J9 基地のゲート1

□星とタカラモノ
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「一人かい?」

 いかつい顔をして鍋の前から動かない店主は、ジロッとこちらを睨んだだけだったが、ふくよかな女将が客の間を忙しなく回りながら様子を窺い、最後に、カウンターの端に座ったアイザックにそう問うた。

「待ち合わせなんです」

 ネフスキー通りからいつの間にか外れ、寂しげな商店が続く一角で、彼等は古ぼけた喫茶店に入っていった。一度通りすぎてから、意を決して店の戸をくぐったアイザックは、用意しておいたそんな返事をさらっと答える。
 入ってみると喫茶店だか大衆食堂だか、あるいは居酒屋なのか、、よくわからない。取り合えずヨールカはあるが、なんにしても子供一人で長時間居続けるのは難しそうな雰囲気である。客は多くはなかったし、うるさい音楽も無いので、カウンターの真ん中辺りに座った二人の話を聞き取るのは容易だった。
 ふと見ると、壁の何もないところに一枚のドアが打ち付けてある。店より古ぼけたそのドアに、はげかけた緑のペンキで殴り書きしてある言葉『沈黙は悪の味方である』。その昔、体制に反発した学生達がハンストやデモを繰り広げた一角があると、、。どうやらこの辺りの事だったろうか。さらに、さらに昔、数千人の死者を出した弾圧は先の宮殿広場での事だ。無論、今はそんな騒がしい通りではない。むしろひっそりとひなびた。
 しかし当時の気風はとどめているのであろうか、二人組の話題は父から逸れてしまっていたが、それでも興味は尽きなかった。どこそこの銀行はコネクションと密着しているだの、先月起きた化学工場の爆発事故は武器密輸組織の指示で実験を行った結果だの、そういった内容をすべて実名で言っている。驚いた事に、居合わせた他の客までもが、話題に飛び入りしてくる。それも単なる野次馬というのでなく、ちゃんと持論を持って加わってくるのだ。

「なんだってそんな法案が持ち上がるんだ?他にやることはあるだろうに」

「そりゃ、輸送航路が一本化されてる方が取り締まりはやりやすいだろうが、、、」

「その先があるのさ。一本化が定着したあとで、公共事業としてまるごと召し抱えようって腹なのさ」

 数ヶ月前に輸送業界のご意見番とされる人物が、某政治家との対談として経済誌に掲載された話題である。すなわち、現在各企業が自由に設定している宇宙間輸送ルートの、大動脈となる部分だけでも強制指示する事によって、事故や業者間の縄張り争い、及び料金格差の是正。さらに統一されたルートを重点警備する事で、強奪やハイジャックも押さえられるという。

「じゃあ、将来的には輸送料金は上がり続けで、お上に吸い上げられっぱなしってことか?」

「どこが管轄するんだ?」

 この件について各分野の学者が研究をはじめているのは知っていたが、法案化に向けて具体的な動きがすでにあるとはアイザックも、もちろん世間もまだ知らないであろう。よもやその先があるとは。

「あのっ、、、!手始めに統一されるのが月ー金星間なら、中小企業はユーロウイングに吸収されて、、最終的にお金が流れ込むのはボルガコネクション、、そうなるように画策して回るのは、、今は小物だけど、統一議会の副議長あたりじゃ、、ないですか?あの、、憶測ですけど、、」

 アイザックは思わず大人達の話に飛び込んでしまった。話題が面白すぎて黙っていられなくなってしまったのだ。

「おいおいおい、なんだこの小僧は、面白すぎるぞ?」

 一旦は呆気にとられた大人達だったが、珍しいおもちゃを値踏みするようにアイザックを輪の中に取り込んだ。

「憶測、大いに結構。何でも言ってみたまえ、私が責任を持って怖い思いはさせないから」

 そう言って促したのは、図書館に居た細い方の男だ。多少芝居がかった軽薄な口振りだが、子供である自分に対する配慮と、一見優しそうな細目の中に、どこかいたずらめいた抜け目無さそうな光がある。名はラスプーチンと言った。
 勢いとは言え、彼等との接触に成功したらしい。
 今まで言う相手の居なかった数々の憶測と、体制への不信、コネクションへの怒りを、遠慮がちながら一歩も譲らずに主張しまくったアイザックは、ラスプーチンと酔っ払いの連れ、ウスペンスキーにすっかり気に入られるに至り、待ち合わせた親戚が現れなかったので、数日はホテルで一人きりだと説明すると、狙い通り翌日のランチに誘われたのだった。


 
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