J9 基地のゲート1

□YOUR EYES
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 キッドの居ないキッドの部屋でボウイが一人、おおあくび。遠慮する相手もいないから、それはもう、顎が外れそうな大きいやつ。

「ったくよーっ、ねむっちまうぜー」

 呼ばれて来てみれば部屋は空っぽ。探してさまようのも、どうだかな、、という夜中。そのうち戻るだろうと思いつつ、すでに30分以上経過。
 ソファーにだらりと座ってはいたが、そのままゴロリと横になりたくなってきた。用があるならどのみち叩き起こされるのだから、寝ていても問題はないだろうけれど。

「顔でも洗うか」

 勝手知ったる洗面所。行儀悪く水を飛ばしながら顔を洗い、タオルを求めてさまよった腕が、コトリと何かを倒した。

「お、いい所に目薬。眠気覚ましに使っとこ」

 キャップを外して上むいて。

「ボウイー、来てるか?」

「おぅ、こっち。目薬かりるよ」

「、、目薬?」

 ポトリ。

 その瞬間、全く思いも寄らなかった衝撃が、眼球に走る。

「う、、っ、、!なっ、ナンダ、これっ、、」

「目薬なんてどこに、、」

 右目にビリビリした痛みが走り、開けることも出来ない。何が起きたのか理解出来ず、目を押さえてうずくまり、半ば無意識のうちに片方の手だけで蛇口の場所を探る。

「お、、い、ボウイ?!どう、、、ばっバカ!うがい薬!!入れたのかっ」

 キッドの仰天のしかたも並みではなかった。頭から血の気の引く音が、ザーッと聞こえるような気がした。立ち上がらせようと、ボウイを引く腕に、ちゃんと力が入っているのかどうか自信がないというパニックぶりだ。
 そのへんで市販されている、どうと言うことはないうがい薬ではあるが、2、3滴をコップいっぱいに薄めて使うタイプの品物である。その原液を直接、目に入れたとなると、、、、どういった成分だったか、どういう処置が必要か、頭の中が超高速の空回りをしている。
 すぐそばに転がっている容器を見れば成分もわかるが、その、すぐそばへ手を伸ばす余裕もない。
 蛇口から盛大に水を出し、その下にボウイの頭を無理やり押し入れる。

「い、いててててててっ、おっ押すな、押すなってばっ」

「うるせーっ、上むけっ」

「あた、頭っ、痛っ、入らねえって!」

「やかましい!」

「み、、、ぶほっ、水、強すぎっ」

 水を流している洗面ボウルに、強引に人の頭を突っ込もうと格闘している様は、まるで殺人現場さながらである。
 ほどなくそれがかなり無理な体制であると判断せざるを得なくなったキッドは、まだ半目をつぶったままのボウイを引っ張って、ドア一枚向こうのシャワールームへ連れて行った。
 着の身着のまま、水を出して、キッドはシャワーヘッドを握る。立っていたが埒があかない。ボウイに膝をつかせて頭を抱えてみるがどうも安定が悪い。とうとう膝枕である。

「どう?」

「ん、、、結構マシになってきた。まだなんか染みるけど、うん、目あけられるし」

「見えかたは?」

 時おりシャワーを外して様子を見ながら、ようやく二人とも落ち着いてきた。

「開けると、、涙が出る、、」

 言いながらボウイは、左右の目を片方のづつ開けたり閉じたりして、ゆっくり確認する。

「やっぱりちょっと、ボヤっとしてるけどね、、見えてるには、見えてる」

 目を保護しようと、自然と閉じてくる瞼を少しあけて、ボウイは真上から覗き込んでいるキッドの頬を、すっかり冷たくなった両手で挟み込んだ。

「ごめん」

「不注意にも程があるぜ」

 取敢えずの安堵を得て、さすがのキッドも声に力がない。
 頬に当てた手に少し力を入れて、そのままキッドの顔を引き寄せる。キッドもおとなしく顔を寄せたが、唇は逸れて、瞼の上にそっと舞い降りたのみ。

「アイザック呼んでくるから、そのまま水で流しとけ。早いうちに一度診てもらった方がいい」

「え、いいよ、そこまでしなくても。水で流しすぎて涙が出てる感じだもん」

 平常に戻って呑気な声を出すボウイだったが、キッドはそうはいかないらしかった。

「大人しく聞いとけよ。怒鳴る程の気力は、、、無いからな」

 振り向きもせずに出ていきながら、キッドの右手はホルスターに収まったまま濡れたブラスターをぽんぽんと叩いた。四の五の言うなら銃に物言わすと言うことらしい。
 キッドの態度に妙な感じを受けて、ボウイは慌てて立ち上がる。本人が言った通り、大変な剣幕で怒鳴られるべき場面のはずだ。こんなド間抜けにも関わらず、このキッドの静けさは、、。

「ちょ、ちょっと待ってよ、キッド」

 洗面台の前で追い付いて腕を掴むが、キッドは力なくむこうを向いたままだ。ふざけていても真剣でも、いつだって目を逸らすなんてことは滅多にないのに。
 不安にかられたボウイは、立場も忘れて声を強めた。

「キッド!」

 逆ギレに近いボウイの声に、キッドは反射的にムッとして振り向いた。180度ぶんの遠心力も視線に加算して睨み付ける。
 直線で自分に向かって来る視線を取り戻したボウイは、けれどその視線を発する瞳を見て驚いた。

「泣い、、、て?うそ、、、」

 その目元にはもう涙は残っていなかったが、確かに痕跡があった。宝石なんかよりずっと価値の高いそれは、では、シャワーとともに自分の上に落ちてきていたのだろうか。

「まさか、、だろ?こんな事くらいで、、、」

「コンナコトだからだ!」

 即座に怒鳴ったキッドは、掴まれた手を勢いよく振り払うと、その勢いのままボウイの胸ぐらを掴み上げた。

「こんなっ、こんっっな下らない事で!お前の目がドウニカなったらなんて、考えちまった俺の気持ちをどうしてくれる!」

 いつだって頭を離れた事なんかないのだ。お互いが最高の状態で一つの仕事をこなせるのは、今この瞬間が最後かもしれないと。五体満足のまま抱き合えるのは、これが最後かもしれないと。
 同じ緊張を一緒に抱えあっているから、上を見ていられる。そう思ってきたものを、肝心のこの相手はその緊張を、一気に幼児レベルの注意書にまで落っことしてしまったのだ。

 ボウイに反論の余地は全くなかった。平謝りに謝って、それではいつもと変わらないが、その上に更に、平に平に平伏して。言われるまま、まず自分の部屋の大掃除、次いで格納庫周辺、きっちり片づけてピカピカに磨いて。そんなものは根本的な解決には全く関係はないが、ひたすら言われる事に従った。
 基地中の掃除をしたとしても、ボウイはまだ気がとがめただろう。女の子に泣かれると、心底うろたえて途方に暮れるものだとは知っていたが、キッドを泣かせたとなると、それこそ胃を壊しそうな勢いのプレッシャーにみまわれる事を、身をもって知った。自分のために泣いてくれたなどという甘い感傷は、なくもないが、浸る余裕は皆無と言えた。
 二度とごめんだった。





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