J9 基地のゲート1

□ぐり〜ん ぐり〜ん らびりんす
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 事は十年以上前に遡る。
 夫を失った妹とその一人息子を引き取ったアレクサンドル・マルトフは、二人に不自由など一つもさせなかったが、いかんせん多忙が過ぎた。甥であるアイザックと、せめて父親がわりとしてでもふれあう時間がない。もともと礼儀正しく遠慮深かったアイザックが、日を追うごとに思慮深かく先回りの上手な子供になっていくのが見てとれた。あと一年、、いや半年も放っておけば、彼は何も考えずにはしゃげる時代を通りすぎてしまう。
 ある冬の事、東南アジアで農業を営む友人宅へ、アイザックを使いに出した。使いとは方便で、要は遊びに行かせたのである。触れた事のない南国の風土と広大な農場にアイザックは目を見張った。

「そこの農場の子が、、全く人形のように可愛い娘でね。幾つか年下だったと思うが」

「おおおっ!ダンナの口からそんな話が出るとわっ!」

 閉じ込められた甲斐もある、、と言いかけて危うくやめたボウイ。

「可愛かったが、、、」

 ボウイの大仰な口振りにさほど反応せずアイザックは続けた。

「、、、性格が凄かった」

 とても親切ではあった。明るく、なつこく、アイザックについて回り、あれこれと教えてくれた。
 だが、とてつもなくいたずら者であった。そして、馬鹿ではない。むしろその年齢にしては物知りなくらいだった。北方育ちのアイザックが、本や映像でしか見たことのないような昆虫やら何やらばかりを選んでは、鼻先へ、足元へ、、と突き出しては大喜びではしゃぐ。アイザックも負けてはいない。これはΧΧΧΧ。ΧΧΧΧΧΧと言う性質。子供のする事は実にしつこく、丁々発止の日々が続いた。

「だははははっ、そりゃすげーや」

「それだけなら笑って思い出せるんだがね」

 子供のする事は実に極端だったりする。いくらやってもアイザックが飛び上がって驚かないので、彼女は別の方法を考えた。物知りな上にいたずらの知恵も一品であったのだ。
 ロシアへ帰る前日の夜になってから、彼女は母親が大事にしている庭へ、こっそりアイザックを呼び出した。そこはバイオ菜園であり、昨年の町のカーニバルで賞をとったと言う防腐処理をされた、実物大のシンデレラの馬車、をひとしきり自慢した彼女は、しおらしく今までのいたずらを謝ったのだった。
 明日には別れてしまうのだし、それ以外は本当にいい思い出になった土地である。アイザックも年下相手にムキになったのを素直に認め、「また会おうね」などと握手までしたのだ。
 ところが、「他にもいろいろあるの」と嬉しそうに言う彼女にすっかり気を許してついて行ったアイザックは、気がつけば、、、、、ひと部屋もあろうかという巨大ピーマンの内部に閉じ込められていた。

「ぎゃははははははっ、、はっ、ごめ、、、っく、、、くく、、」

 慣れぬ南国の湿度の中、四方を取り囲む極度に青臭い苦み混じりの空気。入ってきた辺りに切り口があるはずと、思い切り叩けば壊れた組織から瑞々しくも匂いの強い液体が飛び散り、叩いたその手にも匂いが移る。凸凹の足元につまづいて咄嗟につかんだのは生白いウレタンのような芯。ボンっとはじき返されて緑の壁に頭からぶつかる。暗闇に慣れる頃には臭気で目が染みてきた。それでもまだ、暗闇のままの方がましだった。
 そう、彼は一晩以上助け出されなかったのである。朝の光が届いた時の、緑一色に輝くステンドグラスのドームのように美しかった光景をアイザックは忘れない。気温が上がるにつれてどんな目に遭ったかも含めて。
 ロシアに帰ったアイザックは屋敷中から緑色のカーテンを取り外してもらった。伯父への最初のわがままと、、記憶している。

「狭くて閉鎖された所に居るとな、思い出す」

 チンジャオロースなど持ち込まれてはてきめんなのだった。
 コォーン・コ・コ・コーン・・
 外部からアナログなモールスが響く。救出の手が来た。部屋ごと移動する感覚がしばらく続き、やがて重力のある場所へ下ろされたらしい事がわかる。間もなくズボッと、ブライガーの爪、、いや指、、、、いや、、爪、、、、が壁に穴を開けた。
 
 
 
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