J9 基地のゲート1

□戦闘開始
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「やっぱり、眠ってなかったんですね、、」

 部屋を訪れたメイに、開口一番「どうしたんだい?」とアイザックは訊ねた。間違いに、、いや、お町の嘘にすぐ気がついたが、ここで踵を返してしまっては、ドアの外でお町が待ち構えていて首を横に振るのではないかと、、、そんな気がした。咄嗟に言葉を発したが、その先は、、、。
 前言を撤回して眠る支度をして来たでもないメイが、ドアを背に立ったまま、しばらくどちらも黙ってしまう。「とにかく、、」と、取り直してアイザックが部屋に招き入れた。
 キッチンで入れるつもりだったお茶を、アイザックの部屋についている簡易キッチンで入れ、二人、静かなまま胸の内を温める。メイはいつもの習慣で、テーブルに置かれた鉢植えに手を伸ばし、咲き終わった花や色の浅くなってしまった下葉などをそっと折って取る。

「メイ、、どうしたんだい?やっぱりこの部屋で眠る方がいいなら、、、」

「いいえ」

 同じ事を二度言わせてしまった時、メイははっきり返事を返した。

「いいえ、そうじゃないの。私は大丈夫、、」

 シンがアイザックの申し出を断ったのは、親にも等しいアイザックにいつまでも心配をかけまいとする自立心から。メイがそうするのは、さらにその先を、、自分を保護しようとするアイザックの手を振り払わなければその先の関係が望めないから。シンがボウイの申し出に飛びつくようについていったのは、対等に付き合ってもらえる他人として、彼に甘えてもいいと思ったから。メイが残ったのは、、、、。

「アイザックさん、教えて、、ください。さっき、、どうして謝ったの、、?」

 おずおずと、けれども回りくどい言葉や、ここに生活する他の者たちのように変に角度のある言葉を選べない彼女は、結局ストレートに尋ねるのだった。
 アイザックの瞳に戸惑いが見え、メイは心から訊いて良かったと思う。一歩でも、少しの事でも、こちらから近づいて行かなければ、アイザックはきっとずっと今のままなのだ。いくら自立して見せても、16になっても18になっても、いつまでも彼は自分を守る者、で居るだろう。30過ぎの息子の愚行を止めてくれと、、依頼してきた老婆がいた。自分が大人になったって、何も変わりはしないのだ。それならば、、、、。
 平気、平気と、、、お町の笑顔がふと浮かぶ。厭らしくなんかない、、、と。

「アイザックさん、どうして?おかしいわ、だってアイザックさんは悪くなんてないもの」

「メイ、、、メイ、ちょっと待って、、」

 アイザックは気持ちをはっきり決めてしまっているメイを待たせる事が出来ずに、戸惑ったまま言葉を繋ぎはじめた。

「シンにも、、、ちゃんと言わなければならない事なんだが、、、マカローネ署長が、、我々をJ9 と知っていながら捜査の手を伸ばさないでいた事を、、私は知っていたんだよ。そして、それを皆には黙っていた、、」

 あるいはキッド辺りなら、そんなことは薄々気がついていてさほど驚きはしないのかもしれなかったが、メイにとっては思ってもみない事だった。素直に驚きの声を短くあげ、同時にそれがどういう事なのか、拙いながらアイザックに追い付くべく頭を、思いを、巡らせる。

「私がちゃんと署長の気持ちを伝えていれば、シンが彼に言った悪口を悔やむ事もなかったし、皆ももっと違った形で彼とつながりあえたかもしれない。その可能性は充分あったのに、、それを、、」

「そんな、でも、、だって」

 確かにアイザックのいう通りではあった。知っていれば、という気持ちが確かにある。亡くなってから、彼の事がどんなに好きだったか気付き、後悔しているのも本当だ。

「でも違う。そうじゃないわ、やっぱりアイザックさんは悪くないの。だって、私、わかるものっ、、」

 知らされた所でどうにもならなかっただろう事。J9 はポリスと相容れないし、ポリスはJ9 と馴れ合えない。うまく言葉に出来ないけれど、あんなこと、こんなこと、架空の場面がいくらでも想像できる。そして、結局、アイザックは無用の無駄な隠し事はしないという事。
 言葉がもどかしいからこそ、必死に思いを伝えたくて、いつの間にか身を乗り出していたメイに、アイザックは驚きながらもいつも通りの自分を取り戻し、今にも揺れて飛び込んで来そうな小さな肩をそっと両手で押さえた。

「メイ、ありがとう」

 彼女がどうしてこの部屋に戻ってきたのか、すべて得心がいったというような顔で、その肩をソファーに押し戻すように離した。
 少し震えてしまいそうな肩を気にしながら、メイは冷めかけた紅茶を一息で飲んでしまう。言いたい事を言ってしまった安堵が彼女の年に相応しく働き、大きなため息と共に眠気を思い起こさせる。
 そういえばマカローネの写真をまだ決めていない。心の中で小さくもう一度彼に詫びて、そろそろこの部屋から去らなければと思い始めたのだが、、、、。

「実はもうひとつ、黙っていた事が、あってね。私たちが思う以上に、彼はお前達の将来を、、気にかけていてくれたと、思えるんだよ。署長がはっきりそう言ったわけではないんだが、、事と次第によってはお前達を養子にとるくらいの心積もりは、、あったようだ」

「そんな!」

 思わず立ち上がってしまったメイに、ほんのわずかアイザックは、しまった、というような表情を混ぜる。今の今まで、そんな事を言ってしまうつもりはなかったのだ。
 目の前に座って自分の話を聞いてくれているのが、メイなのだと言う事自体ふっと疑ってしまう。
 一度作り上げてしまった距離感を揺さぶり動かそうという力が、今夜の彼女にはある。しかし、それには気がつかないまま、自分がうっかりと大人にだけしていればいい内容を知らせてしまったのではないかと、アイザックは慌てて言葉をつなぐ。

「すまない、メイ、正式な申し込みがあった訳でもないのに、要らぬことを言ってしまって、、、それに、、、」

「いいえ、いいえアイザックさん、私どこへも行かないわ」

 それは小さなシャボン玉が割れる程度の、ささやかな事だったけれど、メイは弾けてしまった胸の内を、もう押さえる術を持たなかった。余りに急な成長を示そうとすれば逆に幼く見えてしまう事も、それを背伸びと人が言う事も、、、そもそもそんな事を考えている時間も、自分が自分に与えない。
 マカローネの気持ちを伝えなかった事をアイザックは酷く後悔している。マカローネに悪態ばかりついたと言ってシンは泣いた。
 マカローネはもういない。もう誰も、何も、伝える事はかなわない。
 だから。

「私アイザックさんが好きよ。アイザックさんが考えてる好きと違うの。キッドさん達の事が好きなのとも違うの。シンや、、お父さんを好きなのとも違うの」

 愛しているという言葉は知っている。それが体中を駆け巡る。でも、声に出して使いこなせない幼さが、その分言葉を多くさせる。

「だから、だから私どこへも行かない。ちゃんとしたお話でも、マカローネさんじゃなくても、ううん、養子とかそんな事じゃなくても私、行かない。ずっとアイザックさんといたいの。もし、もしみんな、だれもいなくなっても私はずっとアイザックさんといたいの」

 アイザックはただ目を見開いて息を飲む。

「だから、、、バーナード星に行くのなら、私も連れて行って!」

「っ、、!メイ、、、」




 

 
 
 

 
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