J9 基地のゲート1

□ぐり〜ん ぐり〜ん らびりんす
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 無数のドアを開け、うんざりするほどの仕掛けをクリアしてきた果てに飛び込んだその部屋は広くはなかった。

「辿り着いたぜ!こンのイカれトンチキのマッドゲーマーがっっ!」

 幾つもの角を曲がり階段を上がりそして下り、息も上がっていると言うのに悪態をつく事だけは欠かさない。そのボウイの声も終わらぬうちにアイザックのビームロッドが直線を描いて飛び、デスクの向こうで腰を浮かせた中年男を捕らえる筈だった。
 が、瞬時にして天井から降りてきた金属の壁に阻まれ、ビームロッドは弾かれる。お決まりの捨て台詞さえ吐かずに敵は逃走してしまったのだ。
 壁に走り寄るボウイと逆に、アイザックは入ってきたドアへ飛び付いたが、、、遅かった。
 見回せば窓も無ければ、ドア開閉のためのパネルも無い。最悪な事に通気口も無い。たった今までボスキャラがいた部屋に二人は閉じ込められた格好だ。

「くそっ、キッド達より先にクリア出来たと思ったのに!」

 更に悪いことにそのキッド達と通信がとれない。
 土星近辺に浮かぶ少々大きな個人宅。内部は迷路のような家、、なのではなく、実物大ダンジョンそのものである。各所に仕掛けられたトラップやゲームをクリア出来ない場合、運が悪ければ命を落とす。手間のかかる事に、死なずに迷い続けている者たちはオーナーの手駒と化して、新たな挑戦者へ妨害しまくりなのだ。もちろん「出してやる」というエサがあっての事だ。
 今回、某大金持ちのドラ息子が行方不明になり、身代金を要求された件を追ってここまで来た。内部でうろうろと移動する生存者が障害になって、外から壊す訳にもいかない。結局、身代金受け渡しの親族一同に化けて玄関から入ったものだから、大物の火器は持参していない。
 デスクの有った手前で三分の二ほどに仕切られてしまった部屋で、ふかふかだが趣味の悪い絨毯やソファーなどをひっくり返してみたが、これが見事に金属の繋ぎ目ひとつ無いようなキュービックである。
 ガクンッ、、!
 部屋全体に大きな揺れがおき、二人はドア側へ体を打ち付けた。ひとつ違えば家具類で圧死しかねない、一方向から、の、衝撃であった。次の瞬間、重力が消え失せ、膝が笑ったようになったまま浮き上がる。

「、、切り離されたな」

 顔の前へまとわりついてくるマントを払いながら、アイザックが言った。建造物本体から、ここだけが射出されたわけだから、もともと端に位置していたのだろう。
 個人が個人宅で悪さをしており、バックに組織がないのは幸いである。戦闘ロボが出てきてこの小さな箱を狙い撃ちにする事はないのだから。しかし、ここから出る術がないのは変わらない。

「狼用のケージかよココは。自爆とかしちゃうと思う?」

 頭から離れていく帽子を捕まえながらボウイが訊ねる。真っ先に浮かぶ当然の不安。スペーススーツで来たまでは良かったが迷路の中でどちらもヘルメットを手放してしまったのが悔やまれる。

「その可能性は低いと思うが、、」

と、アイザックはわかる限りの部屋の造りを想像して判断したが、それでも先程下りてきた壁の側にいた方が幾らか安全かもしれないと言った。最も、ドアから壁までは二人が手を広げれば届いてしまうような狭さである。
 応急手当て用のテープを壁に貼り、そこに手をついて不安定な体を気持ちばかり止めておく。そのまま10分、20分、、、通信はいまだ繋がらず、狭い部屋の中から使えそうなアイテムも見つけられない。

「キッドとお町っちゃん、まだグルグルやってんのかな」

 一緒に来て、はぐれるフリをして二手に分かれた。頭脳&体力コンビと、トラップなら自身有りの経験値優先コンビである。

「ターゲットが逃げた後も延々とダンジョンやってたの知ったら、、ブチ切れそうだよね、二人とも」

 逃げた相手がこの場からすっかり離脱したと思われる時間が過ぎても爆発はしなかった。
 なす術がなく口数が増えるボウイと、考えられる限りを考え尽くして口数が減るアイザックであった。

「アイザックー、俺ちゃんハラへった、、。ひょっとして餓死ってかー?」

 生活機能を備えた建造物から切り離されたと言うことは、酸欠が先か、凍死が先か、、、、もっぱら外壁の厚さや構造に左右される。餓死のタイムリミットはいくらなんでもその二つより先かと思われたが、ボウイはなおも続けた。

「あのサ、極限まで腹がへった時にポンッて、山盛りのチンジャオロースが出てきたら絶対ダンナにも食わせるからね。覚悟しといてね」

「、、、出るかっ。そんな物」

 相づちを打ったり視線で応えたりしていたアイザックだったが、見たことも無いくらい嫌そうな顔でそう言うとそれっきり、それこそ一言も口を利かなくなってしまった。
 爆発の危険も本格的になくなってきて、細長い部屋をふわふわと漂いながら、それでもボウイは無言のパートナーにめげず気ままに喋り続けた。
 さすがにしびれを切らしてアイザックのもとへ舞い戻ったのは、もう随分経ってからである。

「ンなに怒んないでよ、この状況でさっ。チンジャオロース出てきても食わせないから、、、、」

「言うなっ、、」

 額を壁にもたせかけてそっぽを向いていたアイザックが、随分な勢いで振り返り、強引にボウイの口を手でふさいだ。普段なら酒の事もピーマンの事もいくらからかわれても涼しい顔をしているのに、やけにムキになっている。どうもおかしい。

「ダンナ、、、、もしかして、顔色わるくない、、?」

 気づいた途端ボウイこそ真っ青である。まさかこんなことになろうとは。
 この状態が改善されなければ数十分か数十時間かあとには、どちらの命も危険だというのはわかっている。だが今の時点ではまだまだボウイの楽観主義はチクリとも傷つかない。そんなか細い精神力ではない。
 だが、目の前に見えている者が苦しそうにしていると、、、、、、、、これはダメだ。ボウイにしてみれば、話が別、なのだ。

「平気?気分悪い?駄目だったら戻しちゃっても何でもいいから、ね?どうしよ、、どんな姿勢ならラク?」

 手持ちの応急セットをごそごそ、半ばパニック寸前だ。意味もないのに部屋の中をおろおろ見回したりする。

「、、落ち着け、、そんなに騒がなくていい。少々気分が悪いが、、その程度だ」

 襟元を少し緩めて一つ深呼吸をするアイザック。頭の中を酸素の残量がちらりとよぎる。ぷっつりと静かになってしまったボウイに弱々しく苦笑した。

「騒がなくていいが、、何か喋っていた方が、、気が紛れる。じきに治るさ」

「ああ、、うん。っと、、ごめん。そんなに嫌いだとは思ってなかった」

「いや、私の方もここしばらく無重力に体を慣らしてなかった。だが、、やはりお前のせいだな。余計な事を思い出させてくれる」

 意地悪のつもりで言ったのだが、本気で恐縮しまくるボウイに少々後ろめたくなって、アイザックはぽつぽつ話し始めた。



 


 
 
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