J9 基地のゲート1

□Midnight Crocodile ♪
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 その時私は、生暖かい水の浅瀬に寝そべっていた。
 ぬるい水と湿った土の匂いが心地よく、最新のリラクゼーションシステムでもここまでは出来まいと言うほどゆったりとくつろいでいた。
 ふと、違和感を覚える。
 なぜ、こんな水が心地よいのだろう。私の記憶の奥に刷り込まれた水は、溶ける事を許されないほどに凍りつく、透明で清廉な水のはずだ。
 ここはどこだ。なぜ水に浸かっているのだろう。
 心地よさを自ら遮って目を開ける。夜、、、それとも、、いや、やはり夜だ。月が見えるのだから、ここは地球のどこかで、今は確かに夜なのだ。
 水はぬるいが、ゆったりと流れがある事が肌で感じ取れる。
 川辺で、、、泥にまみれて、なぜ私は寝そべっているのだ。しかもこの水の濁り具合と言ったら、視界は数メートルといった所か。
 この不思議な感覚は何なのだろうか。泥で濁った水の中がどうしてこうも居心地がよいのだ。
 ゆるりと体を動かそうとすると、すぐ背後で突然バシャンと水音があがって肝を冷やした。ザッと振り返るが、誰の気配もない。

(なんだ、私のしっぽじゃないか)

 、、、、しっぽだと?私の?
 混乱する頭を気力で押さえつける。出来るはずだ。いつもの通り、冷静にならなければ、こんな時こそ。
 体をひねって、よくよく自分の後ろ姿を観察する。まごうとなき、これは私の後ろ姿だ。黒々と、鎧をまとったような、胴体と同じ太さで始まる長い尾。右へ、左へ、なんと自由に動くことか。
 ゴツゴツとしたその鎧のような皮膚は、そう、全身を覆っている。
 これが私なのか。力強い太い四肢と、頑丈な顎。そこには本物の牙さえも備わっている。マントで覆い隠し、ことさら威圧的な印象を与えようとしていた事が嘘のように逞しいではないか。
 ああ、そうか。道理でぬるい水が心地よいはずだ。湿った泥が肌に合うはずだ。こんな場所で寝そべっていても当然ではないか。
 私はワニなのだ!
 納得すると、妙に晴れ晴れした気分になって、私は浅い水底を蹴って川へ泳ぎ出た。しっぽのひと振りで驚くほどの距離を進める。全身に力がみなぎるどころか、あふれ出さんばかりだ。なんと立派な体を与えられたのだろう。
 それにも増して、この冴え渡る感覚。小魚どもがどこでじっと私をやり過ごしているか、水鳥たちがどの草むらを寝床にしているか、全てわかる。地上の天候の様子も、水底の地形も、流れの緩急も全てだ。
 水の濁りなど何の支障にもなりはしない。むしろ忍び寄る私を獲物から隠してくれるなら、それこそ私の味方である。
 不自由な殻を脱ぎ捨てて、この広い世界のどこまでも五感が広がっていく。さもなければ、この世の事象全てと私の五感が直接つながってでもいるかのような、たとえようもなく素晴らしい開放感。
 不安など何もない。孤独すらもない。情報集めに奔走せずとも、己の感じ取った事に素直に従えばよいのだ。これが野生というものなのだ。いっそちっぽけな理性をも葬り去れば、更に快適な生を得られよう。
 そんな風に考えるうちは、まだまだ本物の野生にはほど遠いだろう。目から遠く離れた鼻で笑い、ボコッと泡があがった時だ。

(なにか、、、居る)




 
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