J9 基地のゲート1

□西暦2001年カルナバルの反省文
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 ボウイが名前をあげた幾つかの店を当たると、三件も回らぬ内にお町の居所は知れた。
 大盤振る舞いで朝まで遊び通した揚げ句、支払いが足りないどころか、初めから一銭も持ち合わせていなかった事が判明したお町は、そのまま店のロッカールームに留め置かれていた。
 アイザックが店を訪ねたのは、ちょうどオーナーが出勤してきて、無銭飲食者の処遇を思案している最中だったので話は簡単だった。ホストクラブでお町をこきつかっても仕方がない、姉妹店のランパブに出すか、あるいはその道の者に引き渡して手っ取り早く現金を手にするか。ポリスへ引き渡す手段は考えてもいないのだから、かえってありがたいと言うものだ。要は金で解決できる相手である。
 商談もまとまり、それなりの金額を手にして一転、馴れ馴れしくなったオーナーと、景気がどうのと雑談をしている所へ、奥からお町が連れて来られた。
 アイザックを見るなりプッと吹き出してうつむいたお町は、無言で笑いをこらえ続ける。アイザックも無言のまま、ジロリと睨んだきり、二人は揃って穏便にその店を後にした。
 本当に金だけで収まったのかどうか、後からついてくる者が居ないか確認しながら一区画ほど歩いてから、アイザックがふっと息を抜いて肩を落とすと、お町は堪えきらずに笑いだした。

「お、お兄さんが支払いを済ませたって言うから〜!誰かと思ったわよ。お金払ったんならアイザックかなぁとも思ったけど、お兄さん?わらっちゃうわ〜お・に・い・ちゃん」

「礼を言われこそしても、いきなり笑い飛ばされると言うのはいただけないと思うが?」

 本音は逆である。真顔で開口一番に礼など言うほどお町がしおれていては、迎えのタイミングを間違えたようなものだし、差し出した手に背を向けられでもしたらと、、、考えてもいた。ロッカールームに監禁と言っても、相手はあの通り呑気な素人だったのだから、助けが必要という事でもなかった。

「やーだ。お兄ちゃんのイジワル」

 足取りも軽くぶら下がるように腕を組んできて、コトリとアイザックの肩に頭を預ける。

「アリガト。ごめんね〜。でもいきなりアイザック直々のお迎えなんて、ちょっと想像してなかったな。あと一週間もしたらボウイがオロオロ顔出して、あとからキッドがうるさいこと言い出して、、。アイザックは基地から動かないと思ってた。去るもの追わず、来るもの拒まずみたいな涼しい顔して、、、あ、急ぎの仕事?」

「そうではないが、、、この前、世話になったのでな」

「このまえ?」

 カルナバル初日の事である。思わぬ展開になった人探しの仕事と、ロコの事ですっかり忘れてはいたが、鮮やかに脳裏に蘇るアイザックの倒れぶり。くだをまくでも絡むでもなしに、剃刀のようにスパッとイッたツブれざま。
 盛り上りかけて、まだまだこれからといった顔のキッドとボウイを尻目に、アイザックを担いでさっさとお開きを決めこんだお町であった。

「それじゃ、あの時のお礼だとか、借りを返すとか、そういう事でわざわざ来たって言うの?」

 大きな溜め息と共に首をふったお町は、立ち止まって天を仰いでしまった。

「まったくもう。礼儀正しいって言うか、リチギって言うか。あの時のあなたを見てせっかくカワイイと思ったのに、相変わらずなのね」

 自分が世話をかけた事は棚にあげ、腰に手を当てて文句を言いたげなお町。すっかり元通りのエンジェルらしい様子に安堵しつつ、アイザックは言いたい事が旨く伝わらなかった事に少々焦る。もっと気持ちに正直に、飾らぬ、気取らぬ言葉で伝えねばならないようだ。

「そんなに、、、堅苦しい気持ちで来たわけでは、ないんだ。そう、、お節介を、、、やいてみたくなった、、、と言えばいいかな」

 エンジェルが小首を傾げて黙りこみ、次の言葉を促している。
 何と言えばいいだろう。基地の医務室で目を覚まして、心配顔のメイと、もっと不安そうにしていたシンから、口々に、三人がどんなにマメに自分の面倒を看てくれたかを聞いたときの気持ち。お町から奪うようにアイザックを担いだボウイが、どんなに上手に基地まで運び込んだとか、お町が見事にてきぱきとベットの準備や薬を指示したのだとか、キッドが嘘のような上機嫌でお町の指示に従っていただとか、、、。
 そして、それを矢継ぎ早に伝えようとするメイとシンが、なんと饒舌に三人を褒め称える事か。なんと自慢げに話す事か。
 聞いているうちにアイザックは、荒れたような感じのする胃とは無関係に、胸の奥から不思議なものが込み上げてきて、いつの間にか、、笑っていた。面倒も心配もかけた本人が笑うなど不謹慎だと、自分でも慌てて口許を覆った。だが、おかしくて笑う訳では、ないのだ。顔が緩んでしまうのを押さえられないほど、、、底の方から嬉しかった。

「メイやシンと違って、君達はそれぞれに世間の波をかいくぐってきている。余計な手だしはかえって邪魔になると思っていたし、それに、、、」

「はいはい、いいわ、アイザック。もう言わなくていい」

 お町は見切りよくアイザックを遮ると、ヒラリと身を翻し、アイザックと向き合うようにしてゆっくりと後ろ向きに歩き出す。

「あなたは一人でメイとシンを守って来た。私たちがきて仕事を始めてみたら、今度は守るべき方向が、絡み合うほど枝分かれしちゃったんだわ。あなたはとても上手にやってる。あなた自身のプライベートも、私たちのプライドも、上手にバランスとってるわ。だから、今まで通りでも誰も文句ないと思う。でも、やっと気づいた、、のよね?」

 立ち止まったお町は、アイザックのマントの留め具に手をやって、おかしそうに、けれどごまかしの利かない視線でアイザックを見上げた。
 方やアイザックはと言うと、逃げ腰な視線をさ迷わせながら、何だか曖昧に、それでもようよう首を縦に動かした。
 スルリとアイザックの肩から落としたマントを小脇に抱えると、お町はもうスタスタと先を歩き出した。

「その方がトシ相応で活動的な感じするし、いいわよー?1枚くらい脱いじゃっても、別になんともなかったでしょう?もう2、3枚脱いでもみんな構わないんじゃないかしら。せいぜい笑い転げるくらいで」

 言いもしないのに、定番のパーキングに向かってゆくお町を見ていて、アイザックはふと、返事を先伸ばしにしていた伯父の呼び出しに応じてみようと、、、、思い立っていた。今なら、何の憂いもなく、虚勢ではない素直な言葉で、自分の信じたものを信じていると、言えるだろう。
 遅れて角を曲がると、お町はもう、ブライサンダーの前で仲間とじゃれあっていた。






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