J9 基地のゲート1

□Fanky Lite ♪
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「えっ、、」

「うそっ」

 ブリーフィング中に思わずアイザックの声を遮ってボウイは声をあげた。まったく同じように声をあげたキッドと、、目が合う。すれ違ってばかりの二人は思わぬところで「ピタリ!」を感じる。

「何か問題でも?」

 アイザックに問われて、慌てる様子も見せず続きを促すキッド。多少慌ててボウイも倣う。
 例の約束はまったく不便極まりないとボウイには思える。何しろキッドときたら、周りに居る誰一人として、自分たちがそう言う意味で付き合っていると知られたくないとの事。かみそりの前では目配せひとつままならない。
 ともあれ話は進んで、キッドは明日、J 区のチャイナタウンにある中華料理店の、アルバイトの面接を受けに行くことになった。面接を通ったら、その日のうちに住み込みで働く、、、、ようは潜入活動と言う作戦をとる。
 潜入と言うパターンはこれが初めての事だ。しつこく確認を繰り返して長引くブリーフィングに痺れを切らしていたボウイは、終わった途端、手近な空き部屋にキッドを引っ張りこんだ。がらんどうの部屋の中、灯りもつけずにドアを閉める。

「キッド、、俺、、」

 逃げて行くことはない体を抱き寄せて、そのくせ応えてくれる訳でもないその体に、腹立ちも込めて、きつく抱き締める。

「、、、おい」

 さっきのピタリも幻だったかと思わせるような煩わしそうな声。
 けれど今夜は怯んでもいられない。今を逃したら、明日は無事を確認するのも難しいかもしれないのだ。キッドにした酷い仕打ちを反省する余り、及び腰が過ぎたと言うものだ。夕べ考え直したのだ。もう、様子ばかり伺って待っているのはやめた。そして今日、待ってなどいられない事態になった。
 気合いを入れて体を離すと、途端にパチン!と横面をはたかれた。

「こういうの一番嫌いなんだよ。離れるのが心細くてこんな事するくらいならな、明日からの予習でもしててくれた方がよっぽどマシだぜ。こっちばかり見てる間に他のドジやりやがったら、仕事仲間としても付き合えねえ。俺達のことバラさないでいるのは、半分は確かに俺の我が儘だけどな、後の半分はこういう事さ。すっかりオープンになっちまって、連中の前でこんな浮き足立つトコぶちまけられたらたまったもんじゃない。出来るはずの仕事もできやしねえ」

 キッドがこんなに長く喋るのをひさしぶりに聞いた気がして、しばらくあっけにとられていたボウイだが、そのお小言はどうも長すぎた。ひっぱたかれたお返しに、少々乱暴にキスを取りにいく。

「、、、、、少し、うるさいよキッド。わかってるからこうしてるんだぜ」

「あぁ?」

「俺だってこの仕事、冷静にやりたいからな。でもこのままじゃ、ヤバイなって。俺達、アレきりじゃんか。こんなんで別行動なんてヤだから、俺」

「アレきりにしてるのは、、、、、ボウイ、お前の方だぜ」

「それは、、」

 それは、本当のことだ。
 最初は、ともかくキッドの体は大丈夫なのかと。あれだけのことをしでかしておいて、早々すぐにそんな鬼畜な真似は。そうやって遠慮しながら過ぎるうち、気に入らないお約束に、冷ややかな視線。避けられても、警戒されてもいないのに、なんだか遠い。気がつけばいつも、腕の届かない距離を測ったように、そばにいる。

「それ以上、、言うことがないんだったら、、、、それでもなんとか、やっていけるつもりはあるぜ」

 ドアに背をつけて、ボウイの腕に囲い込まれているキッドは、お小言連打の厳しい視線と打って変わって、目を逸らして早口でそう言った。

「そういう事で、、、いいんだろ、つまり」

 ボウイを押し退けるように体を離すと、ドアのパネルに手を伸ばす。
 何を言われたのかボウイにはよくわからない。けれど、何かに苛立っているような抑えた声と、後ろを向いた肩のそのラインは、、、全力で引き止めなければならないと即座に思えるほど、ボウイを焦らせた。

「ちょ、ちょっと待って。そういう事って、どういう事?俺、まだ何も言ってないんだぜ、肝心なこと。えと、、だからその、、、要するにさ、、」

「ハッキリ、、、、言えばいいだろ」

「わ、わかったよ、ハッキリね、ハッキリ言います!キッドとヤリタイですっ」

「、、何を?」

「って!そりゃないでしょーっ。だからっ、エッチしたいっつってるの。セックスしたいの!お前とっ。いや、今ここでって事じゃなくてよ?もちろん状況の許すときにってことであってぇ〜」

 焦った上に急かされて、物の言い様も何もあったものではない所へ舞い上がってしまったボウイ。

「お前、、、。くそっ、何考えてんだか全然わかんない奴だな」

「そりゃこっちだって!キッドが何考えてんだかなんて、ぜんっぜん、わかんない」

 わからない者同士、しばし口を尖らせて睨み合う。

「お前って、、、結構、めんどくさい奴?」

 考え込むように首をかしげて、ぽつりとキッドが言った。

 「なにソレーっ?かなり遠慮も我慢もしてんのよ?それでめんどくさいとか言われちゃう?」

「ま、待った、待った。なんだかラチあかねえ。今はマジに時間食うの嫌だからさ、このケンカ、棚上げにしねえ?」

「つまり、この仕事が終わるまで?いいけど、ケンカしてるつもりはないし」

「俺だってねえよ」

「あ、そうなの?」

「、、、、、、」


 どうにも噛み合わないやり取りに、二人揃って頭を抱える。このちぐはぐさ加減を整えるには、今夜が適さないのは確かなようだ。

「とにかく、俺達はケンカなんてしてねえし、それ以上のことは後だ。それでいいな?」

 実際キッドは時間が惜しいところだ。仮にも中華料理店のアルバイトに応募するのだから、料理や道具の名前程度は知識を入れておかなければ、面接を落とされたらブリーフィングからやり直しだ。明日は朝から面接に間に合うぎりぎりまで、メイが講師となる。ボウイもボウイで、キッドの補佐に回れる位置に陣取る手筈を立てねばならない。
 そうと決まれば、早い方がいい。こうして引き止めている一分一秒が、互いの仕事の邪魔になることなど、想像しただけでぞっとする。
 ドアを開けようと、パネルに伸ばしたボウイの手を、キッドはそっと止めた。
 やけにソフトなタッチに、ボウイの心臓が跳び跳ねる。

「まあ、それくらい物わかりよく切り替えが出来るなら、、、」

 重なった手。キッドの指が、じわり、絡み付いてくる。反対の手がボウイの首に回り、、、まるで猫でも掴むように、首根っこを鷲掴みにする。

「ほめといてやるぜ、今は」

 上から目線の笑みと共に、重なってくる唇。首の後ろでキッドの指が、ほんの少しだけ、位置を変える。途端に走る、背中から尾てい骨までビリッと。
 先手先手を狙っているつもりで、ボウイは結局どこかでびくついている。最初の晩からこっち、ずっとそうだった自分を見透かされているような気さえして、この上なく上等なキッドからのキスを、ただ受け止めるのに精一杯なまま、唇は離れた。



 
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