J9 基地のゲート1

□Call
1ページ/2ページ




『キッドさん、キッドさん起きて下さい!おねがいします〜〜!』

 人を起こす時はいつも静かで遠慮がちなメイの声が、やけに上ずっている。

「ん、、、、、なに?仕事か、、なんか、、?」

『あ、あの、あのね、ロニーさんからコールなんです。早く出てあげて下さい。あの、シェリーさんの事で私までお礼言われちゃって、、えと、よ、よろしくお伝えくださいっ』

 脱いだのだったか脱がされたのだったか、定かでないシャツを床から拾い上げてだらしなくひっかける。横で寝返りを打ちかけた、自分と同じくスッポンポンのボウイをベットから蹴りだし、画面に出ない場所へ逃げて行ったのを確認してから、メイにはオフにしておいた映像も込みでコールラインをつないだ。

「なんだよ、起こすなよー」

『ああ、寝てたのか。悪かったな、こっちもまだツアー途中で時間はないし、移動が多くて時間感覚おかしくなってるから。その、、本当にシェリーの事では、、、』

「やめろって!こっちが恥ずかしくてどーしよーもねえよ、そんなセリフ。で?まさかそれだけ?」

『例のチャリティーコンサートの打ち上げ、ウチのメンバーだけにして、お前達に来てもらおうと思ってたんだよ。ところがなに?事が済んだらさっさと消え失せてたじゃないか』

「正義の味方ぽくていいだろ?」

『噂によるとビジネスなんだって?お前の顔を立てて、今から金を振り込むなんて無粋はしないけど、せめて一晩騒ぐくらい奢らせてくれよ。、、なんてな。それは口実。久し振りに会えたのに、このまま音信不通はないだろ。こっちから行けなくて悪いけど、ホテルでもなんでもとるから、来ないか?お礼兼がねって事でみんなでさ』

「律儀だな、相変わらず。礼なら曲をもらったよ。うちのメンバーって案外、あーゆー礼のされかた好きらしいぜ。スゲー評判いいから気にすんな。、、なんてな。おごりならもちろん行くぜ。ただ、うちのリーダー、ばか騒ぎは好きじゃねーし、お子様向けのパーティでもないだろ?3人って事にしといてくれよ。ああ、じゃ、また、決まったら、、、あ、そーだメイが舞い上がっちまってるよ。まだまだ純真なんだから、その辺のファンにやるみたいに扱うなよ。この有名人が!ああ、じゃな、、うん、、うん、、あ、それからさ、、、」


 通話を切って自然と笑みがわいてくる。ココのメンバーはともかくとして、用件以外のことまでくっちゃべるような電話など、かかってきたためしがなかった。

「キッドさんてけっこう長電話の素質あったりして」

 電話の相手は数年ぶりでさえリラックスできる相手。一方こちらは蹴りだして無視しても安心してられる相手。話の途中で手元に出されたコーヒーはボウイが入れたということすら、今気がついた。

「ねーよ、そんなもん。行くだろ?」

「タダ酒は見逃せませんよ、俺ちゃんは」





 なんだかんだスケジュールが合わず、J 9 の3人組がお呼ばれに預かったのはそれから半月以上も経った頃。
 前日にツアーを終えたロニー達は、パリ郊外にある、所属事務所社長の別荘を借り受けてくれた。

「お願いっ。相手は芸能人よ?あたしだけ浮いちゃったらどうしてくれるのよ?ね?」

 キッドもボウイもこのまま仕事イケマス状態の服装だが、お町はそうはいかない。先に中に入って集まった面々の服装を教えてくれとまで言い出すややこしさだった。
 ものの見事にロココ調のその別荘に一歩踏み入れて驚いた。やけに人間が多い。

「ちょ、キッドさんあれ、イエローアックスのボーカルじゃない?わ、キャサリン・グレーまで居るっ。い、いーのかな、マジにココで?」

 芸能界音痴のボウイでさえこの反応だ。

「ジョータロー!良かった、来てくれて!何か急なことでも入りやしないかと冷や冷やしたよ」

 馴染んだ声に呼ばれてほっとする。ここ数年、親しみを込めてそう呼ぶものは身近には居なかった。キド・ジョウタロウというのは、正式な手続きなどが必要な時に出てくる記号か暗号、、そんな感じになりかけていたし、いっそそのほうがスッキリすると思うのに、チャリティーコンサートでの再会の折りも、そして今も、そう呼ばれてほっとする。

「なんなんだよ、このゴーカな混雑ぶりは」

 肝心のJ9 の人間が来たのを知って、レイダースの顔触れも人を縫って集まって来た。ベースギターのレイスが申し訳なさそうに言うには、別荘を借りるにあたって自分の誕生日だから、と社長に頼み込んだところ、いつの間にか話が伝わってこうなってしまったらしい。
 もちろんお町はこれを聞いて一目散、パリの街中へブティック目掛けて戻った。もしかしたらパリでの買い物は、最初から彼女の予定にあったかもしれない。

「ま、いーんじゃないのニギヤカでさ。俺ちゃんとしてはこーんな有名人の中に混ざるのは、一生に一度あるかどーかだもんね。楽しんじゃうぜ」

 結局、このパーティのメインゲストである筈の3人は、人混みに紛れてこっそりと楽しむ事になった。

 庭と中庭と、どちらにも出られる広間がメインになり、持ち込まれたドラムスが冗談のように鳴らされた。立て掛けてあったギターをロニーが手にして無造作に音を出す。役者などよりは、やはり音楽関係の者が多いようだった。中にはマネージャーだか付き人だかのような者もちらほら居て、パーティの裏方に呼ばれた事務所のアルバイトなどを入れると50人弱だろうか。
 すでに庭に出て飲みはじめて居る者や、別の部屋で盛り上がっている者も居たが、ロニーのギターがバースデーソングを奏でると、それぞれの場所から合わせて歌い出し、パーティは始まった。
 庭と一階部分はどこに入っても構わないという見通しの悪さに加えて、それぞれの部屋に用意されたビュッフェスタイルの料理と飲み物はふんだんと言えばあまりにふんだんで、、、それはつまり、めくらましにもなった。仮の主役であるレイスが、あとは好きにやってくれ、と言えば、その通りに実行するような人種だらけだった。

「余興に一曲、演らないか?あれからずっとうちのメンバーが聞きたがってうるさいんだ」

「ロニーの奴べた褒めするからさ」

 本気で誕生日を祝いたい客たちの相手は、当のレイスにぜんぶ押っつけてしまったので、本当の主賓だけを囲んでいても、なんとか邪魔も入らずやり過ごせそうである。騒げるなら理由は問わないこの業界の人々に感謝と言ったところ。

「冗談、こんな顔ぶれン中で目立ちたくもネーヤ」

「あたしも聞きたかったな。ジョータローさんの事は覚えてるんだけど、演奏してる所はあんまり、、」

 食い気が先に立ってテーブルを渡り歩いているボウイをよそに、そんなこんなの話題の花が咲く。

「俺がギター持ちたくなるようなセッティングしない方が悪い。そうだ、俺さ、J 区でミリオン・ラグってアマチュアの奴等と最近知り合ってさ、結構イイんだよ。俺の生活がこんなだから、連絡取り合うとこまではいかないんだけど、そいつらがライブしてる時に出くわすと、飛び入りしてんだぜ?
こっち来たら知らせろよ。聞かせるから」

「ミリオン・ラグ?なんか、最近聞いた名だな」

「あれじゃない?オフィス・グリドニーがデビューさせるとかどーとかって、ダニーの友達とかじゃなかった?」

「なんだよ、せっかく面白い奴等見つけたと思ったら、J 区で下積み時代も終わりかよ。つまんねー」

「おいおい、引き止めないでデビューさせてやれよー」

 キッドが、ロニーが、それぞれ道を分かってからこれまでの、隙間を埋めるでもなく、今現在の生活がどうだと言うのでもなく、一緒だった頃の昔話でもなく。ただひとつ、音と言う項目で括られた者達の際限もない会話が盛り上がる。キッドとは初対面に近いレイダースのメンバーも同様、ロニーの存在さえあれば、新旧東西入り交じり話は尽きない。

「はぁい。ロニー、シェリー、お久しぶり」

 ブライサンダーを一人でぶっ飛ばしてパリまで往復してきたばかりとは思えぬパーティ用のお町に、キッドは敬服する。気がつけばボウイも、お町を見つけて戻ってきていた。シェリー誘拐事件と言うどうにも物騒であるが、これもまた一つの共通する事柄に関わった者が全員揃い、改めて話が弾む。
 お町が加わった事で会話の中身はパーティに来ている客達の服装やなにかに移りもして、他に音楽の事やレイダースの活動展開と言っても、ごく一般向けなレベルである。結婚披露宴に呼ばれた友人のように、それぞれのメンバーがロニーを、キッドをからかい、業界の裏話などよりお互いよほど有意義な、、、ようはアットホームなおしゃべりが続く。
 そのうちお町とシェリーが席を外れてクルージングを始めると、またぞろ話題は音楽へ。遠慮して黙っているでもないボウイは、度々まとはずれなくちばしを突っ込み、酒の勢いで要らん一言もでたりで、しまいにキッドに手厳しく牽制を食らうしまつ。いつの間にかすっかり聞き役&お給仕の使い走りになってしまった。

「ほら灰皿、新しいの持ってきたよ。あっちの部屋はコーヒー飲んで落ちついちゃってるよ?誰か飲む?」

 こんな具合だ。
 しかしそれも長時間となると、さすがにボウイも飽きてしまう。呼ばれているはずの自分が、なぜ働き回っているのか?と言う、もっと早く気がつく事にようやく気がつきはじめた。







 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ