J9 基地のゲート1

□Call
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「ボウイ、、さん?スティーブン・ボウイさんじゃありませんか?」

 そんな折りも折り、話題の切れ目にそっと声をかけてきたのは、さらりブロンドの美少女。

「え、、、っと?、あ!キャリー?!キャリー・チルトン?ほんとに?何でこんなとこいるん?」

「おいおい〜!彼女はウチでいまイチオシで売り出し中のアイドル歌手だって!」

 突然の大注目である。シェリーにとってもレイダースにとっても大恩人であるJ9 の、そのパイロットを務める、、確かに凄い男、、なのだが、接しているうちにどうもキッドのくっつきのような感じに、誰もが受け取ってしまっていた。レイダースのメンバー達は思わぬ展開に顔を見合わせる。
 キッドもまた、、いや一番驚いているかもしれない。立ち上がっているボウイの足を、肘で突いて催促する。

「あ、彼女はさ、えっと2109年度、、だった?、の、ラークモータースポーツチームのキャンペーンガールだったのよ。ね?」

「よかった〜!覚えててくれて。一年間ずっとパラソルさして応援したのに、記憶にないようじゃ、インパクト無さすぎだもの。この世界でやっていく自信なくしちゃうわ」

「や、ごめん、ごめん。だって、すっかり美人になってんだもんよ。前から可愛かったけどさ」

 滑らかに出てくる口である。

「じゃ、ジーナは覚えてる?チームラクロワの。彼女も雑誌のモデルとかやっててね、来てるのよ今日。呼んで来ましょうか?」

「いや、俺がそっち行くよ」

 後ろ手でピッとV サインを立てて、足取りも軽く行ってしまった。

「それよりボウイさんこそ、、、」

「いや、個人的にちょっとロニーと、、」

 弾む声が人のざわめきに消えて行く。

「なるほど、元ラークのキャンギャルか。納得」

 呆然と見送ってキッドが呟く。背中のウルフがウハウハと舌を出して尻尾を振っているんではなかろうかと、じっと視線を送るが、、、そんな所を見せないのがしゃくに障る。半ば売り込み気分で着飾っている彼女を、全くの平服でエスコートしているのに、周囲がそれを気に止めないほど平然としている様子もしかり。

「ラークって、、ラークだよな?彼、、スティーブン・ボウイ、、だよな?って、もしかしてアレがあの?!」

「ご名答。アレが、あの」

 えらい驚かれようだが、キッドでさえ忘れていた。とんだ有名人が伏兵に居たものだ。何が一生に一度だ。すでに過去にこんなパーティのひとつや二つ経験済みでもおかしくない。そういうご身分の男だったではないか。それどころではない。モータースポーツのスポンサーと言えばれっきとした大企業ばかり。どこぞのご令嬢とお知り合いやら見当もつかない。

「この前、スポーツキャスターのレナード・ジョンソンと飲んでてさ、話題になってたぜー、彼、、」

「おい、頼むぜ。俺がロニーと昔馴染みだったせいで、奴がマスコミにつかまるなんてのは、、、」

 おかしな方向に話が向きかけて、キッドは慌てて引き締める。ル・マン・デ・ソウルの連続優勝を成し遂げた男は、ラーク社との契約更新もせず、どことも新たに契約したわけでもなく、所在不明のままなのだ。

「わかってる。もちろん漏らしたりしないさ」

 そうなれば巡り巡ってキッドの方こそ立場が危ういのは、ロニーはもとよりメンバーも重々承知している。マスコミの一斉追尾と、正規軍のそれはあまりにも差がある。
 ぼちぼちと、時間に追われる働き者や、数少ない真面目者が、ロニー達に帰りの挨拶をしはじめ、キッドはふらりと席を外した。幾分人数も少なくなり、また、散々騒いだあとの妙なだるさも別荘を覆いはじめて、小さなグループが時たま嬌声を発するだけになっている。
 そんな中、やけに賑やかな一団が居て中庭に目を向けると、いつのまにやらボウイの周りに百花繚乱。彼女達のいいおもちゃでもない、顎で使われてる風でもない。まるで堂々として、美女をはべらかす事に慣れているようにしか見えない。

「ふん、見せた事ねえじゃねえか、そんなトコ」

 踵を返し広間を横切って庭へ下りる。あれなら彼女達に振り回されて要らぬ口を滑らせたりする事もないだろうと、判断したキッド。
 が、いつでも追ってくるような彼の視線を背中に感じないのはカンに障る。そんな事に慣れてしまっていた自分にムッとする。いつだって期待しちゃいないはず、、と、気を取り直し、期待して待つくらいなら、首根っこ掴まえてコッチ向かせりゃいいのだからと、自分が何者であったか思い出す。それ以上ややこしく機嫌が悪くならずに済んだのは、それでもボウイは傲慢不遜な感じでは、ぜんぜんなさそうだったから。
 建物から庭へのアプローチになっている低いテラス、広い芝生にプール、綺麗に配置され刈り込まれている植栽。プールと反対側の、半円に張り出したバルコニーデッキに人影が無いのを見てそちらに行くと、薔薇を絡ませたパーゴラの所でお町に呼び止められた。

「ちょっと、どうなっちゃってるの?アレ」

「アレ、ね。中の何人かはキャンギャル出身」

「昔の仕事仲間ってわけ。全部引っかけたとは思わなかったけど、ビックリだわ。からかう隙もないったら。で、今夜はどうするの?」

 ここで部屋を使っても構わないが、すぐそばにあるホテルで3部屋、ロニーがすでにチェックインしてある。ビックリと言いながらあまり驚いた風でもないお町に、預かっていたキーをひとつ渡す。

「アレがあんなだし、ホテルすぐだから、それぞれでな。とりあえず、、そうだな、朝9時に一度連絡する」

「あ、連絡ならコッチからするわ」

 ハートマーク付きの声に、翌朝のお町の状態が想像出来てしまい、ますますやれやれなキッドである。

「あらん、フ・キ・ゲ・ン?ボウイちゃんの所いけば〜?」

「何で俺がボウイのおこぼれに預からなきゃならないんだよ?」

 ごちん!と、お町のグーが頭に飛んできた。

「女性蔑視よ、おこぼれなんて。素直にボウイがモテて腹が立つって言いなさい」

「なっ、、」

「あ、ロニー!ここよ!」

 庭に出てキョロキョロしているロニーを見つけて、ヒラリ、舞うように行ってしまった。まさか今夜の相手はロニーでは、、とギョッとしたキッドだったが、そうでもなさそうだ。お町にバトンタッチされたロニーがこちらに来る。

「ジョータロー、すまなかったな、一人にしてしまって」

 同じ言葉をボウイが言ったなら、言いたい放題文句を返しただろうと思い、笑ってしまう。

「なんか、飛ばし屋の彼がモテ過ぎて機嫌悪いんだって?まあ、俺も、、お前に紹介できるほど女の子余ってないけどなぁ、、」

 お町の奴よけいな事を、、と、言おうとしてロニーを見れば、超有名アーティストとは思えぬ情けない顔をしている。余ってない、は本音らしく、思わず吹き出した。

「ボウイがモテてんのが気にくわないってより、ボウイだけがモテてンのが気にくわないんだよなー。それもあんな美人ばっか」

 案外、本音。ボウイがあの中の誰かとどうにかなろうと、構わないと言えば構わないのだ。
 それよりも、何故に彼女達はこちらに来ない。
 それよりも、、、あの自信に満ちた態度はどこから出てくるのだ。J 区であの調子でやってりゃよほど成功率も高いだろうに。お町にいいように遊ばれちゃって、アイザックにフフンと笑われちゃって、、、そういうものだと思っていたのに。

「それは確かに、、。まったく、しょうがないよな。俺達、あれだけ話してて誰も女の話しなかったんじゃないか?」

「あ、ほんとだ。、、かわんねーな」

 モテるモテないの話題から、危うくボウイの事ばかり考え出す所だった。慌てて方向修正の返事をして、以前にもこんな場面を繰り返していた記憶を引き出される。
 キッドにとってロニーは、この上なく会話がスムーズに運ぶ相手。察し切れない周囲の者と上手く関わっていくことを可能にしてくれた、、数少ない大事な一人である。懐かしい街の通り、ライブハウス、公園のステージ、ロニーのアパート、そんなものが思い出される。隊の宿舎に届いたデビューの知らせ、引っ越しを知らせるメールと、古い彼女と別れたと酔ってかけてきた海の向こうからのコール、、。今聞こえている彼の声が、、その時々の彼の声、彼の歌声を引き出して、その背景にあった日々を甦らせる。

「だけどジョータロー、お前けっこうモテてたじゃないか。シェリーの友達とか、マムズカフェのマスターの長女とか、、、それをみんな、断るんでもなく知らんフリで通しちゃってさ。あの頃まわりに居た娘達に、もし会ったら、お前、彼が今してるみたいに振る舞えるか?そこのあたりが、、、この差を生んでるんじゃないのかな、、」

「よせよ、保護者かセンセイみたいな言い方」

「で、出たな〜!ジョータローの決まり文句!」

「ほんと、、かわんねーっ!」

 すっかり静まり返ったかに思えたが、中庭からはまだ嬌声が聞こえて、穏やかな二人のタイムスリップを今へと引き戻す。

「しかしタフだな彼は。彼女達のおしゃべりにまだ付き合ってる」

「自分がひっぱってんだろ。あ、ロニー寄っ掛かるなよ、そこ薔薇だ」

「あ、ああ、、」

 パーゴラの白い柱に絡まり、品のいいガーデンライトに照らされて、黒いシルエットになっている薔薇は、咲き出すまでにはまだひと月かふた月か。
 先刻行こうとしていたバルコニーデッキへあがり、まだ肌寒い夜風にあたる。庭より少し高いのは半地下の駐車スペースが下にあるからのようだ。

「やっぱりな、ここ上がったらステージっぽくない?少し高くて、こっちがわ半円でさ!」

「ジョータロー、俺、、あれからずいぶん長いこと、、薔薇が嫌いだったよ」

 振り返り、手摺に腰を預けて、キッドはしばらくロニーを見つめて待ってみたが、、、だからどうだと言う、その先の言葉は出てはこなかった。

「玄関ホールでさ、カメラ類対策の身体チェックしてたじゃん?気ぃ使わせちゃって、悪かったな」

「プライベートを撮られたくないのは他の客も同じさ」

「けど、俺達には通用しないぜ、あんなレベルのチェックは」

 いたずらっぽく笑い、気がつけばその手にブラスター。

「お町もあれで、この別荘が消し飛ぶようなの持ってるはずだぜ」

 ボウイのバカはどうだか怪しいけど、と付け足して肩をすくめて見せる。
「参ったな、お前達には」
 色々な意味で。
「今は?」
「え、、?」
「薔薇だよ、薔薇」
「ああ、、、さあな、どうでもいいさ」
 色々な意味も含めて。
「そっか」

 キャーキャーがやがやと、最後の賑やか集団が門へ向かって出ていく。あの調子ではこれからパリの街中まで繰り出しそうな勢いだ。

「さーて、バカも居なくなって静かになったから、、二階かりて寝るかな。ホテル代、無駄にさせちまうけど」

「いや、それより彼、、、いいのか、、車だすぞ?相当飲んで、、」

「いーよ、馬鹿はやっても迷惑かけない、、、いや、迷惑かけても自分で始末できる、、から」

 ちょっと自信ないかもしれないが、、まあそういう事でいいだろう。
 部屋でロニーと飲み明かし、語り明かし、、とも思うのだが、起きている事自体がボウイを待っているみたいで気が進まない。
 逆に、この時を逃したら、いつまた顔を合わせられるかわからないロニーであるのに、せこせこと寝る間を惜しんでまでと言う気にはなれない。そんな事が必要な相手ではない。それぞれ、その場で、その生活で、、、実際には会わなくとも、頭の隅に会いたいと言う気持ちがあれば、それで充分。そんな相手。
 パーティはおしまい。次のパーティは約束しないけれど、今夜はもう。


 翌朝、キッドはちょっと寝ぼけ眼でベットから下り、、、ボウイを踏んだ。

「わっ!何でこんなトコに寝て、、いつ戻ったんだよ?」

「んん〜、、わかんにゃ、い、、」

「かわんにゃ、、って、あ!おい、そろそろマジで起きとけよ。帰るんだぞ」

「起きれにゃい、、、ねむひ、、」

 そうこうするうちお町からのモーニングコール。キッドも少々寝過ごした。がくがく揺すぶって、ぺーちぺち叩いて。どうやらその場に座らせる事は出来た。

「ひどい、、もちっと寝なきゃアステロイドまで持たにゃー」

「自業自得。で?どの娘と?教えてくれるよなー、ボウイ?」

「もーっ朝からにゃに言ってんのー。あの娘もこの娘も送りまくって〜、帰んなきゃ〜帰んなきゃ〜って、、、んーと、、あと、、覚えてにゃい」

 どうかすると座ったままベットに寄りかかって眠りそうなボウイを見ていると、からかうのも馬鹿らしくなってくるが、もうひとつつき。

「それにしても夕べはハーレム見せつけてくれたよな。すげー板についた王様ぶりじゃん?」

 耳元で意地悪く囁くと、ボウイは目を閉じたまま、今まで見たことがないくらい真っ赤っかである。

「だってー、、あの娘たちってー、、俺のコト、そーゆーふーに扱うのが、、当たり前なんにゃもん、、、」

 言い訳は山ほどある。会話に置いていかれてふててしまったのだって、ロニーに妬いてしまったのだって本当。隠すつもりはないが、うまく伝えられない。
 上を狙っている挑戦者の間は、、今よりずっと刺々しかったが、、それでも地のままでいられた。が、、一度トップに立った者には、誰もが王者に相応しい振る舞いを求めてくる。誰のために何をして、誰の期待に沿うように、、自分のかたちを変えようとしていたのだったか、、ともかく彼女達はそんな頃のボウイとだけ出会っているのだ。
 うまく伝えられない。今度、酒の抜けた時にでも。
 目だけチロリと開けてキッドを見上げるボウイ。夕べと比べるとまったく笑えてくる。キッドともあろうものが、ココに居るこのボケボケしたのが俺の、、なんて、思ってしまうナイス赤面。

「どーでもいーけど、、さっきからにゃーにゃーと、、腹立つなっ。こンの〜、、しっかり目ぇ覚ませ!」

 そしてキス。ディープ、ディープ、ディープ、、、。

「、、っはぁ、、、。起きたか?」

「は、、、起きた。起きた起きた起きたっ」

「じゃ、帰ろうぜ」

「キッドさん、オッハヨー!!」

「ぼけっ、、」

 悪態をつきながら、小突く手が出なかったのは、その声で、その名を、呼ばれたから。
 キッドは宇宙へ、ロニーはスタジオへ。見送りはシェリーだけ。それでもボウイの酒臭さ以外は、それはそれはさわやかな朝、、だった。


ーーーーend ー ーーー
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