J9 基地のゲート1
□Wolf Chase ♪
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「お前なにやってんだよ!援護もしないで昼間っからシャワーって!」
「え、援護?」
「アイザックだよ!後ろからついて来るだけ来といて、黙って居なくなるか?俺に撃ち落とされかけたんだぜ、たまには奴に一発かましてやれよ」
もう早速、追い立てられている。それに気づくと、どうもこそばゆい。もしかするとシアワセと言うのはこういう瞬間の事ではないだろうかと、キッドを見ながら瞬きした。
「そうか、、」
尻に敷かれると言う言葉を思い出して、ボウイは妙におかしくなった。
「まあ、、なんだ。知らない間に加害者にされるとこだったキッドさんの方がさ、俺よりずっと腹が立つのはしょうがないじゃん。それに俺、確かにびびったけど、嫌な思いは、しなかった」
まだちょっと湯気を出しながら、洗った後その辺に出しっぱなしだったT シャツをひっかぶる。さっきまでボウイがへたりこんでいたソファに、キッドが足を組んでふんぞり返る。頭をふきふきその前に立ちふさがると、顔を寄せ、にっかり笑って暴露してみせた。
「いっそキッドに墜とされるなら本望だぜ?」
無言で脛を思いきり蹴られて、拍子でテーブルを、上にごちゃごちゃ乗っている物ごとひっくり返した。
「ばーか!」
「って〜!」
脛をさすりつつ、落ちたものを拾い上げていく。ごみ箱へ、ベットへ、元のテーブルへと振り分けながら。
せっかく棚上げしたのに、結構あっさりM 宣言した自分に、ボウイはほとほとあきれもするが、今は冗談のような台詞でも、言うだけは言っておいて、すっきり満足でもあった。
テーブルが倒れたのが自分と反対側なので、キッドは指一本足りとも貸さない。
「ッたく、味方同士であんなことさせられて、どー考えたらそんな上機嫌なんだお前は」
こちらはすっかりあきれたお陰で怒りもやや薄らいだようだった。ボウイの、実は本気の暴露も、完全に冗談として流した。小さな冷蔵庫からミネラルウォーターをを勝手に出すと、自分が一口飲んでから風呂上がりのボウイに投げ渡す。わざとぶつかりそうなタイミングで投げるのに、見事にキャッチしてみせる。そんなボウイの動作を見るのが実は好きだったりする。
「さて、、どうしたもんかな」
「なにが?まさかキッドさん、別のソフトが出来るまであのシミュレーションやらないつもり?」
ベットの上であぐらをかいていたボウイが、身を乗り出してきた。
「俺のこと狙うの、そんなに気が引ける?」
「それは、、」
さっきのような冗談顔ではないボウイに正面から問われて、思わず視線が揺らぐ。もちろん気が引ける。ボウイは嫌な思いはしなかったなどと、図太いのか鈍感なのか言ってのけたが、攻撃を仕掛ける側としてはかなり最悪の気分だ。
だが、平気な顔をしているボウイに正直にそう言うのもしゃくだ。
「お前としては全然どうってことないんだ?」
「だから、さっき言ったじゃん。ま、そうラクにはヤらせないけど」
「なら、逆は?」
「攻守交代?目的が訓練ならそれもアリだろ。ただなぁ、のろまを相手にへたっぴが撃ったって、、かなりつまんない結果にならないか?」
「悪かったな、つまんねえこと考えて」
はぐらかされたと言うより、のれんに腕押しの感じだ。スコープに自分を捕らえて攻撃のボタンを押す、、その一連の行為について、ボウイは全く意に介さないと言うのだろうか。その事を問うたつもりが、ずれた返事が返ってくる。ぼろを出さずにごまかせるほど器用な男ではないから、その返事は天然なのだろう。でなければ、いざやってみてから反応するほど鈍感なのだ。
そう考えるとキッドの怒りは矛先が目の前の男に擦り変わってきそうだった。アイザックに対して真剣に怒ったのは、そもそも誰のためだったと言うのか。
言ってはやらない。にやけ面で「誰のため?」などと聞き返すスキを与えるほど、気分は甘くない。しばらくはテッテー的に冷たくしてやろうか。それともいっそ、ボウイの手にブラスターを握らせて、銃口を無理やり自分に向けさせてみたら、この鈍感ヤローには分かりが早いだろうか。
そんな事を考えたら、不意にブラスターが撃ちたくなった。シミュレーションなんかではなく。あいまいに肩をそびやかして出て行こうとするキッドを、ボウイの声が追ってきた。
「逃げないよね?」
驚くほど耳障りな言葉。
「、、、なに?」
ボウイの口から出たとは一瞬信じがたく、素のまま聞き返した。
「逃げたりしないだろって言ってんの。さっきのだって中途半端なままで、俺ちゃんとしては相当に欲求不満なんだけどね」
「おまえ、、、っ」
人の気も知らないで。
「そんなに俺にヤられたいか?」
「それもさっき言った。簡単にはやらせない」
ここまで挑発されて四の五のと遠慮するほどキッドが控え目な性格であるわけがない。真顔を崩そうとしないボウイと睨み合い、スパークしそうな緊張が場を支配した。
本気のキッドが自分に狙いをつけようとしている手応えに、ボウイは息がつまりそうなくらい期待に昂った。
キッドも気づいた。この睨み合いが不快感を伴わないと。むしろ気持ちいい敵愾心を感じている。
ベットまで戻ると、キッドはボウイの胸ぐらをゆるくつかみ、引き上げた。
「、、、来いよ。墜としてやる」
冗談ぬきで息が止まりそうになったボウイは、めいっぱいの笑顔でぜんぶ吐きだした。
「もう一回言って〜」
「ああっ?」
重ねておねだりするボウイの胸ぐらを黙ってつかみ直し、ズルズルと引き据えながらシミュレーションルームに連行していく。ボウイはもう、先程の真顔を今日中に復活させるのは不可能とみえる。
「やっぱ、いいねえ。ほら、俺ちゃんてライバルだらけの中にずっといたしさあ」
「ざけんな、誰がライバルだっ」
まだ胸ぐらを放してもらえていない。器用な足取りで、引っ張られながら進んでいる。
「寂しいこと言うなよー。俺ちゃんはずっとライバルと思ってたぜ。畑が違いすぎてさ、勝負ドコロがわかりにくかっただけだもん。アイザックに感謝ってとこよ」
いきなり分かりやすくし過ぎた帰来はあるが、ボウイの言うのは一理ある。互いの専門分野のままでぶつかり合う事が出来るのだ。
「ライバルなんて偉そうなこと言えないくらい叩きのめしてやる。一発で仕留めるより、なぶって遊んでやろうか」
「はっ、そんな余裕はくれてやらないよ」
そして二人は臨戦態勢に突入した。その気迫たるや本来の目的であるトレーニングに相応しく、ゲーム呼ばわりも最早はばかられるばかりか、誰の介入をも許さなかった。しまいには、完全に立ち入りをシャットアウトし、二人だけの白熱空間を作り上げるに至った。
結果、荒っぽい配線からショートして、ボヤ騒ぎになるまで数日とはかからなかった。
ーーーーend ー ーーー