J9 基地のゲート1

□ヒカリの迷宮
3ページ/3ページ





「それでは皆様、堅苦しい挨拶はこの辺りまでとさせていただきます。どうぞゆっくりご歓談ください」

 開発局本部ステーションの大ホール。公的な場であるから派手な装飾こそされないが、新しく入れ換えられたばかりの照明は眩く、これも新品の白いテーブルクロスを輝かせている。テーブルを埋める料理は、役所のパーティと言うには贅沢なものばかり。木星開発局の新年祝賀会は5つ星ホテルと比べても遜色ない。
 巨大コネクションに背骨を絡め取られた、甘んじて恩恵を受けている、これが木星開発局の姿である。
 ホセシルバ・バレンシアは、参加者の多くと同じく妻子を伴ってパーティに現れている。あんなことがあった直後である。当然、娘共々列席する事について妻を説得するのには手間がかかった。
 だが彼はどうしても妻子を伴っている姿を人々に見せねばならなかった。
 あれからすぐ、秘書の人事移動は速やかに行われた。バルケルは案の定、昇格という形で海王星方面に飛ばされた。彼に対して、すべてを説明して理解を得ることはしなかった。それは男として覚悟が低いように思われたし、そう呼んで良いのならば彼の友として、面子が立たないようでもあった。私的な交友こそなかったが、その時々の役職の上下をさえ気にせずに同じ仕事に打ち込んできた。考えてみれば、そんな相手は他に居なかったのである。言わずとも大概は察していただろう彼と、今はただ己の位置を戦い抜いて、いつかまた共に仕事のできる日を願うばかりである。
 新しい秘書は、全くそつなく働いてくれる。今も、慣れぬ社交辞令の乱発に疲れはじめた妻に、アトラクションが始まったからと、グループ化して動きの止まった輪から連れ出してくれた所だ。人前はもとより、二人だけの時でも、取り立てて怪しげな言動もなく、バレンシアの気を尖らせることも、出過ぎた助言、、、つまり裏からの指示と思われるような事も今のところは見当たらなかった。
 ただひとつ、彼の推した数名を、妻子専任のガードとした事だけを除いて。
 今も会場内のどこかに彼等は居るのである。妻の買い物にも、娘が遊びに行くのにも、当人にすら気づかれずに常にガードし続ける。妻がそういった人物を顎で使えるような性格であれば、黒いスーツにサングラスでおおっぴらにかしづくであろうが、今はまだ雑踏に紛れてわからぬよう目立たぬ風采をさせている。見た目がどうであれ、コネクションで荒事をこなしてきた者達であるのだが。
 妻子を公の場に連れ出すというひとつの事によって、表面的にはホセシルバ・バレンシアは爆発物ごときで動揺しない傑物であると示し、その一方、新しい秘書の推した人物に家族の命を委ねる事によって、ガリレオコネクションのもとに庇護されている事を示しているのである。
 お仕着せのようなアトラクションだが、町子は目を見張って夢中になっている。「まあすごい」「ふしぎね」と、妻もひととき社交から開放され、普段の、母である自分を楽しんでいる。
 妻はあの事件を早く忘れさせようと、出来うる限り次々と楽しいことを娘に提供してきた。だが、家から一歩出るのさえ大変な勇気を奮い起こさねばならない日々が続き、疲弊していた所でもある。
 今日のパーティには要人も多く出席しており、当然警備も厳しいものである。彼等をガードするSPにもバレンシア家にふりかかった事件は知らされているとあって、彼女としてはその点だけは安心できる外出なのである。今この場で自分と娘専任のガードがついている事も聞かされた。だが、よもや私生活までとは知らずにいる。
 ともあれ、あれから後は心がけて気丈に、にとさら明るく振る舞ったつもりであったが、娘が、ここ最近見せていたやたら周囲を見回したり自分を見上げたりする癖を、今日に限ってやらないところを見ると、やはり不安であったかと、省みてしまう。せめて今は娘の楽しい気分に寄り添おうと、母親は思う。
 オーソドックスだが、品の良いマジックショーはそろそろラストを迎えるらしい。おどけた黒ぶち眼鏡のマジシャンとドレスの助手はそろって別れの挨拶をして、手を取り合うと、中央に置かれた黒い箱の中へ入り込んだ。
 両脇から出た白い手袋の手だけがふられる中、音楽が高なり、ピタリと止んだ。そして、ボンッ!と、箱の中で白煙が上がり、、、、。

「ひっ、、」

 と、しゃくりあげるような娘の声。
 舞台では箱の壁が前後左右に倒れ、主役達は消え失せ、客からは拍手。
 あっと、気づいたが遅かった。娘は硬直して震えている。

「町子、まちこ?大丈夫、大丈夫だからね?」

 やがて娘は硬直が溶けると、鼻をすすって泣きだした。

「ママ、ママたいへんなの、イングリットの、手がないの!手がね、なくなっちゃうんだよ。バンって光ったら手がなくなっちゃうんだよ、ママ!」

 ステーションの外壁に面している大ホールは、壁の片面がすべて外を見渡せるようになっている。その壁の方へ、グラスを片手に人々が移動しはじめた。
 宇宙空間にあって花火を楽しもうという趣向である。むろんそれは、本物ではなく、木星の分厚い雲をスクリーンとしたグラフィックであり、音もせず迫力に欠けたものであった。
 だが、抱き締められた母の肩越しに、町子はまばたきもせずその光を凝視していた。
 パッと光っては消え、色を変えてまた光る。マジックの仕掛けより、よほど淡く見えるその光さえ母は嫌い、手を引いて連れ出そうとしたが、町子は最後まで振り返り、立ち止まり、その光を見つめていた。





ーーーーend ー ーーー
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ