J9 基地のゲート1

□ゆずれない
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 ところがだ。
 ボウイはツーソンで、、つまり多分予定より近くで済ませて、、同じルートで、、つまりそれ以上遊ばないで、、帰ると言ったにも関わらず、、いつまで経っても戻らない。
 おやっさんにボウイの代わりに使われて、ブライサンダーの点検もすっかり終わり、アイザックに渡す点検データや見積書まで出来上がったと言うのに。
 普通ならとっくに「何やってんだ」と通信機に文句を言うところなのに、さっきおやっさんに言われておいてまた同じ事するのもヤだし。などと見栄っ張りをやっているうちにどんどん時間は過ぎていく。
 幾らなんでも、、、と思い始めた頃、おやっさんが切り出してくれた。

「ちょっと遅すぎるなボウズは。のんびり構えててもしょうがないじゃろ、呼び出してみろ」

 それでもまだ渋々というフリをしながら早速コールしてみた。
 3回、4回、ボウイは応えない。正常に作動してはいる。車外に出ているんだろうか。周辺地図をパネルに出し確認すると、おやっさんの車はツーソンの街を西に少し出た辺りで、移動していない。

「行って、、みっか」

 ボウイが出掛ける時に使った出口は、いわば裏口に当たる地下道だったようだが、延々と数キロとも続くトンネルはかったるい。大仰な仕掛けで砂にカモフラージュされたゲートを開けてもらい、点検を終えたばかりのブライサンダーで手っ取り早く地上に出た。
 気が急いたと言うほどではないにせよ、多少そんな感じがしたのも認めざるを得ない。でもやっぱり、かったるいからと、言い訳もしたい。だってトンネルの後、ボウイの真似をしてオフロードを行くほど酔狂じゃない。
 で、俺はさっさとブライスターに変形させてしまい、空から行った。


 いつの間に降り始めていたのか、外は結構な雨模様で視界が悪い。砂漠の一本手前のような荒れ地に水が走り、その場かぎりの濁った流れを幾つもつくっている。錆びて朽ち果てた、昔は天然ガスを通していたと言うパイプラインの残骸を、低空でちらちら確認しながら、、、空から行くにはあっという間過ぎる距離を、かえって気を使っちまう微速で飛びつつ、、、段々腹が立ってくる。
 だからヤなんだ。一緒に居た方がめんどくさくないじゃないかっ。目の前でイライラ、ハラハラしてるほうがまだマシ。実際には圧倒的に長いはずの一緒に居る時間は、怖いくらいのスピードで過ぎていくのに、たったこれだけの離れている時間がこんなに長い。
 これじゃ自覚なくて当たり前だ。くそっ、けっこう手間かかるじゃねえか俺の男は。
 ツーソンの街が目視できてから慌ててブライサンダーに戻した頃には、すっかりポイントを通り過ぎてしまい、街中を反対側から通り抜けて戻ってくる格好になった。やけに埃っぽいところが、未だに西部と呼ばれる風情を演出している街も、この雨でなんだか味気ない。人通りも少ない通りを、ボウイの姿をつらつらと探してそのまま通り抜けてしまう。パネルに点滅するおやっさんの車のビーコンは街を出た先、これがそのままボウイの存在ならいいのだけど。
 家並みが疎らになり、とうとう最後の一軒も通過した。ビーコンは近すぎて用がなくなった。町外れからそう遠くない荒野の入り口に、黒とシルバーのツートーンのありふれた4WD が止まっているのが見える。とんでもない物を造る割りに、自分の持ち物には気を使わない、おやっさんらしい選択の車種。
 それにしても、、、、道から前輪がはみ出したまま止まっている。運転席側のドアは開けっぱなしだ。誰も居ないように見えるけど、、、、さらに近寄って、その4WD のタイヤの跡から、急ブレーキを踏んだらしい様子が窺えた。
 少し後ろにブライサンダーを止め、一呼吸、二呼吸、、待ってみた。癖のようなもので、何かトラップでもありはしないかと、、、そんな物があったら、それこそボウイの馬鹿が誰かにドウニカされたって事なんだから、もたもたしてる場合でもないが。

「ち、傘持って来るんだった」

 関係ない事をぼやいてはやる気を押さえ、実際に手にするのは傘じゃなくて。
 尖る神経を絞りながら、そう、どうせ尖ってしまうなら錆びた鋸より、磨きをかけたナイフのように。ブライサンダーを降り、遠巻きに4WD のリアウインドウから、、覗き込んだが空っぽ。
 何も手掛かりが無かったら?
 磨きそこなった部分から不安が漏れだし、こんな俺でもやっぱり心の身動きがとれなくなる瞬間が確かにある事を再認識してしまう。まだまだ甘いというんだろうか、こういうの。
 なんにせよ、、まだ車体には触れずに、運転席の側からゆっくり前の方へ回り込み、この場に何の痕跡も無かった場合の対応策など、幾つか頭をかすめたり。
 あと2、3秒もしないうちにアイザックの顔を思い浮かべただろうが、そこへ辿り着く前に、対応策方面への俺の思考回路はストップしてしまった。
 今まで死角になっていた4WDの前方が見えた途端、、、、その時の俺の心境を一体どう説明すればいいのか、、、、目に入ったボウイの後ろ姿は、安心と同時にものの見事に俺の怒りを買ってくれた。その安心もあったまキタのも、どっちも我ながら強烈な感情だけに説明がムズカシイわけで、、、。
 俺はボウイがそこでそうしているのと同じように、へたり込みそうになりながら、結局何をしたかと言えば、ブラスターを持ったままの右手でおやっさんの車のボンネットを力任せに叩いて怒鳴ったのだ。

「ボウイ!!」

 ボンネットは見事にへこみ、ブラスターにも傷がちょっと。
 ボウイの馬鹿はなに考えテンだか振り向きもしない。様子がおかしいのは俺の目で見なくたって一目瞭然。
 全身ずぶ濡れもいいとこで帽子の鍔先から雨がぼたぼた状態で落ちてるし、膝からケツまで地べたについて泥だらけだ。ポリスでも通りかかったら職質免れないよ。
 にしたって、振り向くぐらいしろよな馬鹿!と、改めてムカツク。

「何やってんだっ、テメエはよっ!」

 車をひっぱたいて、まだ指先のびりびりきてる右手の代わりに、左手で後ろからボウイの襟首を掴んで、ぐい、と引き上げようとしたら、驚いた事にボウイは強情なガキみたいに、肩のひと振りで俺の手を拒絶した。
 いい根性、、、、してんじゃねえか。
 けど、あからさまにそんな仕草をされるのは初めてだな。俺が、いつでも平然としてるしたたかモンで、傷ついたりしない奴だとでも思ってる?
 ふん、いいさ、、おおまかそれは当たってら。この程度で怯んでお前みたいに引き下がったりしない。ほっといてくれって怒鳴られたって、誰がほっといてなんかやるか、こんな有り様で。どうしてもってんなら、基地のベットまで引きずってって、その後でイヤという程ほっといてやる。思い知れ、ばーか。
 とか思いつつ、、、言わず聞かずで連れ帰るだけの作業に徹する前に、、、ダメ押しの確認がしたくて、、。俺の入り込む隙を、俺自身が見失ってないかどうか、確かめたくて、、、とりあえず顔が見たかった。何より大事な手順、すっ飛ばしちゃだめだ。
 半歩近寄り、でも俺はボウイの顔を見る前に、ボウイにこんな無謀な落ち込み方をさせている原因のモノを、先に見つけてしまった。
 怒りもすっかり冷めちまうソレは、ボウイの膝の上に大事そうに乗せられていた。
 ただし、俺の目には結局それは、既にモノとしてしか映らない。なのにこの愛しい馬鹿ときたら。

「俺が、、はねちまった」

 ボウイの第一声。

「見りゃわかる」

 背はひしゃげ、下半身から内臓も潰れている。この雨で視界の良くない中、ボウイの車の前に飛び出したのだろう。もとは白かったんだろうか、血と泥でぼろの塊のようになった、普通なら誰でも近寄るのも嫌になりそうな、だらんと舌ののびきったその猫を、、、ボウイは大事そうに抱えている。
 雨がどうの、視界がどうのと、普通の奴にはかなり有効な慰めもボウイには無意味だ。
 だからってなぁ、、、。生きてるうちに情が移ったってんならまだしも、引っかけたのが猫だとわかった時点で、一目散にサヨナラだぜ?普通はさ。呆れるのも、心配で空回りしたのも、全部通り越して、こっちが哀しくなる。お前のそういうトコ。
 だからさ、、だからだよ。 付き合えば付き合うほど、日が経てば経つほど、不安が増す。お前のこと、良くと言う程にはわからなかった俺は、流れのままにお前の手に銃を持たせたけれど。
 そして今、奇しくも、それとも当然の成り行きと言うべきか、ボウイの口からその言葉。

「俺さぁ、相手が敵でも、車で誰かひき殺したら仕事やめるから。そのつもりでお前だけ承知してて」

 とても重大なコトを言った。
 言った、、ほんとに、そう言ったのか?
 ボウイの言葉の意味を、普段と同じ早さでは理解出来なかった。
 さらりと言ったボウイに対して、さらりと即答するタイミングを外して、そのまま口を閉ざしてしまった自分が恨めしい。こんな時こそうまく乗って軽い返事をすりゃいいのに、、、何も考えずO.K. とひとこと、言っちまうべきだった。とっ散らかったボウイの部屋が空っぽになってる光景なんか想像する前に。
 今からでも遅くない。返事だけはしなきゃ。こんな大事なこと頼まれて、いや、頼みごとのようではあるけれど、それはもう、命令と変わらないくらいボウイがそう決めてしまったのだから。
 ボウイが決めたことにYES と応じてやらなければ、俺が今までボウイに承知させてきた事が嘘になっちまう。人間に永遠はない、感情は不変ではない、、、いつかどんな形でか終わりは必ず来る、、、それを受け入れろと。
 ボウイは不安と不満モロ出しの目差しで、それでも最後には俺の言うことを受け止めようと、、してきているじゃないか。しかも俺が言ってるのは死をも含めた別れで、ボウイは単にJ9 のパイロットを下りる日がいつかあるかもしれないと、それだけの事を言ってるんじゃないか。
 そこまで解っていながら、言おうと思えば思うほど顎がこわばり、かえって歯を食い縛るわ、喉は何かつかえたようだわで、、情けない以外のなにものでもない。
 俺の返事を待っていたのか、いないのか。ボウイはのろのろと立ち上がり、近くの灌木の根本にそっと猫を下ろした。
 ごめんボウイ。返事、またあとでな。
 俺の返事の有無よりも、もと猫だった物にまだ気持ちを奪われているボウイを、背中から抱き締めた。服から雨水が絞れるほど強く。

「何時間そうしてたんだ?」

「わかんねー」

「熱がある。震えてるぞ」

「うん。今、自覚した」

「ばか」

「だよね。、、、帰んなきゃ。子猫ちゃん、ブライスターにしてくれる?おやっさんの車、収容すっから」


 操縦桿を預かって、機内のヒーターをガンガンに上げた。生憎タオル一本持ち合わせてないが、ふらつく足どりでコックピットに上がってきたボウイをつかまえて、一糸纏わぬ姿にして差し上げた。幸いおやっさんの買い物の中に作業服があったのでこの際拝借。

「俺が素っ裸の上に直に着たやつなんか、おやっさんに渡せないな」

「いらん心配してないで、ヒーターの吹き出し口の前で膝でも抱えてな」

「ごめんな。聞こえてたんだ、呼び出しのコール。ブライスターが上を通り過ぎたのも、ブライサンダーが近づいて来るのも判ってた。でも、動けなかった。膝が震えて、、、お前の声、ナマで聞くまで立ち上がれなかった。なんか、、お前が側に居るのって、すげーんだなーとか、思っちゃった」

「感謝しな。この俺が、お前に惚れたって奇跡にさ」

「いっぱいしてる」




 
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