J9 基地のゲート1

□Understand?
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 助ける、、、その内容の大きさに、持ち帰ってしまった危険の大きさにボウイも青ざめた。同時に少年の顔が頭をよぎる。出会い頭の相手に託さなければならなかった彼の、今現在を想像すると、ひどく焦った。
 やり取りの間にもキッドは手元で幾つかの操作をしていた。妨害電波を発生させ、起爆の指示が届くのを防ぐ。メイの位置を確認する。基地内をブロック毎に閉鎖して防護壁とする。

「くそっ、とにかく型がわからねえ」

 遠隔操作ではなく、すでにタイマーが作動していたら?防護壁など役に立たないほどの威力だったら?

「わからないってのは、、打つ手なしってことだよね。つまり、、あいつをカタパルトに出して、俺は中に入る。んで、、外ゲートを開いちまえばいい、、、、そういう事、だろ」

 お町が居てくれればとは二人とも思うが、口に出さない。わからない以上は最悪の物と想定しなければならなかった。
 キッドがうなる。それでいいなら幾らかは楽なのだ。

「放出して、ご近所の有人隕石にでもぶち当たったらどうするよ?ビカビカの真ん中だとか」

 そんな会話の最中に爆発してもおかしくない。一刻も早くボウイをこちら側へ入れたいのが本心だ。
 置いてはおけない。無闇に捨てることも出来ない。迷惑極まりない判断を迫られているキッドのその返事を聞いて、ボウイはほんの少しだけほっとした。
 只でさえ迷惑をかけているキッドに、嫌な役回りを負わせたくなくて、自分から放出を言い出した。だが、いくら助けられないからと言って、あのかわいそうな奴を生きたまま宇宙に放り出すなど、できるものならばしたくない。そんな方法を取ったとしたら、どうやってメイにそれを伝えられると言うのか。もちろん優先すべきは、今ここに居る3人の安全である。そして、できるならば、、、。

「そうか、遠くへ、、」

「処理室は、、?」

「え?」

「ウチの爆破物処理室で耐えきってくれるんじゃねえかな。うまく連れ込んで、、」

「ダメだ、そんなの。耐えきれなかったらどうすんのよ?ていうか、耐えきれてもダメだよ、それは」

 基地の施設として備わっている処理室は、球形の分厚い壁に覆われ、基地の外郭を成す岩石部分に埋め込まれている。危険物の処理や、爆破実験などで主にお町が使っている。

「だってさ!飼い犬が散歩中にはねられて死ぬのと、自分ちのガレージで轢かれて死ぬのと、どっちがましよ?」

 考え無しに連れ帰ってしまった責任はメイと50:50。どんなに誤魔化しても彼女はその50を譲らないだろう。ならばせめて、このトラブルの種を、、種が開く所を見せないことで、彼女へのダメージを減らしたい。

「だからって、、!」

 考えている時間はない。いや、時間が有るのか無いのかもわからない。

「キッド、ゲート操作たのむ」

「ゲート?何するつもりだ、、おい!ボウイ!」

 返事もせずにボウイは格納庫脇の備品庫に走り、最低限の宇宙作業用の身繕いを済ませると、格納庫の一番端にあった自分の私用車を、止めたばかりのブライサンダーの真後ろにつけた。
 画面からボウイを見失ったキッドは、半分キレそうになりながら格納庫全体をカバーできる映像を呼び出す。うろちょろと駆けずり回るボウイの意図が見えない。

「ああっくそッ!あンのヤロウはッッッ!」

 自分は何重にも防護されたセンタールーム。生身のボウイ一人、ベムの一番近くなのだ。この瞬間にさえどうなるかわからない。とっとと逃げても誰も文句は言わない。言えない。なのに、聞いているのかいないのか、人の言うことを無視して、何をしようと言うのか。
 画面の中でボウイは、ブライサンダーと私用車を牽引ワイヤーで繋いでいた。

「おい、、、、おいおいおいっ」

 ボウイがブライサンダーのシートに収まると、すぐに画面にもアップが戻ってきた。身ぶりで頭を差し、ヘルメットへ直接音声を繋げさせる。

「お前それ、、!」

「内ゲートだけ開けて」

 文句を言う時間も、そして隙もない。すでにエンジンをかけ、内ゲートに向かって動き始めていた。
 腹が立つ。けれど他の方法も示せない。ボウイが逃げて命を確保したとして、ではカタパルトで爆発した場合の規模がわからない。万が一基地が半壊でもしようものなら、メイを連れ出して逃げ切れるか、自信はない。あるいは先程の提案通り処理室を使うとしたら、ボウイが生身のままベムを抱いて走っただろう。
 やらせてみるより他に、、、不安の裏返しの怒りがどれ程だろうと、キッドに出来るのは、ここで指示されるままに協力するくらいだ。
 内ゲートが上がり始めると待ちかねたようにブライサンダーが潜り抜ける。牽引されている私用車がカタパルトに移ったのを確認してキッドが再びゲートを閉じ、ボウイはチェック用の小部屋からチビベムを連れ出した。
 心を閉ざして荷物のように私用車に放り込めたら、、、、、そんな事が出来るならボウイの人生は今頃まったく違うものであったろう。シートにチビベムを下ろしながら、ボウイはためらわずにベムを見つめた。大人しいのではなく弱っているのだと、今はわかる。見知らぬ人間を警戒する力もないのだ。

「ごめんな。助けてやれなくて。J9 の稼ぎで最初に買った車、お前の棺桶にくれてやるからな」

「急げよ」

 ぶっきらぼうに、けれどトーンを落とした声がヘルメットの中で響いた。

「あっ、聞こえてるんだった」

 キッドの支援をかろうじて取り付けたボウイ。後はどこまでいけるか、飛ばして飛ばして、飛ばすのみ。
 外ゲートが開き、猛烈に加速した。

「キッド、おおよそこの方向で無人隕石サーチして」

 とにかく遠くへ。基地に被害がない所まで。誰も巻き込まない所まで。メイの目に触れぬ所まで。
 無数に点在する有人隕石や、建造物、宇宙ブイや広告の類い、、、次々に現れるそれらを、掠めるほどぎりぎりの角度で交わして先へ行く。無論、宇宙艇や他の車も行き来している。

「左に10度ずらせ。その方が障害物が少ない。一番手近なのは、、この隕石か」

「何ヵ所かピックアップしていっぺんに見せて」

「ダメだ。欲張るな。あっ、お前、牽引ワイヤーまだ伸ばしてねえ!馬鹿野郎!基地を無事に出た時点で不始末のカタはついてんだ。メイのためにそれ以上をやるってんなら、本末転倒な事態を招くな!」

「わかった」

 ワイヤーを最大限にのばすと、障害物のためにスピードは極端に落ちた。ワイヤーの長さ、スピードと、障害物を迂回する角度、遠心力。さすがのボウイもフルスピードでここまで全てを連続して読むことは出来ない。アイザック並みのナビゲートがついてもどうかというところだ。機械に計算させている手間も省けない。カンで行く。

「目標地点、確認した!確かに無人だな」

 困難はまだあった。ブライサンダーは止まれても、私用車はそうはいかない。引く力がなくなっても今までと同じスピードで進み、逆にブライサンダーを引きずり出してしまいかねない。と言って、急激に逆噴射などかければ、チビベムは車内でぶつかって即死、爆発してしまう。
 慎重にスピードを落とし、私用車を先に進ませる。タイミングを合わせて一旦は引きずられてやりながら、徐々に逆噴射で速度を落としてやる。ここまでの猛スピードと変わらぬ集中力を保ったままどうにかやり遂げた。
 キッドの指定した隕石は、ほんの小さな、直径20メートルあるかどうかの物だった。それ自体の引力はまったくアテにならない。隕石の上数メートルを私用車が通り抜ける。ブライサンダーはぐるりと逆向きに回り込み、ワイヤーを手頃な岩に絡めようとするが、ワイヤーが触れた反動で私用車は逆に隕石から離れてしまう。これではいつまでやっても埒があかない。

「ブライガーにシンクロンして、手か足で押さえつけてみる」

 思い立ってワイヤーを一旦切り離した、その瞬間。
 カッと白い光で視界を奪われた。ブライサンダーは不自然な向きにもんどり打って錐揉み状態に陥る。

「ボウイ!」

 ワイヤー操作のため、片手が操縦桿から離れていた。虚を突かれた次の瞬間には、操縦桿へ向かってその手がもがいたが、すでに木っ端のように飛ばされている最中、立て直しも効かぬままの姿勢で、後方からの強い衝撃に遭い、ボウイはそのまま昏倒した。
 爆発の光だけは基地から裸眼でも見えたが、ブライサンダーの状態が把握出来ない。キッドは思わずコズモワインダーで基地を飛び出した。何度も呼び掛けるが応答はない。
 爆発で飛び散った隕石の欠片はとっくに基地のはるか向こうまで行ってしまっている。現場付近には、残骸の岩が漂うのみで、目標地点だった隕石はその形を留めてはいなかった。
 その威力にぞっとしながら見回す。割りと近い所に通信塔らしき物が一本立っているだけの隕石がある。塔は中ほどからひしゃげ、その足元にブライサンダーが漂う。

「ボウイ!起きやがれボウイッ!」

 ブライサンダーの窓に飛び付いてガンガン叩く。
 見たところ外傷は無さそうだが、中身はどうか。ボウイは前に突っ伏したままだし、おかげで計器類も見えない。車内に酸素は有るのか。ボウイの宇宙服に損傷はないのか。わからなければ、こじ開ける訳にはいかない。

「ばっかやろぉがっっ」

 この場で無事を確認する事を諦めるための悪態。ブライサンダーを牽引して基地へ戻らなければならない。
 放ってあったコズモワインダーに向かおうと、ブライサンダーを軽く蹴って体を離したところで、耳元に声。

「ごめん、来てくれちゃったんだ」

 あっと思って、体をひねる。のそりと親指を立てて見せるボウイを見て、もどかしくコズモワインダーに蹴りを入れて戻る。

「キッド、、、そんなに蹴ったら、コズモワインダー、、拾うのたいへん、、」

「うるせっ、ばか」

 ブライサンダーのボンネットに上がってへたりこみ、フロントに両手をついて覗きこむ。首や肩を動かしていたボウイが、ふと顔を上げて、ガラス越しに手を重ねてきた。

「俺は大丈夫。ワイヤー伸ばせって指示、サンキュ。危ないとこだった」

「お前と車が無事なら結果オーライくれてやる。見ろよ、跡形もない」

 幾つか計器をチェックすると、ボウイはルーフを開けて立ち上がった。

「基地の中じゃなくて、マジで良かったよネ」

 差しのべるボウイの手に、素直に応えて手を出す。自分の手で触れて、本当に怪我がないか探ってやるつもりのキッドだったが、ぐいっと引かれたかと思うと、車内に押し込まれ、入れ替わりにボウイが外へ出ていた。
 バタンとルーフが閉まる。

「キッド、俺、あの子を探しに行かなきゃ。絶対、、やばい状況だと思う。俺、謝ンないと。助けられなかったって、、言わないとさ」

「こ、このやろ、、!」

「だからごめん。子猫ちゃんのチェック、頼む」

 こんな状態のブライサンダーを委ねられた。そのプレッシャーと、そうしなければならなかったボウイにとっての必然性に、少なからず気圧された。
 その間にもボウイは、今にも手に負えない所まで漂って行きそうなコズモワインダーを捕まえて、振り向きもせず飛び去ろうとしていた。




 
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