J9 基地のゲート1

□Wolf Chase ♪
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 誰かが何かを言うまでもなく、キッドもボウイもそれぞれの座席に陣取って動かない。

「操縦の方は追手の砲撃を交わしてゴールすればいい。キッドの方はその逆、撃墜すればいい。今はまだこの程度の単純な物しか出来ていないが、早速いってみようか。場所は実際のウェストA 区からC 区までだ。では」

 初回という事でアイザックがスタートボタンを押す。それぞれのスクリーンに、普段から見慣れたスタイルの表示と、デフォルメや誇張のないアステロイドの風景が現れた。

「おお〜、そのまんまじゃん!」

 口笛など吹いている間に、ボウイはもう砲撃に晒されながらスタートを切っている。キッドの方のスクリーンにも、迷彩色の敵機が鋭く隕石をかいくぐりながら背を向けていた。

「ねえ、二人がいっぺんに始めたらどっちを見たらいいのさ!」

 目まぐるしくキョロキョロしながら文句を言うシンの肩を、なだめるように叩いて、アイザックは見物人達を少し後ろへ下がらせた。
 お町などは最初から諦めて、しばらくボウイを見ておいて、それからキッドと、交互に見ていたが、いくらも経たぬうち両方を見比べる間隔が忙しなく、そして顔つきが真剣になってきた。

「ちょ、ちょっと、、これって、、、!」

 乗り出して言いかけたお町に、アイザックは口に人差し指を立てて黙らせた。笑っている。

「こっの、やろう!ちょこまかと!」

「ひーっ、アイザック!攻撃キツすぎるんじゃねえかっ?何機いるんだよ!」

 お町とアイザックがひそひそと耳打ちをしあう姿に、シンとメイが怪訝そうに顔を見合わせる。

「っ!チャンス!あ〜っ惜しい!」

「野郎!かすめやがったな!」

 己の事に白熱する二人の後ろで、とうとうシンが叫んだ。
「あーっっ!」

 続いてメイも。

「ええっ?うそ〜〜!!」

 シミュレーションの展開に劇的なものは何もない。見物人の大声に疑問を抱きつつも、受動と能動と両方に対応して、ボウイは振り向くこともままならない。
 キッドの方は舌打ちして攻撃の手を緩めた。

「なんだよ、もう問題発生なのか?」

 誰も返事をしない事に不信を持ったキッドは、完全に手を止めて後ろを振り向いた。

「あれっ?なにこの沈黙。ねー、ダンナってばよ、撃って来なくなっちゃったぜ?」

 困ったように目を泳がせている三人と、人の悪そうな笑いをたたえているアイザック。
 ボウイが重ねて同じ事を問いかけているうちに、キッドの目が真ん丸に見開いていき、口がパクパクし出した。自分の前のスクリーンと、ボウイの方のフロントビュースクリーンを見比べる。ごくりと唾を飲み込み、恐る恐る、手元のレバーで攻撃のボタンを押す。

「わっ!来たっ。なんだよ、急に止まったり始まったり。そういう趣向なわけ?」

「ボ、ボ、ボウイをっ!ボウイを撃墜しようとしてたって事かっ!」

「は?俺を、、??なに?」

「これ以上はない程の、、スリルだろう?」

 平然と言ってのけたアイザックに、キッドの顔がみるみる赤く染まっていく。

「こっ、このサディストーッ!」

 言うが早いか、抜き撃ちにブラスターを一閃させていた。アイザックの顔の横を光跡が走り、メイが小さく悲鳴を上げた。ボウイと追いかけっこをする時には振り回すばかりで、今まで撃つのは見たことがなかった。
 それでも当のアイザックはかえって楽しそうだった。

「喜んでもらって光栄だ。では、存分に楽しんでくれたまえ」

 これも言うが早いか、サッと身を翻して部屋から出て行った。優雅な身のこなしのせいで、そうと気づかない者も多いが、逃げ出したのである。
 ハッと我に返ったキッドが追って出ていき、廊下の果てまでわめき声が聞こえていた。
 ボウイはと言うと、操縦席の椅子をくるりとこちらに向けて、まだ座っていた。

「えーと、、、ボウイちゃん、、大丈夫?」

「あ、ああ。腰が抜けた、、、ような気分だけどね。俺、、、キッドに攻撃されてたんだ、、、」

 相当に衝撃的な経験だったと見えて、座ったまま両手で顔を覆い、ぐっと深く俯く。が、突然バネのように立ち上がった。

「俺もひとこと文句言ってくる」

 どう対処したらいいかわからぬ三人が残された。誰ともなく溜め息が出る。

「せっかく作ったのに、、やらなくなっちゃうかな?ねえ、キッドとボウイ、本気で喧嘩なんかしないよねえ?」

 心配がないからこそ、アイザックもこんな仕掛けを作ったのだろうと、二人の手前フォローを入れつつ、内心はやり過ぎの感が拭えないお町だった。





 キッドに続いてアイザックを追ったボウイだったが、キッドの剣幕と、それでもなお余裕の態度で理屈を返すアイザックとの間に割り込んでまで何か主張する気力がなく、ひとり自室に戻ってきた。
 ディスカウント店で買った安物のソファにずっしり身を沈めたが、、落ち着かない。
 まだ、ドキドキしている。腰が抜けた感じとは、苦笑して良いものかどうか、言い得ているようだった。ドキドキしているのに、くたりと力が抜けていくような、奇妙な後味をもて余して、ボウイはそそくさとシャワールームへお籠りした。

「あーびっくりした」

 ちょっと熱めのシャワーの中、軽く口にしてみるが、独り言で紛れるような程度ではないと確認できただけ。
 このままうたた寝でもしたらきっと夢に見る。それも呆れるほどいやらしいやつを。
 余計な一言を言ってはキッドにどつかれ、ブラスターを片手に追い回され、すっかり定番となったこのパターン。こちらから追いかけてもあっさり冷たく交わすような相手なのだから、振り向かせるには手っ取り早かった。そんな幼稚な駆け引きも含めて、それでも結局それが自分の地なのだからと、自分でも思っていた。
 だが今となっては自覚せざるを得ない。そもそもキッドに追われる事そのものが、好きだったのだ。
 振り向かせる以上に、見つめられる以上に、もっと強く意識を集中しなければ成り立たない行為。
 そうでなければ説明がつかない。シミュレーションとは言え、自分を撃墜しようとしていたのがキッドだったと知った時の、止まりそうな程の心臓の高鳴りと、時間が経ってなお波のように寄せてくる体の昂りとは。
 こんな倒錯癖が自分にあるなどと、これっぽっちも想像していなかっただけに、ショックといったらその事の方がよっぽどショックである。
 けれどごまかしも出来ない。元を手繰れば、跳ね返すようなきつい視線に射抜かれたのだ。敵を追い詰めて躍動する肢体に何度でも惚れ惚れするのだ。ベットにもつれ込む時でさえ、この腕の下に組み敷いた時でさえ、優位を譲らないキッドにぐうの音も出ないのだ。
 自分の本性が、走る者なら、キッドはそれでは狩る者か。それではまるで兎と鷹か、インパラとチーターか。速く高く、行けば行くほどキッドは、それを追い落としたくなるだろうか。それを期待しつつ自分はさらに速く飛ぼうとする事になるのか。
 そこまで考えてしまってから、いくらなんでも馬鹿らしくて、鼻で笑った。

「頭が飛びすぎだぜ。キッドに追わせるために走ってるんじゃねえっつーの」

 ようやくそこへ行き着くと、ほんの少し安堵を得てシャワーを止めた。
 キッドが狩を続けるのなら、足の遅いチーターではいられない。翼なくして鷹ではいられない。出会ってしまった以上、キッドとて手放せないはずだ。その自負がある。そして自分もまた、ただ飛んでいるだけならばアホウドリかおしゃべりスズメの人生。
 互いの位置がちょっとずれただけで、何とも甘くてヘビーな衝撃だったことか。思わず、知らない自分とご対面して、ちょっと驚いた。それだけのこと。
 まあいいやと、棚上げするだけの余裕を取り戻してシャワールームから出たところへ、足音も高くやって来たキッドと鉢合わせた。

 
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