J9 基地のゲート1

□Rental S*B
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 記録的な短時間でアイザックを落としたキッドは、ボウイがやるように口笛で冷やかすと、ちらっと舌なめずりして画面の前にすっ飛んでいった。
 そこに目をやる寸前、王様の寝所を覗く一兵卒のような気分に襲われて内心舌打ちしたキッドだったが、画面の中の文字が示す現実に、そんな見栄の張り合いのような事をしている場合ではないと気づく。

「ふーん。これと、これと、、、、これ、、、かなりある、な」

 羅列する人名は、これまでJ9 が仕事を請け負ってきた依頼人たち。それに続く依頼の内容と流れ、結果。思いもよらぬ好展開で成功をみたものも、力及ばず心に重いものを引きずる結末となったものも、あるいは依頼されたが引き受けなかったものも、過不足なく淡々とデータとなって収まっていた。
 問題なのは、いわゆる失敗に終わった仕事ではなかった。
 見知らぬ名前がある。キッドの指がそれを一つづつ確認しながら、画面はスクロールしていく。覚えのない名前と、それに続く覚えのない依頼内容。だが、その先は、、。
 キッドは途中で指を止めると、思いきって最後のデータへ画面を飛ばした。

「依頼の、、届いた順に、、並んでいるんだな?」

 キッドの前で、アイザックは多くを説明する必要はなかった。
 最後から三項目目が、キッドが置き去りにされた件。これはかなり前から下調べを初めて、ようやく追い詰めるところへ来ていた。そのノるかソるかのヤマを迎えようというタイミングで、下から二項目目の依頼が飛び込み、緊急である事を察してやむなくお町単身で向かわせた。

「依頼人スーザン・トールマン。誘拐された夫の救出、、か」

 それが最後の一行であり、キッドが危険な現場の幕引き役として置いていかれた理由であった。
 アイザックは黙って首を横に振った。間に合わなかったのだ。わめき散らすボウイを急き立てている頃には、トールマン氏の人生は最悪の幕を下ろしており、依頼は引き受ける事なく消滅した。
 どこまでがJ9 のヘッドとしてアイザック個人が負わねばならぬ責任か。キッドはすぐには反応できなかった。
 依頼人の命に関わることや犠牲者がの出る可能性のある事、それらはむろん優先的に取り掛かる。受けてから長くかかる仕事もあれば、短期勝負もある。そういった条件をすべて考慮した上で、どちらか一方しか引き受けられないのだとしたら。
 依頼人に優劣も貴賤もつけられはしない。つまりは、先に話のきた順。早い者勝ちだ。
 アイザックは選択を間違えはしなかった。
 そして、一つの仕事の裏で、助けを求めつつ打ち捨てられたも同然の誰かが存在する事を、メンバーに伝える事をよしとしなかった。
 考えれば考えるほど、今回の、これまでの、アイザックのやりように口を挟むスキは無いように思える。
 J9 の力量不足。それをわざわざオープンに知らされた所で、新たな失敗や悲劇を生み出しはしても、何のプラスも生み出せはしない。現在のメンバー構成と装備を決定し、変えようとしないのはアイザックだ。だからこそ黙っていたという事なのだろう。

「こんな仕事でなけりゃ、、嬉しい悲鳴ってとこだろうけど」

 そんなどうでもいい事を、取り敢えず口にしてしまう自分が腹立たしく、キッドは再び黙りこんだ。

「気が、、、済んだか?」

 いつのまに入れたのか、画面を睨み付けている横から、そっと紅茶が差し出される。赤みがかった琥珀と、しっとり立ち上る湯気を見ていて更に苛立ちを深めたキッド。

「なんであんた、酒が呑めねえんだよっ」

「な、なんでと、、言われても、、」

「顛末もわかったし、あんたのやり方に文句もねえ。俺はあんたの副官の地位が欲しくて言ってるわけじゃないし、何もかも打ち明けてもらいたいなんて、子供の理想論を抱えてるわけでもない。だからって、気が済んだかと言われりゃ、どうしようもなくNO なんだよ、、、!」

「困ったな、、。では、キッドは、、どうしたいと?」

「どう、、、って、、、」

 室内はただ沈黙である。
 何がしたくてここまで来たのだろうか。アイザックが一人で抱えてきた重苦しい現実に、仕方ないと、それでいいと、力づける言葉を探してみても、どれも陳腐だ。そんな程度の言葉は、とうにアイザック自身が見つけ出し、すれからしになるほど自分を鼓舞するために使ってきたのだろう。そもそも慰めたからと言って、力不足が解消するわけでも、重苦しいものが軽減するわけでもない。事態を好転させる事の出来ない慰めなど、空しいばかり。
 理解はした。アイザックのやり方に不満もない。けれど、理詰めだけでは納得できないものがキッドを先へと進ませない。わかったけどイヤダ。まるきり子供のわがままと同じ事を言っている自分に、また腹が立つ。
 ピピッと、ドアホンが来訪者を告げた。

「お〜い、アイザックのダンナ〜、寝ちゃったか〜い?」

 小声で呼び掛けるボウイの声に、今度はキッドが慌てて例のスイッチを切り、一足飛びでソファに戻った。

「うるさくする様なら、俺が連れて帰るぜ」

 戸惑うような疲れた顔でドアまで対応に出るアイザックへそう言うと、キッドはドアから死角になったソファに座り直し、素知らぬふりで聞き耳を立てた。

「どうした?ボウイ」

「調子どうよ?具合悪い時ゃ早く寝なって言ったろ。俺ちゃん今夜、付き添いサンね」

 キッドは首を傾げる。先程のあの様子では、部屋から出ないと踏んでいた。待っていなくても結構だが、一言もなしで部屋をもぬけのからにするつもりなのだろうか。

「何でも用事、言いなよね。よかったら添い寝もありだよん」

「添い寝ダァ?!」

 思わずキッドは大声を上げた。考えてみれば隠れる必要もない。どうせ今夜は、、アイザックとはお開きだろう。

「なっ、ななななな、、?」

 アイザックの後ろから突然現れたキッドに、ボウイは廊下の反対側まで飛び退く。

「なんでー?!」

「待ってろって言ったよな?うなずいたよな?なんでは、俺のセリフだろ。添い寝?そ・い・ね?」

 ズカズカと詰め寄り、ボウイの襟首をつかんでドアから離れた所まで引き立てて行く。
 キッドとの話は中座、ボウイの用件にも返事のできぬまま、あきれるやら疲れるやら、アイザックはドアを開け放したままで投げやりに奥へ引っ込んだ。

「よく言う!待たせるだけ待たせといて、俺ちゃんなんか、ほっぽらかす気でいたわけでしょーっ?えらそうに言えた義理?」

「お前、、、、、反撃うまくなったな」

 逃げない獲物はつまらない。毒気を抜かれついでに誉めてしまった。やっぱりそのつもりだったかと、小声ながらブーイングを出すボウイの、鼻先にピシリと指を弾いて黙らせる。

「で、何しに来たんだよ?言っとくけど看病の必要はないぜ。あれ、俺のでまかせだから」

「うわ、これまたヤッパリだよ〜〜。暇潰しにお町っちゃんとしゃべってたんだよ。したら、そーゆー話になってさ。さっきかなり言い散らかしたから、様子見に行った方が良くないか?って言ったら、そんじゃ任せるとか言われちゃって」

 押し付けられたような事を言いながら、むしろ待ってましたとばかりに乗り込んできたのだろう。

「何かあったの?とか、奴に訊いちゃう気?」

「ん〜、それは、、わかんない。どっちにしたって、誰も居ないと言うに言えないじゃん」

 当たり前な、平凡な事を言うボウイを、キッドは思わずじっと見返した。そこに居るのは、いつもと同じ、何の気構えもないボウイ。けれど、それが自分にとってどれ程重要だったか、ヒトゴトを前にして改めて気付く。
 無性にボウイの体に触れたくなる自分をごまかして、肩をつかんでアイザックの部屋に押し入れる。

「アイザック!丁度いい睡眠薬もってるから貸してやるぜ」

「ちょ、キッド、、」

「いいじゃん。予定通りだろ?添い寝でもなんでもしてやりな。じゃ、任せた」

「お町と同じこと言っちゃってー」

「どこが睡眠薬だ。連れて帰るんじゃなかったのか」

 キッドはすでに背を向けて手をひらひらさせている。
 ボウイの顔を見て納得してしまったのだ。自分の出番は終了した。これ以上アイザックのもとにとどまっても、所詮ミスキャストなのだと。
 小難しい答えを探して、さまよってしまいそうな夜は、ばか面のボウイを灯台がわりに置いておけばよい。明日の朝にはきっとお町が、玄関か、あるいは次の扉を手配して待っているだろう。
 それでも再び、、同じ事を繰り返してしまうなら、、、、その時は自分がアイザックと同じ土俵で夜を過ごす事が出来るはずだ。

「ねえ!キッドさん、添い寝はいくらなんでもノリってもんよ?わかってるー?」

 添い寝が入り用なのはこちらだ。返事どころか振り向く気にもならなかった。孤独な夜と引き換えの貸し出し料は、少々高めにつけておこうと、キッドは勘定を弾き出していた。






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