J9 基地のゲート1
□反撃前には忘れずに
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「さ・て・と」
人数いっぱいのところを無理して明け渡してくれた仮眠室の前で、まずは深呼吸。
実のところうちの連中はかなり、相当、お疲れなんだ。天下のブラスターキッドさんが「腕の感覚がない」なんてヘタリ声をあげるほどには。
そっとドアを開けるとウナギの寝床のような部屋の中、二段ベットの下の段で、キッドが素早く口に人差し指を当てて振り返った。身ぶり手振りのやり取りをしながら、お町の食事だけを部屋に置いて、俺もキッドも部屋を出た。
「もう寝ちゃってるの?」
「メシよりそっちがポイント高いんだと。顔も洗わずに寝たぜ?」
「うそっ。せっぱつまってる〜」
あのお町がそこまでなりふり構わず合理性を取るとなると、疲れは想像以上かも。
兵器ギルドのダイロンが依頼をもってきてからこっち、、、ほんと、まるで休みなしだった。時間的にはそんなでもないけど、集中、緊張、また集中その連続で。ここでラスプーチンに出くわさなかったらどうなってたか。
切羽詰まってるのは何もお町だけのコトじゃない。俺としては、一番やべえんじゃないかと思ってた、、つまり一番休んで欲しかったアイザックがここで寝て無いのが大いに不満だ。ラスプーチンに用があるとかで、さっそく働き回っているらしいけど、ふん縛ってでも休めって感じだ。
そりゃ、奴の役どころとしちゃ今が一番苦しいだろうさ。なにしろ作戦が立てられないんだから。けど今だから、こんな時だからって思うんだよな。あんな、、、あんなにピリピリしたアイザックは見たこともない。理屈じゃない、嫌なんだ。あんなアイザックは。居心地が悪い。
そしていま、通路にしゃがみこんで隣で飯を食っているキッド。すげー美味しくなさそうな顔。黙々とこの量を平らげていくところはさすがなもんだとは思う。これは訓練された兵士のやり方なんだろう。
そう、俺達としたことが。俺としたことが、食堂の連中の熱気で感動しちまうほど、、、自分の身内が弱ってる。
居心地の悪さで言うならアイザック以上にキッド。触れられる距離に居るキッドの体からは、疲れが、垂れ流し状態で伝わってくる。
それだけなら、、そう、どん底に疲れたキッドなら何度も見てきた。アレはアレで、見た目にはオイシかったっけ。押し倒した時の怒ったようなうつろな目なんかぞくぞくしたし、ぜんぶ俺にあずけて女に撤したような、、、それでも応じてくるsexなんかも。
いやいや、なに考えてんだ俺は。
今のキッドを押し倒したりしたら、、俺が誰だかも見ないで逃げまくりそう。
いやいや、また考えちまった。
「お前どこで寝る」
不意に顔もあげずに問う。人に聞いておいて、希望する答えがすでに用意されてる時の聞き方。
「もちろん子猫ちゃん」
俺としては即答だ。いま俺に出来る事と言ったらそれくらいのものだから。
「やっぱナ、、」
俺の答えはお前の希望に沿わなかった訳だな?
は、悔しいもんだぜ?いつまで経っても。俺の行く所へ行こうってんじゃない、俺の寝場所を確認しておいて、別の場所を選ぼうてんだから。
けど、これはどうも場所を譲ってやるわけにいかねえし、眠りに落ちる前までのわずかでいい、俺は一時でもお前といたい。どこまで行ってもこの責めぎあいだよホント、コイツとは。
「いいじゃん。子猫ちゃんで一緒に寝りゃ。イタズラしねーよ?」
「ああ、まあ、、、そうだな」
なんと。ご希望に沿えませぬのに、拒絶イタシマセヌのか?、、やっぱりオカシイよ、今のお前。
薄暗い廊下をひやひやしながらドックへ降りる。意気の上がってるここの連中に、今のキッドのツラは見せたくない。どちらのためにも。
ドックとは言っても、船団の仲間同士で行き来するシャトルが辛うじて納まる広さを残して、ほとんど倉庫と化している。ブライサンダーでぎりぎりだ。
カーメンが大馬鹿宣告を出してから集結したにしては、整理がついてる気もするけど、どの荷物を転がすと食料が腐って、どれだと爆発するのか、わからない程度には雑然と積まれている大小のコンテナ。これで、臨戦態勢なの、、かな。何しろJ 9 基地の人口密度の低さに慣れてるもんだから。
コンテナの向こうで二、三人、荷物と格闘してるらしいけど、こっちは誰とも顔を会わせずすんなりブライサンダーの中へ。
ドライバーシートと、ナビシート、
それぞれ深々と倒して、静まり返る車内。
こうやって、寝付けないほど疲れたキッドを眺めていられたら、それはそれで幸せだけど。まずい事に時間がない。一秒でも早くいい眠りについてもらわなきゃだし、お町やダンナのことも気になってる。
もちろん俺だって一眠りしないと、今はいいけど、後はわからない。
「マッサージいる?腕とか肩あたりは?」
形ばっかり閉じられてた瞼が上がり、難しそうな眉のまま簡潔に断られた。
「他には?何かしてほしいこと。ここから出たら余裕なくなるぜ?今のうちにサービスしとくよ」
「別に。事態がわかってんなら黙って寝てろよ」
「もちろん。でもキッドは眠れないんだろ?」
「ンだと?」
時間ないんだ。言葉えらんでらんない。いつもみたいに待ってるわけにもほっとくわけにもいかないよ。ここを出たら、、、出てしまったらもう。
「ずっと様子おかしいぜ?引っ掛かることあるんなら、、、」
「お前のいびき聞きながらだったら眠れる」
「キッド!」
屁理屈遊びに付き合ってる暇なんかあるか。こんな、J 9 始まって以来の、、、どころじゃなくて、人類史上始まって以来のエマージェンシーを前にしてだよ。こーんなヘソの曲がって鬱々してるブラスターキッドを、前線に押し出せるかってーの。
さらにヘソを曲げられるのを承知で、乗り出してキッドの腕を引っ付かんだ。
目が合う。イライラの火花バチバチかと思いきや、奥の方でチロチロと暗い火が燃えているのみ。
そして俺は内心ギョッとする。腕を掴んだ瞬間、ふつーは誰だって反射的にぐっと引き戻す。それは今も同じだけれど、キッドはこんな時すぐに力を抜いてしまうんだ。反撃の準備だったりとか、、相手が俺あたりだと「ま、どーでもいいか」みたいな感じだったり。
ところが今に限ってキッドの腕には力が入りっぱなしだ。それも、俺の手を振りほどくほど意思のある力じゃない。まったく中途半端に強ばらせている。キッドがその腕をどうしたいんだかまるでわからずに、戸惑いの間。
「キッド?」
我に返ったように俺の手を振りほどいたその直前、伝わった一瞬の揺れ。
まさか?でしょ。
「ちょ、ちょっとキッドさん?」
「なんだヨ、、放せっ」
慌てて額に手を当てたが熱があるわけでなし。するとやはりまさか?
「いま、、震えてなかった?」
「悪いかよっ!緊張してて!」
おお!なんとゆーこと!
なーんて、目を丸くしてキッドの出方を待ってる余裕はない。開き直られちゃったからスピーディーな展開で助かるぜ。
「なーんでまた、体がやすまらないほどキンチョーなんかしてたのヨ。おかしいと思ってたらやっぱおかしいなんてオカシすぎ。なんか、、あったっけ?」
俺は言葉を知らんバカか?
唖然と見返した目に、みるみる怒りが火をともす。
「おか、、オカシイのはてめーのほうじゃねえのか?!どっからそのヌケた声が出せる?状況わかってんのかよ?」
多少バカでも役立ってりゃいいや。おかげでだんまりにならずに済んでいる。
「わかってっから、こーやってんじゃんっ。だからサ、なんなのよいったい。仕事も仕事、大仕事の真っ最中なんだぜ?なに沈んだり沈没したりしてんの?」
やっぱバカかも。
「仕事だ?これが?どこが、どうなって、どういう仕事なんだよコレ!」
「はあっ?」