるかな」
地球行きシャトルのフライト寸前、壁際に等間隔に配置された観葉植物の側に寄り、腕の通信機でアイザックを呼び出した。
「ダンナー、おっはよーっ。ちょっと地球まで行って来たいんだけど。てか、今火星ポート。子猫ちゃんは置いてきてるから、じゃ!」
何か呼び掛けているアイザックに、出発だからと無理矢理締めくくり、通信を切った。
座席に着いて、、とても人心地ついてなどいられない。逆に緊張し始めた。
「はぁ、、乗っちまったよ地球行き、、」
地球へ、サンブルックへ。
ほぼ夜中に基地を出てきたので、このシャトルで一眠りするのが妥当なのだが、、落ち着かない。
記憶の底へ、とけて消えたピンクのタオル。まだとけ切ってはいない自分のタオルが、本当にピンクであるのか、それを確かめに。
アイザックの前であんな偉そうな事を言っておきながら、自分の部屋に戻る前にはもう後悔していた。正確にはキッドの部屋の前で。
アイザックに変にけしかけられて、その時は素直にキッドの所へ、とけてひとつになりに、、行こうとしていた。
だがインターホンを押そうとして手は止まった。
・・・・その前のことなんか知らねえ・・・
たった一言、余計な事を口走ってしまった。
理由はわかっている。本人に確認した事はないが、J9 に誘う相手の素性を、孤児院出身、そこまでで終わらせている筈がない。アイザックはもう知っている。その気安さから出た言葉だった。
そしてそれをキッドには言えていない。
もう何度も言おうとしてきた。なぜ自分がセントヘレンで育つ事になったのか。
話して聞かせるのはそう難しい事ではないように感じているのに、なぜか未だに切り出せていない。自分から言うまでは訊いてくれるなと、わざわざキッドに釘を刺すような真似までしている癖に。
タオル騒ぎでひとつ思い当たった。自分の記憶は、人に説明が出来るほど正しいのかと。
「やべ、、まじ寝なきゃ」
帽子を顔の上に乗せ直して目を閉じた。
「居ないんだ?ボウイのヤツ」
朝食ついでに、軽くそれぞれの予定を確認し合う。
最初の頃はアイザックが話を主導していたが、やがてキッチンを預かるメイがそれを引き継ぎ、今では誰ともなくそれぞれが報告するようになった。
ボウイの不在をアイザックが伝えると、キッドはさして気にする風でもなくそう言ったが、気になり出したのはアイザックである。夕べ話をしていた時、ボウイは落ち着いているように見えたが、、そのあとほとんど直ぐと言っていい時間に、キッドにも告げずに遠出をするというのは、、。
親を亡くしている子供を二人、己の懐に入れているアイザックにとって、二人のずっと先輩でもあり、似た境遇の子供たちと暮らしていたボウイがここに一緒におり、あのような性格であるというのは心強い以外の何物でもない。
だからと言って、ボウイへの配慮がゼロでいい訳はない。
「キッド、、」
廊下へ出て行きかけるのを呼び止めた。
「ボウイは、夕べお前の所に顔を出さなかったのか?」
下世話に聞こえぬよう心掛けても、即座にキッドは表情を硬くする。
「なんで、、アンタにそんなコト訊かれなきゃなんねえんだ?」
場所が悪いと言うことなのだろう。二人が恋愛関係であるのはキッド本人から聞かされて久しいが、とにもかくにも大っぴらにはしたくないとの事。内心、、面倒な男だと思わなくもない。
「、、来てないぜ。それが何?」
「いや、いいんだ。すまない」
わざわざ謝ってやる必要のある事だろうか、これは。知られたくないと言ったところで、残りは双子とお町だけだ。お町がわかっていない訳がないと、、、、いつ言ってやろうかと思いながら踵を返した。