J9 基地のゲート1

□Midnight Crocodile ♪
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 私ほどではないが、この辺りのどの魚より大きな何か。この特殊な匂いは、、人間だ。余りいい感じのする匂いではないが、興味をそそられてその匂いをたぐって進む。
 こんな夜中に漁でもあるまい。ましてこの匂いの強さ、流れを乱す感じ、、船の上ではない。川の中ですっかり水に浸かっているようだ。
 そろり、そろりと、体を振って、目と鼻だけを出しながら川下から近づいてみる。
 確かにヒトだ。何かが光っている。髪飾りを付けた女性だろうか。否、夜中に一人で泳ぐものか。よく見ろ、私の目には痩せこけた月の明かりだけで充分なのだから。
 何が光っている?金にきらめいて、髪飾りなどより大きな物だ、、、冠でもない、輪郭全体を覆う金、、、、あれは、、あ、あれは、、、、!

(カーメン・カーメン!!)

 思わず開きかけた口を慎重に閉じた。私の口は大きいのだ。ハッと息を飲んだ程度でザブザブと水音を立ててしまいかねない。開けるのは最後の瞬間だけでよい。
 しかし、一体奴がなぜこんなところに。そ、そうか、ここはナイルだ。風が運んでくる乾いた風といい、岸辺のパピルスといい、それに違いない。すると私はナイルワニか。
 いや、私の事はいい。それよりも奴だ。何をたくらんで夜中に泳ぐ。
 違う、そうではない。そんな事すらどうでもいいのだ。近年まれに見るリラックスを味わっていたというのに、よりによって縄張りに侵入しているのが奴だとは!我々は貴様の手助けをするために赤龍城へ乗り込んだわけではない!まして対オメガ戦の口火を切る口実を作らされたなど!サフラ、天王星、北欧!つもりに積もったこの怒り、、、、、。
 チャンスだ、、、今こそが!共も連れずに野生のワニの生息地で水浴びする愚を思いしるがいい。ナイルワニは人を襲うことで有名なのだっ。
 たっぷりと息を吸い込んで、完全に潜水体勢に入った私は、奴の背後に素早く忍び寄った。暗く濁った水の中、ぼうっと白い体が見えてくる。

(一体何を考えているのだ、カーメン・カーメン!なぜ全裸で!なぜかぶり物だけはそのままなのだ!)

 幾多の疑問をよぎらせつつ、しかし私は、それらに惑わされる事はなかった。目の前でのうのうと立ち泳ぎをしている血色の悪そうな胴体に向かって、最大の武器である牙をがっしり突き立てると、ビシリ、バキッと、手応えがダイレクトに伝わる。
 数本は折っただろう事を確信しながら、少しばかり後ずさる。岸辺で獲物を捕らえた場合は必ず水に引き込まねばならない。ゆえに、一撃した直後に後退するのは習性なのだ。
 その生白い獲物に更に牙をくいこませて左右へそれを振り回し、そのまま遠心力を利用して、自分の体ごともんどりうって回転を繰り返す。もちろん、完全に食いちぎるためにそうするのだ。
 もがく手足の、何とひ弱なことか。
 謎の中から蜃気楼のように現れ、目的の知れない急激な暗躍を続けるカーメンよ。神秘性と武力との幾重ものベールの奥に住まい、どんなに人々の目を眩まそうとも、お前もやはりヒトなのだ。
 私は謎も嫌いだが、神秘などというものはもっと嫌いだ。それをまとって身を隠そうとする人間は更に嫌いだ。思いもよらなかった事だが、今こうしている瞬間、私は信じがたいほどお前に親近感を覚えるのだ。この肉の匂いが、血の味が、骨の歯応えが、お前がれっきとした人間である証なのだから。
 神秘も謎もかなぐり捨てるがいい。それらをことのほかうまく利用した機知に富んだ人間として、私と対峙してみてはどうだ。いいや、お伺いなどたてはしない。お前がそうせざるを得なくなるまで、この牙、決して放さぬ。
 私はますます強く顎を閉じようと、力を込め、振り回した。もはや魚どもも遠巻きにすら近寄らず、鳥たちもどこかへ去った。
 真夜中のナイルで凄惨な水音を立てながら、私は一心に願った。何度も、何度も、体を回転させ、そして、ドスン!と、仮眠していたソファから体ごと落ちた。



「痛、、、、」

「げ、、」

「うそ、、、」

「あ、、、いざっく、、、?」



 さすがに自分でも何が起きたのか瞬時にはわかりかねた。
 床に座り込んで見上げると、唖然と口を開けたままのメンバーたちと目が合う。

「ああ、、そうか。、、は、あはははははは、、、」

 何て凄い夢を見たものだ。理解した瞬間笑いが止まらなくなった。しかも私は奴を振り回したおかげでソファから落ちたのだ。

「ははははは、、」

 メンバーたちはまだ口が半開きだ。

「は、あは、ふはははは、ちょっと、はは、失敬する、、、ははは、、」

 何やらまだ足元が妙な感じがするが、体にかけていたマントを取ってその場を退出した。
 おっと、マントは引きずっていけない。これではまるで尻尾のなごりだ。







ーーーend ー ーー


 
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