J9 基地のゲート1

□Rental S*B
1ページ/2ページ





「一体なんだってーのよ、あの指示は!」

 メイとシンがセンタールームから去ると、しびれを切らしていたメンバーの怒りは噴出した。

「どうしてキッド一人、現場に残して、お町っちゃんを迎えに行かなきゃなんなかったんだよ」

 二件の依頼を同時に受けていた。東アステロイド総合庁舎の役人が、内部告発のために地球に向かっていた。彼に、仕掛けられた罠を知らせ、無事に地球に送り届ける事。これをお町が単独で片付けた。
 一方、企業付きの小さな化学分析センターの爆発事故に絡んで、バイキングコネクションの顔役を追っていた三人。うぞうむぞうの戦闘機と、大物メカを一掃し、残るのは生身のボスキャラのみとなった所で、アイザックはその指示を出した。

「あたしの方は確かに予定より早く終わったわ。でも合流したからって何になるの?」

 ほぼ半壊以上させたとは言え、敵のアジトの中にキッドを置いて去る事になったボウイが当然、激昂している。
 何よりも、お町を回収した後の指示が何もなかった事に、だ。

「大体、戦闘中からしておかしいぜ。ブライガーにシンクロンするタイミングは早すぎるし、お町のシートの回線も寄越さないのにドラムバズーカ言うし、、」

 言い放題だったボウイもしかし、当のアイザックが沈痛な面持ちで沈黙し続けるので、語尾が弱くなり始めてくる。怪訝な表情になってきたお町が口を開きかけたのを、最初から黙ったままでアイザックに鋭い視線を投げていたキッドが遮った。

「隠し事は、、、良くないぜ、アイザック」

 テーブルの一ヶ所から動かなかったアイザックの視線が、初めて上がる。訴えそうになるのを押し隠して探る視線と、見通したふりをしながら探る視線とが交差した。

「体調が悪いんだったら、仕事にかかる前に情報として提供すべきだ」

 ひとつまばたいて、アイザックは目を伏せた。

「すまない。私のミスだ」





 たっぷりシャワーを浴びて出ると、自分の部屋でとっくに烏の行水をしてきたボウイに捕まった。バスタオルを取り上げられ、怪我の有無を自分の目で確かめてから、ようやく安心したのかぎゅうぎゅう締め付けてくる。
 心配して焦れていたボウイと違って、キッドの方はいつも通りやることをやって生還してきただけであるから、殊更の感慨などはない。それでも少々しんどいパターンではあったし、後々がうるさそうなので、文句も言わずにボウイのしたいようにさせていた。
 キッドの生存を、存在を、その肉感までをも捕らえて、更に確認しようと求めるボウイ。そんな風に体を交えるのは嫌いではない。むしろ普段ならば、キッドの方からボウイの上に乗り上げるほどである。
 だが今夜は、するりとボウイの腕から抜けた。

「えーっなんでーっ」

 不安に駆られるボウイに、極上の笑みで問う。

「したい?」

 ノックアウトされ、口を利くのも忘れて縦に何度もうなづくボウイ。

「なら、しばらくそこで待ってな」

 口を利くのも忘れて縦に何度もうなづくボウイ、、、、。うるさい犬ころを黙らせるのに、かなり有効な手段を会得したキッドである。





 デスク上に呼び出した依頼人のデータを、見つめて数十分にもなろうか。これまでに舞い込んだ依頼の数々、仕事を受けたその結果。それに加えて、、、。
 時折、上下にスクロールする指先。その動きに機敏さはない。一単語、一文字からさえ、得られる物すべてを得ようとする、挑むような視線も、今はどこへ隠してあるのか。
 シュンッ、、と、断りもなく突然開いたドアに、アイザックは咄嗟に手元の電源を切った。
 何も言わず真っ直ぐアイザックに歩みよりながら、今日、これで何度目の彼らしからぬ姿だろうかと、キッドは苛立ちを隠せない。

「動作が丸見えだぜ。隠し事したいのか?したくないのか?仮病人さんよ」

 遠巻きに出口を塞いで自白に追い込む、そんな戦法を想定していたキッドは、相手の疲労ぶりを見るとすぐさま手を変えた。アイザック相手の白熱した心理戦、彼の頑固さを落とせるか否か、、、お互いにかなり熱くなれる楽しみのひとつではあるが、それはまたおふざけの機会にでもとっておけばいい。

「見逃してもらいたいものだな。今のお前は手強過ぎる」

 アイザックはしらを切って振り出しに戻す事をしなかった。戦法を変えて正解のようだ。

「見逃してもいいと思えるものが今のあんたから見つけられないから、ダメ、だな。あ、俺を置き去りにした事は気にしなくていいぜ。あんたと俺の間では、俺の能力についちゃ認識が一致してるからな。で?ボウイとお町を引き連れて、何をしようとした?」

 誰もあれを体調のせいの単純ミスだとは思っていない。その場は本気でごまかされてしまったボウイさえ、少し考えればわかることだった。
 そして、その件について問い正す権利を一番に有する者が正面から向き合い、極めて冷静に問うている。一度見逃してやってから、一対一に持ち込んだキッドの、的確な公正さに、アイザックは感謝も感嘆もする。敬意を持ってその公正さに、応じたいと思うがゆえ、アイザックの退路は不明瞭だ。

「あのな、ちょいと腕づくであんたをその椅子から蹴落としてだ、スイッチを入れてさっきの画面出せば、答えがある。そうだよな?」

 それくらいはキッドには実に簡単なことだが、しかしそうしないと、声音に込める。いたずらっぽく、今にも腕づくに持ち込もうかといった表情を作るキッドに、アイザックはようやくだんまりを解除した。

「しかし、、」

 一語一句、選びながら、どこかにあるかもしれない逃げ道を探すように。

「リーダーとしての責任は、私個人が、負うべきが筋だろう。お前も一軍を率いた身なら、これ以上の追求は、避けてくれても良いと思うが」

 思わずキッドは笑った。

「残念でした」

 普段なら同じ言葉でも、もっと確信を持った言い方で丸め込んでくるアイザックである。こうまではっきり、こちらの勝ちが見えるのも珍しい。

「例え部下に明かせない事柄があったとしても、俺は自分が選んだ副官になら伝えておく。その事柄のせいで俺自信が駄目になった場合、副官が引き継げるようにね」

「いや、そんな急展開で危険が迫るような事ではないんだ。それとこれとは違う」

 慌てるアイザックに、心の中でざまぁみろと舌を出す。急展開で危険が迫るような場所に人を置いてった罰だ。こんなに悩みこんでいなければ、もっとおおっぴらにいじめ抜いてやりたい。

「それは、、、どうかな」

 もったいつけるように言いながら、キッドはアイザックから視線を外すと、ぐるりと部屋を見回した。入り口に近い応接セットに目をつけると、掛けてあったマントを反対側に放り、ソファにふてぶてしく収まった。

「ここはさ、あんたが作ったあんたの王国だよ。しかも自分で作った法律を自らも進んで守る王様ときてる。最高に尊敬できる賢王ってとこ?でもさ、なんか、ちがうだろ今回」

 キッドは足を組み換えて、じっくり居座り態勢である。勝ちは見えているが、ボウイのようにがむしゃらでやぼったい勝ち方は趣味じゃない。ほっといても良さそうなものを、そうはできなかった。ここまで押し掛けてきてアイザックを問い詰めねばならなかったのはなぜか。今回とこれまでの、ちがう、は何なのか。賢王が実はただの頑固者である事を、当人に突きつけられるポイントはどこにあるのか。

「王様どころかリーダーにも見えない。中間管理職のオヤジみたいだったぜ、あれ」

 謝るなら人が何か言う前に謝る男である。黙り通すなら威圧的な態度で黙る男である。ごまかすなら涼やかにごまかす男である。そうでないから、見ていて気持ちよくないのだ。

「あんたは芽が出る前に摘み取る奴だと思ってたけど、知らない間に随分ツルが伸びてんじゃねえ?」

「中間、、管理職か、、」

 多方からの板挟みになってすりきれたオヤジを指す言葉である。
 自らの法則で自分の手綱を引き締めるというならわかる。だが、なにも孤独な板挟みになる事はないのだ。まして、手綱はおろか首まで絞めてしまっては元も子もない。そこまでいったら充分に緊急であり、危機ではないのか。

「お前にオヤジ扱いされるのが、こんなにこたえるとは思いも寄らなかった」

 アイザックは消したままの画面を眺めながら、そんな悪あがきを言う。すっとんきょうでもいい、弱音を吐く理由付けをしたかった。

「、、、、重要な事態だと言う気がしてきたよ」

 先刻、大慌てで消したスイッチを入れ直すと、席を立ってキッドを促した。




 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ