J9 基地のゲート1
□戦闘開始
1ページ/4ページ
・・・こちらはNBA ・・・
アステロイドに、地球に
早く平和が来るように
祈ります
・・・・・・・・・・・・・・・
行き場をなくした思いが、辿り着く先を求めるように、、、。そんな声がアステロイドの住民の耳に触れてからそう日も経っていない。
今日もどこかで何かが起きて、誰かの命が失われている。ウエストゾーンに限っては、そんな事はもう、先代、先々代からの事であるから、表向きはなんら変わることもない。
だが、最近の、、、そう、ここ数ヵ月来の、人々の胸にわだかまる漠然とした不安は何なのか、、、。何がどうと、いまだはっきりとした言葉にならなくとも、男たちは今までよりわずかに酒の量を増やし、女たちは些細なことで金切り声をあげる。どこから来る不安か、、、、。
「ひとごとではないよ。いつ君達に何かあって、私自身があんな言葉を放送する事になるかと思うとね」
言いながら、その口ぶりだけはひとごとのようにしておくだけの余裕を持って、ラスプーチンはテーブルにティーカップを置いてゆき、最後にシンの前に置くと片方だけの目でウインクをやってみせた。
「無いよっ、絶対そんなことっ。もう!縁起でもないこと言わないでよねっ」
「そんなに噛みつかないの。私、今すごーく幸せなんだから、水を差さないでちょうだい」
金環蝕観測と、ブライサンダーの修理点検を兼ねて地球へ出向く道すがらである。メイとシンに急かされて早目に出発したものの、ドク・エドモンに渡すデータが揃いきらないとボウイに泣きつかれて、ラスプーチンの放送局で一晩落ち着くことになった。
足止めされてカリカリしているシンと変わって、普段以上にくつろいでいるようなメイに、アイザックは穏やかに小首を傾げる。
「だって、、お茶を入れていただくのなんて、本当に久しぶりだもの。いつもは入れてあげてばっかり」
アイザックの視線ひとつで、訊かれなくとも答えるあたりさすがなものである。
「メイはすっかり若奥様みたいな事を言うようになったねえ」
「そんなっ、いやだ、ラスプーチンさんたら」
からかわれて慌てて、咄嗟にラスプーチンを非難する言葉がついて出たメイは、しかし途中で自分の勘違いがあることに気づく。
ラスプーチンは単に、J9 基地専属の主婦のようだと、、、そう言ったのだ。アイザックの奥さんのようだとは、言ってくれてない。ますます赤くなりながら盗み見たアイザックの顔からも、勘違いは勘違いでしかなく、それは自分一人の思いなのだと知らされる。
「わたし、、ボウイさんにお茶運ぼうかしら」
「いや、後で私が持って行くよ。眠気がきた頃に起こしてやらないと、作業が終わらないだろうからね。そろそろ部屋を借りて休みなさい。明日は早いから」
大あくびをしながらも、ボウイの手伝いをしたいと言っていつまでも粘るシンを引きずるように客間を後にして、メイは自分の勘違いにまるっきり気づきもしないアイザックを、憎たらしいとさえ思うのだった。
借り物の寝具に身を潜らせてもまだ思う。
憎たらしいと言ったところで、自分はこの思いをアイザックに伝えてもいないではないか。怒るなんて、、本末転倒。
何だか悲しい。何だか眠たくない。
あした、、、金環蝕を見ながら、二人きりになるチャンスはあるだろうか?シンが、ボウイと二人でイタリア料理の食い放題へ行ってくれれば、ギリシャの遺跡はあるいは、、、。
でもやっぱり情けなくてしょうがない。二人きりになるチャンスを阻んでいるのが、他の女の人なんかではなくて、自分の弟だと言うのは、親を取り合っているのと同じだ。
だから言えない。勘違いもしてくれなかったさっきの笑顔。
困った顔さえしないんだわ。いつになったら、どうやったら、わかってもらえるかしら、、、本当は私、言うこと聞いてばかりのイイ子じゃないって、、、かなり、相当、、、あなたにとっては困った娘なんだってコト。ううん、違う。そうじゃない、、困った娘はしかられて終わるだけ、、。そうじゃなくて、、、もっと、、。
いつになったら、、どうやったら、、、。
やっぱり彼女は眠れない。
「どうだね?ボウイ君のはかどり具合は?」
「ああ、手伝うまでも無いようだ。お陰様で腰を据えて作業させてやれたからね」
12歳になる養い子が、ここ1、2年の合間にどんなに成長したか、、、。どんな思いで自分に接しているのか露知らず、、、、本当に露知らず、、、旧知の友人宅で、改めてどっさりとソファーに身を沈めるアイザック。
ラスプーチンも慣れたもので手酌でウォッカなどやりはじめていたが、アイザックがもう用事らしい事も無いのを見てとると、奥のデスクからファイルされた書類を取り出してきた。
「やっと話ができる。用意が整っているんだ。もちろんGOサインを出して行くだろう?」
書類を揃えると、丁寧に上下をアイザックの方に合わせてテーブルに置いた。
「なんだい?まさか婚姻届でもないだろうが」
だるそうに身を起こして書類に手を伸ばすアイザックに、ラスプーチンは口を開けたまま固まってしまう。仕事でのやり取りは年中だが、しばらく顔を見て話す事をしない間にこの男は一体どういう冗談を言うようになったものやら。
「これは、、、、、」
第8次バーナード星域植民隊の参加要項と、申し込み手続きの案内。
「これはもちろん正規の物だが、私は単独で探査隊を組んで行くつもりなのでね、そちらの手続きはこっちの用紙だ」
どさりと、先に出された物の倍はある書類と、フロッピーの束。
「浮かない顔だな?」
「いや、、、こんなに話が進んでいるとは、、正直思っていなかった」
太陽系の内部を大方知り尽くした人類の、純粋な意味での挑戦と冒険心は時代の自然な流れとしてその外へと向かっていった。数えきれぬほどの犠牲を経て、現在は6.2光年先のバーナード星系へ正規の植民隊も第8段を送り出すまでになっている。
アイザックが外宇宙への夢をラスプーチンに語ったのは、もう随分以前の事。
思い詰め、張り詰めたような薄い鋼のエッジが、非合法の始末屋などと言う前代未聞のものを自らの手で作り出そうとしていた。その傍らに居る幼い二人が、アイザックの行動や思考によって傷つけられていないことが、唯一ラスプーチンにとって外から見守っていられる理由であった。
ところがラスプーチンの心配を覆すように、いざ始末屋稼業が動き出してからと言うもの、剃刀のエッジはみるみる切れ味の方向が変わって、、、折れてしまわぬための幾つもの手段を、、、時には引いたり曲がったり、、他人に任せたり支えを求めたり、、、柔軟に臨機応変になってゆき、年相応の言葉や態度を見せるようになっていた。
丁度そんな頃にバーナード星行きの話が出ていた。
「私は第8次と共に行こうと思うよ。通例では一般からの参加申し込みの締め切りが近づくと、次の植民隊のプランが出される筈なんだが、今回はそれが無い。その事に関する情報も極めて少ないときている」
「最近の太陽系の情勢ではな、、、次回は、無いかもしれないと?締め切りはいつなんだ?」
ボルガコネクションが崩壊し、レッドドラゴンももはや飲み込まれた。元より、巨大な各コネクションを押さえ込むどころか、その勢力の均衡をはかる事でしか権力を維持できないような連邦政府であったものを、たったそれだけの力も既に持ち得ないのだ。外宇宙へ夢を馳せていられる有り様ではない。更に、ヌビアが勢力を異常なまでに伸ばしている今、この2大コネクションの崩壊は情勢不安のほんの序章でしかない事は明明白白。
「正規の締め切りは過ぎているよ。私の率いる隊に、若干名のダミーがある訳だがね、、、、実は、出立は来月末なんだよ」
「ラスプーチン!、、早すぎる、、、っ」
思わず腰を浮かしかけるアイザックに、しかしあくまでラスプーチンは穏やかだった。
「ヌビアがやはり気になるかね?」
それは無論の事である。いいように手玉に取られてこのままにはしておけない。この不安だらけの世の中が狂気を孕んできている今、それがどこへ向かっているのか、、、どこへ引きずられているのか、それも見極めたい。
そしてもうひとつ、、。
「君の所の連中はともかく、、、あの子たちには言ってあるんだろう?」
「それは、、、だが、私個人の夢としてしか、、、」
アイザックが双子にこの話をしている事を半ば確信しながらも、彼等が寝静まってから切り出したのは、、どうやら正解だったかもしれない。
「もちろん、、、連れてゆくのだろう?」
「そう、簡単には、いかないよ。あの子たちにはあの子たちの夢が、、、もう何年もしないうちに生まれるだろう?それに向かって、段々と私から離れてゆくのだろうし、、。なにしろ、、バーナード星行きはもっと後の事のように考えていたからね」
今やっている事に夢中ですっかり後回しにしていたと、アイザックは正直に付け加えて申し訳なさそうに笑った。
「それはそれは、、いや、、先走ってしまったようだ。アイザック、、バーナード星行きは唯一逆に、私の方が君の影響で動いた事だ。若輩の君に引きずられてしまったのは、アウトローの先輩としては少々癪にさわるわけだよ。それならば、カッコだけでも君より先に行ってみようと思うよ。それに、君ほど若くはないんでね」
どこまでが正直で、どこからが落胆を悟られまいとする年の功か、ラスプーチンはそんな風に言った。そして最後にこう付け加えた。
「しかし、そんなにのんびり構えずとも、あの子たちの夢はもう形を持っているのかもしれんよ。余り見くびらないことだ」