J9 基地のゲート1

□指先のシンジツ
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 興奮しきったまま人にもまれて、ブラスターを初めて撃った感覚を自分でも把握できずに、余韻だけを引きずり続け、、、気がつけば外を歩いていた。
 ロイの友人たちの大半は、射撃場で朝まで居続けるのだが、丈太郎が外出を許された時間は長いわけではない。新年を迎えると同時に、町外れの河川敷で花火が上がるので、ロイと丈太郎の帰宅に付き合いつつ、花火目当てで射撃場から一緒に出てきたのはレイシーとミシェルの二人だった。
 建物の間から見え隠れする花火を見上げながら、メインストリート沿いに少し歩く。露店から流れてくるやけに香ばしいポテトのにおいやら、てっかりと光るホットドッグの方に気を奪われ始めたが、正直言って丈太郎はお腹が空いているのかそうでないのか、さっぱりわからなくなっていた。

「ねえアンタ、寒くない?眠くない?」

 道を戻って食べ物を買いに行くロイとレイシーを待ちながら、大通公園に入る。ミシェルにそう尋ねられれば確かに眠いような気もする。ブロンズ風の透かし模様になっているベンチに座ると、染み入るように寒さも実感し始めた。

「はあぁ〜〜っ、、、、」

 肺の中身を全部入れ換えるような溜め息をついてミシェルに笑われた。

「やっだなーっ、2100年の扉を開く英雄になったんだよ?そんな、世紀末ぅ!みたいな溜め息つかないでよ」

「そうだ、2100年になったんだよね。忘れてた。ハッピーニューイヤー、ミシェル」

「ほんと!忘れてたよね、ハッピーニューイヤー、ジョータロ」

 町の浮かれ気分は幾らか収まったように見える。元気の有り余るタイプの人々は河川敷の方へ足を向けたのだろうか、其処ここのパーティも、もう路上にまで輪を広げる事はなく、ドアがぴったりと閉ざされた暖かな店内でアットホームな雰囲気になっているのがウィンドウ越しに見えるばかり。

「いよう!ハッピーニューイヤー、ミシェル!見つけたぜ、このアマ!」

 飛び上がるように腰を浮かしたミシェルが、ダミ声の主にベンチがずれるほど手荒く突き戻された。この町ではじめてお目にかかる、とてつもなくガラの悪そうな連中。

「新年早々いいモンめっけたぜ。よう、おまえら!俺は今からこの女に山ほどある貸しを返してもらう。おまえらにもおすそわけってやつをしてやるぜ。朝までたっぷりとよ」

「借りなんてそんなもの、、」

 そうとう雲行きが怪しい。見回してもロイたちはまだ戻らない。疎らになってきた通行人たちは、地面に線でも引いてあるかのようにそろって遠巻きに過ぎて行く。

「ミシェル!」

「ジョータロ、いいからアンタは帰りな!」

 そう言ってミシェルが指さしたのは、これから向かおうとしていた丈太郎の家の方でも、ロイの家の方でもなかった。察して小さく頷くと、丈太郎は脱兎のごとく駆け出した。
 ミシェルが連れて行かれる!言い合いだけでは絶対終わらない、そんな感じの連中。ミシェルは殴られるかもしれない。何だか知らないけど、もっと、ひどいことになるかもしれない。ロイの友達が!
 公園の出口までもがまどろっこしく、植え込みに飛び込んで突っ切る。まろびでた大通りには、散りかけて行こうとする人々を呼び戻そうと、ジャグラーの大道芸。見通しがきかない。

「ロイ!ローイ!」

 エキストラを求めるジャグラーを振り切って、しかし、なかなか前に進めない。だいたいロイたちはどこまで行ってしまったのか。ザワっと寒気が走った。このままロイたちを見つけられなかったら?
 丈太郎は引き返す方を選んだ。
 ミシェルを取り囲みながら、男たちはもうずいぶん元の場所から移動してしまっている。公園から通りに出ようとしているのが辛うじて見えた。
 再び植え込みを突っ切り、通りに戻ると、彼等ははるか先で車道を渡り、、、見えなくなった。
 走って、走って、ミシェルたちが見えなくなった辺りまで来てみると、きらびやかな電飾の町の中、そこだけぽっかりと闇に包まれた空間があった。アコーディオンのトタンで目隠しされている、建築途中のビル。確信などなかった。ただその闇に誘われるように、丈太郎はその敷地に足を踏み入れた。
 嘘のように静かで、それでも周囲の音は聞こえてはきた。終夜営業で売り出しをする店の客引きの声や音楽、少し離れて花火が上がる音。けれど、たかがトタン一枚で、確かにそこは周囲から隔絶されているのである。着工間もない様子で、直線で囲まれた地面は深く切り取られ、いくつものH 鋼が行儀よく素っ気なく立ちそびえる。
 真新しい仮設事務所の裏手で、人の動く気配がした。そっと足を忍ばせながら、何台か止まった運搬カーゴの側へ寄り、一台、一台と渡り、事務所に近づく。
 何がどうなっているのか、何人か居るはずなのに、想像したような荒々しい声など聞こえない。これ以上はない所まで近くにきたのに、言い争っている声さえしない。地面に這いつくばって、カーゴの下からうかがってみた。
 見えたものは、足。赤いブーツを履いたままのむき出しの白い足が、こちらへ向かって地面に投げ出されていた。その白い足の間に、男の、これもむき出しの腰。
 余りの情景に身動きすら出来なくなった丈太郎の前で、男は動いていた。女の、、ミシェルの声はまるで聞こえてこず、時折男がアザラシのような呻き声を上げた。白い足に何か黒くまとわりつくものがたくさんある。花火が開いた一瞬の明かりで、それがおびただしいまでの血である事を知って、吐き気が込み上げてきた。
 それ以上は何も見えなかった。ミシェルの上体がどんな状態なのかも、男の顔も。他の男たちがその場に居るのかさえ見えはしなかったが、、、セックスさえ、ましてレイプという言葉さえ知らない丈太郎にも、そこで行われている事の本質を説明できる。すなわち行為そのものが、見えていた。
 花火がひとつあがるたびに、その部分は赤黒くぬらぬらと光って丈太郎の目に焼き付いていく。全身が硬直して息さえできない。逃げ出すことも、目を逸らすことも、、出来ないと言うよりは、全くそこまで思考が回らないのだ。
 痙攣しそうなほど手足を強ばらせて、ふと右手の指に強い痛みを感じた。射撃場からずっと右手に持ったままだったそれは、オーナーが記念にくれた、さっき使わせてもらったのと同じ形の、、、、、モデルガン。
 ますます右手を強く握りしめた。もしこれが、本物だったなら、、と。



 目覚めはとても平穏にやってきた。昼過ぎの光をカーテンで柔らかくしてある部屋で気がつくと、母がかたわらでレースを編んでいた。
 あまりにも穏やかで平常な我が家だったために、丈太郎は胸の中に何か大きな疑問を抱えたまま、ぼんやりとした頭で、、その疑問について深く考えもしないままにほとんど数日が過ぎ去った。
 学校が始まり、新しく出来た友達と大通公園で遊ぶようになったある日、唐突にすべての事を思い出した。今はもう2100年になったという事、カウントダウンの瞬間の事、その帰り道の事。
 何の前触れもなくいきなり嘔吐しだした丈太郎に泡をくって、級友たちは家まで付き添ってきた。
 帰りつくなり全てを母に訴えだした丈太郎。ミシェルがひどい目に遭って、殺されてしまったかもしれない、それを誰かに、、警察とか、ミシェルの家族とか、、ロイ、とか、、、に、とにかく誰かに伝えなければならない、と。
 けれど母は言った。

「いったいどうしたと言うの?ミシェルというお嬢さんは、あの日ロイたちと一緒にあなたをうちまで送って来てくれたじゃないの。ずいぶん遅くまで起きていたから、眠すぎてあんまり覚えてないのね?そう言えば、あのお嬢さんはお引っ越ししたって聞いたわよ」

 カウントダウンパーティの事など、それまで一言も口にしなかった母が、そう言った。
 ロイは急な仕事で遠くの町に行っていると言われた。そのまま、いつのまにか真理と離婚してしまっていた彼と会うことは二度となかった。
 そうして、丈太郎の見た真実を受け入れてくれる者は一人もなく、100年に一度のハッピーニューイヤーをただ一人交わしたミシェルと、丈太郎をつなぐものはすべて失われた。オーナーがくれたモデルガンさえ見つからず、それ以来、丈太郎は銃砲店のウィンドウの前でたたずむ事が多くなった。
 やがて丈太郎の右の人差し指に残ったあざも、大人への不信と自分自身への不信がないまぜになる頃、消えていった。






ーーーーend ー ーーー
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