J9 基地のゲート1

□ー地上より愛を込めて赤飯弁当届けますーだって大人でしょおめでとーー
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 シンがキッドの部屋で時間を潰していた頃、双子が使っている部屋にはお町が訪れていた。

「ほんとにだいじょうぶ?私、、どこも変じゃない?」

 シンの椅子にはちょっと窮屈そうなお尻を収めているお町に、可愛らしいクマの絵のマグカップを渡したきり、落ち着かなげなメイは、立ったまま自分の姿を眺め回す。

「平気、平気、どこもなんともないわよ」

「でもなんだか、、前に教わってた通りにちゃんとしたの。絶対シンには気づかれないと思うし、手だってちゃんと消毒したの」

 お町は口に含んだミルクたっぷりのコーヒーをもう少しで吹き出すところだった。

「消毒って、メイちゃん、なにもね、病原菌を持ってるわけじゃないのよ?」

 他には他人の男ばかりの生活だけに、お町はJ9 に居着く事を決めた日からこの日が来る事を意識してきた。偏りのない知識を前もって教えていたつもりであったのに、思わずがっくり来てしまう。今夜で肩の荷が一つ下りたとほっとしたものの、どうにもメイはデリケートで、なかなか座ろうとしない。

「悪い事が起きたんじゃないんだから、堂々としてればいいの」

 子供の扱いに慣れているとは全く自分で思っていないだけに、メイが体だけでも大人の女になったと、ついさっきこっそり耳打ちしてきた時は心底安堵した。これまでは男所帯の中に女は自分一人と、、そんな緊張感が実はあったのだと、きづかされた一瞬だった。
 でも今夜からは違う。男四人と女が二人。まあ、シンはまだまだだけれど。
 ともかく、この先、わからず屋どもがどんなにメイを子供扱いしようとも、自分だけはそうしない。子供の面倒を見ることから解放され、同時に女同士の仲間ができたのだ。たわいもないお喋りの中身の、範囲が少し広がっただけの事であるかも知れないけれど、お町の期待は密かに大きいのだった。
 戸惑っているメイを落ち着かせようとしているところへ、夜遊びのシンが戻ってきた。いつもならそろそろ灯りが消えている時間、怒りだすはずのメイがおろおろしていることに、シンは怪訝そうだ。

「シン、悪いけどあたし今夜ここに泊まるから、アイザックのトコにでも行ってね」

 シンを閉め出したお町は、ふと、スクールの保健室にあった一冊の絵本を思い出し、メイに話して聞かせた。囚われた王子を救うため、一人の娘が魔法の宝玉を探す旅に出る冒険譚。どこにでもあるような童話だった。

「でね、今夜のメイみたいな女の子に、その保健医が必ず言うの。あなたは今日、宝玉を手に入れたのよって」

「宝玉、、。あら、でもそれじゃ王子様が居なくても宝玉が先に手に入るの?」

「メイちゃん、キッツぅー。あたしもまだ王子様がね〜」

 あの頃クラスメイトと宝玉の話題でキャアキャア騒いだものだったが、そんなツッコミを入れる娘は居なかった。メイの鋭さに関心しつつ、お町はしばし懐かしい時代をふりかえる。
 保健医はその童話のつづきを勝手に書き綴っていた。娘が宝玉を探しに出た頃、別の娘は宝剣を探しに、また別の娘は幻の薬草を探しに、、、といった具合。元の話ではもちろん宝玉を得た娘が王子を救うのだが、保健医の話ではそれぞれにアイテムを得た娘達が王子のもとに馳せ参じた上に、何も持たぬ王子の母である王妃が自分の命を犠牲にしようとして、、、、ストーリーは混迷を極めた。
 そして保健医は、誰にもその話の結末を教えてはくれなかった。
 お町は今でも、かえってあの頃よりも、その結末が知りたいと思う。保健医のものではない。自分自身の。自分は何を持てば王子を救えるのだろう。そもそもメイのいう通り王子は?それ以前に王子を救うためだけに自分は存在するわけでもないだろう。まだまだ、保健医の謎かけからは、抜け出せそうにないお町である。
 遠くて懐かしいような、リアルで切ないような不安を、小さく畳んで胸にしまいこみ、この不安をいつか打ち明ける事があるなら、それはココに居る誰かであれば良いのにと思う。そんな考えに少々戸惑いつつ、メイの横、シンのベットで目を閉じた。
、、、、、誰かって、、誰?、、、
 一人一人の顔を思い浮かべ、自問してみる。誰でもあり、誰でもない、、、そんな中途半端な感情が残っただけだった。
 
 
 
 
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