J9 基地のゲート1

□Dancing Philosophy
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 基地に戻ったのは明け方近くだった。メイやシンを早起きさせてしまわぬようにキッチンでこっそりつまみ食いでもしていこうかと、キッドはいったん自分の部屋の前を通りすぎた。
 メインリビングから明かりが漏れている。普段から開け放してあるので、わざわざ窺わなくてもお町がカウンターに陣取っているのが見えた。素通りは、できない。

「まさか、今から飲むわけ?」

「仮眠させてもらったから目が冴えちゃって。一本頂戴して行こうと思ったのよ。オススメなんてある?」

 安っぽい酒をまとめて買い込んで来るボウイ。旅行気分で変わったデザインのビンを集めて来るお町。メンバーへのサービスのつもりなのか、ごくたまに高級酒を仕入れては、しかし奥に隠すように置いていくアイザック。そんなこんなで店が開けそうなカウンターである。とりどりにビンを出して、お町がかざして見せる。品定めのつもりが、つい居座ったらしい。

「ごきげんじゃん?受けた時はしぶしぶだった割りに」

「キッドは当然きげん、悪いわよねー。おもいっきりだったものね。あの躊躇の仕方ったら」

 素通りは出来なかった。仕事が終わってしまったとしても、そ知らぬふりより、いくぶんましかとキッドは思う。

「ねぇ、知り合いって訳じゃ、、、ないんでしょ?」

「ああ、面識はない。ほら、いちおう?音楽なんてやってたから、名前だけはね。いろんなトコの噂聞いたけど、あそこは評判良かったんだ。それだけさ。たったそれだけで、判断間違った」

 返すがえすも醜悪でバレバレの命乞いだったと、今は思う。一番場数を踏んでいる自分がだ。鬼のような作戦を立てるアイザックだって結局上品さが抜けない。ボウイなどもとからむちゃくちゃなのだし。

「予定外のメカ戦させちまって、悪かったな」

 今回はこの程度で済んだが、取り返しのつかないミスはいつだって紙一重だ。

「いいじゃない。予定外のメカ戦、あたしは歓迎」

 爆弾大好き女にこういう話は通用しないのか。キッドは後悔しかけたが、、。

「そもそも依頼からして変だったわよ。マクベインは騙しただけ、ハーレーのしたことを考えたら、マクベインだけ始末したんじゃ片手落ちもいいところよ」

 依頼が来たときに小難しい顔でぐずっていたのはわかっていたが、かなり過激な論法にキッドは唸ってしまった。

「けど、だって依頼人からみりゃそれも仕方ないだろう?リンダの前にマクベインさえ現れなきゃ、、って」

 言いながらキッドは胸がざわついた。自分は説得力のないことを、軽々しく言っている気がする。

「でも本当のところ、オメガの馬鹿息子が一番悪いんじゃない」

「お、お町ぃ、依頼の中身をいちいちそんな拡大解釈してたら、命がいくらあっても足りないぜ。だいたい、フツーに暮らしてる依頼人にさ、本当の敵は会ったこともないコネクションのトップだなんて、想像しろって方が無理だろー」

 拡大解釈自体が危険なことだと、キッドは思ってきた。世間から認められた組織が自分たちに命令してくれるわけではないのだ。依頼内容を忠実に守ることぐらいしか、依るべきものはない。依頼人の意思を尊重する、その頼りなく細いつながりだけで、自分たちは世の中とかかわっている。
 アウトローになって初めて実感したものだった。それまでどれだけ多くのルールに守られてきたか。時に反発しながら、ルールのおかげでどんなに生きやすかったか。いくらアウトローだとしても、そういった何かが必要なのだ。自然界に弱肉強食という最低限で絶対的な掟があるように、はずしたら生きてゆけないような何かが。

「無理だから、あたしたちが居るんじゃない」

 仕事から帰ったままの格好で酒のビンを眺めながら、さらりと無茶なことを言っているお町を、キッドは改めて見つめてしまった。
 彼女は自分よりずっと、仕事に貪欲なのではないか。時に依頼人の意思を越えてあふれてしまうほどに。
 あふれっぱなしで何もかもから自由に切り離されてしまったら、こんな稼業、ひとたまりもない。それは理屈ではなく、肌で感じている。自分にかける鎖を自分で編み出すくらいのことができなくて、何がアウトロー。
 だからといって、お町があふれっぱなしじゃないのは、改めて見なくとも知っている。

「今回はキッドが割りを食っちゃったわね」

「俺が、、なに?」

「オメガの戦闘ロボで死んだのが社長で、芸能プロの保養所で死んだのがオメガの大物だなんて、相当いい出来じゃない。世間の注目が集まればオメガへの打撃も違ってくるわ。それって、、あなたがあの時迷っちゃったから、でしょ」

 そんなとこまで考えちゃいない。死に追いやられた少女と、巨大組織の遠い隔たりを、ターゲットを目の前にして躊躇した自分の行為がつなぐことになったとは、実感としてはなかなか受け入れられなくて、キッドは戸惑う。

「それに、結果としては違ったけど、もしマクベインが利用されただけだったなら、それを見抜けるのはあなたひとりだけだったんだから」

 胃の辺りがぎゅっと締め上げられるような気がして、知らずにキッドは手を当てた。だからこそ、いったん銃口を向けたら、そのあとに躊躇するのは最大のタブーとして自分を戒めてきた。
 しかしお町の言い分では、、、。

「あ、ひょっとして、俺、なぐさめてもらってるわけ?」

「さあどうかしら。なにやるにしても、相手と向き合わなきゃわからないのは確かだわ。今のあたしとあなたみたいに」

 被害者の慟哭を理解り、加害者というヒトと直接対峙する。その隙間。殺るか殺られるかという瞬時の隙間。

「わりを食った、、か」

「ナマモノなのよね、つくづく」

 自分と仲間の命がかかった刹那の時間に、ヒトを見てヒトとして判断を下す。
 ため息をこぼしつつ、それが存在価値だと、お町の目は挑戦的だ。

「ボウイでも見習うか、たまには」

「なあに、急に」

 少々過ぎるところも多いが、あの人好きの、付き合いの広さからは、きっと得ることも多いだろう。今の自分に不足気味なもの。
 ブルーのワンピースが廊下を走り抜けようとして、あっと立ち止まった。白いエプロンといっしょにひるがえる。

「おかえりなさい。ちょっと早いけど、朝食つくったの。あの、、すごく簡単だけど」

「やったー。あたし食べる!ごめんね、早く起こしちゃって」

「ボウイさんはもう寝ちゃってるのかしら?」

「いや、通らないから、まだ格納庫だろ。呼んでくるよ」

「いいの。あたしむかえにいくわ」

 人工の明かりの中で、走り去るメイの姿だけは朝日をまとっているかのように眩しくて、キッドはしばし目をこすっていた。
 お町はとうとう一本も選ばずに部屋から出ようとしている。

「ねえ、今夜改めて、お酒選ぶの付き合ってよ。それと、地下通路、事前に発見出来なくてごめんね」

「地下通路、、、、、あっ!」

 お町が先に発見していれば、キッドが失敗しようとどうだろうと、メカ戦だけはなかっただろう。

「なっ、、、、なんだそりゃー!お町いっ!」

 追いかけて廊下に飛び出せば、朝食にありつかんと駆けてきたボウイと派手にはちあわせて一悶着になる。怒鳴れば腹の虫が騒ぐ。結局、疲れきってる割には騒々しい食卓に、キッドも肩を並べたのであった。






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