J9 基地のゲート1

□ゆずれない
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 自分で熱があるのを自覚してからはまるっきりダウンしてしまったボウイは、幾つかあるうちの一つの客室のベットにおとなしくおさまった。
 無頓着なおやっさんにしては客室は案外立派な造りで、それもその筈、ここには正規軍の技術開発のセンセイ方が、そのまた大センセイとおやっさんを立ててご意見伺いに来たりもすれば、また違う分野のセンセイなんぞも顔を見せたりするのだ。
 大先生然としてふんぞり返るおやっさんではないが、自分の仙人生活を客に押し付けるまでには世間離れしていない、、、と言う程度に客室のしつらえはいい。病室には上等過ぎるが、快適には違いない。
 そのおやっさんはこの成り行きを見て、とうとう俺達を本物のガキ扱いしだした。熱々のホットミルクに砂糖まで入れて持ってきてくれたのだ。しかも二人分。
 文句が言えない程度に体が冷えきっていたので、俺もどうやら飲み干した。

「うーっ、、口直しが欲しい。ボウイ何かいる?」

「いい」

 しんどそうに首をふって、のそっとベットに潜り込む。だーめだこりゃ。

「キッドさん、、寒い。上にかけるもん、もう1、2枚頼むわ」

 ご要望に応じて布団ダルマにしてやってから、コーヒーを入れに行こうとベットを離れた。

「あー、、、キッドさん、ドア、、、開けといて」

「あ?落ち着かないだろ、開けっぱなしじゃ。空気が回って寒くなるし」

「ん、、、その、ニガテなのよ時々。閉めっきりの部屋に一人で居るの。特に調子の悪い時なんか。なんてーか、、、幼児体験が原因って、ウワサ。自分じゃ、覚えてもないんだけどさ」

「じゃ、、、開けとく」

 そんなこと初めて聞くけど、、そう言えばたまにそんな事もあるっけ。朝、通りかかったらドア開けっぱなしのままボウイが寝てたりとか。ああ、こないだ喧嘩した翌朝、、、そうだったかもしれない。
 未だに俺はボウイが孤児院に籍を置いて居た辺りの事情は知らない。本人が言わない限りはつまり、強引にこじ開けたりなんかしたら、俺と言う新しい存在でそれを埋め戻す事は出来ない、と言う事だろう。今まで気がつきもしなかった気弱な癖を白状したボウイの声は、最後まで迷うようだったし、視線も落ちつかなげに空をさ迷っていた。ほんとは、言いたくもなかったんだろう。他の事とは違って。
 ド恥ずかしい失敗談も、手酷い失恋話しも、てらいもためらいもなく、俺に話せる奴なのに。
 さ迷う視線を掴まえてやるような勇気は今のところ俺にはない。ボウイの目障りにならない程度、受け流すのがせいぜいだ。
 J9 に来てから負ったものなら、どんなに酷い痛手だろうと、勝手に手を出して料理しちまう自信、あるけど。
 そう、それなら自信あるぜ。実を言うと少々、、、たっぷりかもしれない、、、思い上がっているのだ。ボウイに一番よく効く薬は俺自身だって。
 だからさっきの話、、早いとこYES と伝えておかなきゃ。
 ドアの件は今はいい。それ以上深い部分に触れるのは、遠慮でも意地でもなく望んでいないから。お互いに、今は。
 おもいっきり苦くいれたコーヒーを飲んで少しほっとする。
 ボウイがあのザマなので、仕方なしにあちこち濡れてしまったブライスターの床をちんたらと掃除して、そろそろ眠ってしまった頃かと様子を見に戻ってみた。ドアが開いていても、いったん立ち止まってしまうのは、もしかして貧乏性とかの類いだろうか。
 布団ダルマの芯はあっちへごろごろ、こっちへもそもそと、辛そうにしていた。

「まだ寝てないのか。ほら、とりあえず解熱剤。なんか食ってからのがいいか、、、」

 人が言ってるハタから、横になったまま水も使わずに錠剤を飲み込んでしまった。

「げ、器用だなお前。ってこら!こういう時はせいぜい水で飲んで水分補給しとくもんだぞ」

 放っておくと眠るばかりで、あれやこれや努力してでも治そうとはしない奴だったのを思い出した。目が覚めている間にそれこそがぶ飲みでもさせておこうと、水をいれに立つ。
 俺の手首を掴もうとして間に合わなかったボウイに、指先だけが捕らえられた。

「、、ンだよ?」

「触りたかっただけ。体の調子が悪い時って、なんか、やたらに孤独な感じ、しない?」

「ったりまえだ。今ね、お前の体の細胞が中に入ってきた敵と戦ってんだ。俺の細胞を援護に行かせられるわけないんだから、孤独で当然だろ」

「なぁるほど。すっげー納得の理屈だわ。けど、この際だからわがままイッコ注文させてよ。ちょっとでいいから、ぎゅうっと、やって。ね?」

「自業自得の上に甘えるか?フツー」

 言いながら、、ちょっとした保護者もどきの気分でベットに乗り上げ、もこもこの布団ごと、でもしっかり手はボウイの背中の下に潜り込ませて、、、ぎゅうっと、ね。本当の保護者なら、こんなときはもっとふわっと、優しく抱き締めるのかもしれないけれど。

「いいなぁ、この重み。キッドさんの体重の重み、すっきだナァー」

「ぼけ!そんなシアワセそうなツラして余計なこと言ってんなら、置いて帰っちまうぞ」

 どうぞ、とばかりに舌を出すボウイに、背から抜き出した手で前髪をあげてやりながら切り出した。

「さっきの話、承知しといたからな」

「ああ、別に、、普段は閉まっててもぜんぜん、、」

「ドアじゃなくて。車で人をどうたらって方」

「、、あれか。やだなもう、改まっちゃって。ホントはね、ブラスターキッドさんにこんな言い方ヤなんだけどさ、、、子猫ちゃんは確かに最初っから戦闘用だけど、マシン本体ってーか、本来は人を殺す道具じゃないわけじゃん。マシンをそういう風に扱うのは、、、いや、出来なくはないんだ、俺。そんな場面に追い込まれたら、キッドも、みんなも、安心していい。けど、、、やっぱ許せないし、ソコ譲れない。俺ちゃんがこの仕事やってくのには、その辺がひとつの限界ってやつだ。細かいこと言ってたらキリないから、手前勝手な感覚で、ライン引くけどね」

「O.K. 解った。言ったからにはその時はためらうなよ。絶対だ。俺と一緒に寝起きしてるって事を捨てても、ソレを譲るな」

「だからもー、、改まってくれないでよ、、。それにしても、、さ。今まで絶対無いと思ってたのに、、やっぱあるんだな。俺の方が、お前から離れるって可能性。すっげー、、変な感じ、、、こんなにすんなり自分で認められるとは、思ってもみなかった、、、」

「お前って時々、唐突なジャンプアップでいいオトコになったりするからな」

「え、なになに?俺ちゃん今いいオトコ?」

「ばーっか。お前のジャンプアップごときでうろたえない俺の方が、、まだ上なんだよ」

 吹き出して咳き込んで笑いながら、それでもボウイは俺の言葉に同意した。
 想像しちゃえば胸が締め付けられる。ボウイがいない日がきて、それが続いていく事。仕事上の不安だって並みじゃない。
 何よりも、残る俺より、出ていくボウイの事。
 それでも俺はボウイについて出ていったりしないし、ボウイは一人で出ていくだろう。
 どうにもならない。
 俺がブラスターキッドで、こいつが飛ばし屋ボウイ。その何よりの証しで、歴然とした違い。
 俺達はそれぞれ、自分が一番輝ける色に骨の髄まで染めて、、、その後で、、出会ったんだ。
 すいと、ひかれるでもなく自然と唇を重ねた。
 熱く求めるのでも激しく与えるのでもなく、もちろん従順に受け入れるんでも傲慢に奪うんでもない。
 ただ認め、応えあうだけの長いキス。
 こんないいキスは俺達は初めてすると思う。ひとつ欠点があるとすれば、風邪のウイルスっておまけつきなこと。
 ねえ、おやっさん、チッとだけ、、、ガキから脱した気分だぜ?永遠なる金魚のフンではない事を許せる。

「さて、お前がJ9 やめなきゃならんような事が起こりませんよーに」

「起こさせないように」

「YES 。そのためには?」

「お仕事きばりましょう」

「Answer right 。で?手始めに?」

「おやすみなさーい」

「よし、いい子だ」

「キッドさん、ドア閉めてっていいからね」

 は、、気分転換の上手な奴。



 解熱剤で一時的に熱の引いたボウイを連れて基地に帰った。俺もよっぽど機嫌が良かったので、例のミニホログラム装置を苦心惨憺おやっさんから値切ってきた。
 プレゼントなんかしてやらないけど、ボウイの部屋に置いとくつもり。I LOVE YOU とか、メッセージを入れようかなんて、カワイイ事も頭の端を掠めたけど、、、やっぱやめた。
 ここはひとつ愛しの子猫ちゃんのいい顔で。
 それとも、ひらがな辺りで伝えて、意味は教えないってのイイかもな。







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