J9 基地のゲート1

□指先のシンジツ
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 クリスマスからこちら、飾られっぱなしのイルミネーションがメインストリートを盛り上げている。レストランやバーは常連客でのパーティを催し、ファーストフードもゲームセンターも、露店に負けじと終夜営業で路上にあふれる人をすくいとる。老舗の時計屋が、アンティークから最新の物までたくさんの時計を展示している大通公園の広場は、何時間か後、カウントダウンが近づく頃には一番人を集めるだろう。
 賑やかな通りから、ビルの地下に入る階段を下りていく。町の賑やかさに目を奪われていた丈太郎も、いざここまで来ると、緊張でどうしようもなくどきどきしている。夜中まで起きるのだからと、昼寝をさせられたが、とても寝てなどいられなかった。
 2100年の時を告げる銃声。それを自分が撃つ。今夜のカウントダウンがどの程度凄いことなのか、それはピンとこないままだが、自分がパーティの主役になったのはしっかり承知している。
 ロイの言葉通り、この射撃場のオーナー自ら足を運んで来て、丈太郎の母を説得した。以来、真理は怒りっぱなしである。当日になってまで、責任を持つと言った者にそれを全うさせれば良いと、大変な剣幕で、、、丈太郎に付き添って出掛けようとする姉をとうとう家に引き止めてしまった。彼女に言わせると、記念すべき年越しの晩に家族を差し置いて外のパーティへ出掛けて行くなど、薄情で不真面目極まりないのだそうだ。
 ロイと、迎えに来たリトバグに連れられて、歴代の高スコア者の記録が額に飾られている階段を下りきると、思ったよりずっと広い空間が待ち構えていた。
 ボウリング場ほどはある射撃レンジ。ガラスで仕切られたこちら側は、手前にフロントカウンターと、後はずっとレンジに沿って時間待ちスペース。細長いそのスペースには、壁際に長椅子、各所に一本足の丸テーブルが配置され、華やかな料理が所せましと並んでいる。
 レンジのほうも、99年の撃ち納めは夕方に終えてしまい、個々を仕切る壁も取り払われている。傷ひとつない、まっさらな標的ボードのみが残されたそのスペースは、今はダンスフロア。ブラスター用の電子標的板も、Well Come 2100などの文字が浮かんでは消える演出用に早変わり。
 射撃クラブに所属してスポーツとしてそれを追求する者、気紛れにストレスを発散しに来る者、真剣に身を守るために通う者、、普段ならば、顔を合わせてもなかなかソリの合わないグループ同士も入り交じって、町と変わらぬお祭り騒ぎの今宵を楽しんでいた。
 普段と表情を変えた町中を歩いて来た時と違って、丈太郎はここの中がどんなにばか騒ぎをしていようとも、緊張に束縛されるばかりになっていた。何しろたったの一度だって練習をしていない。いや、させてもらえていない。この場所はもちろん、射撃場に入る事自体がいま初めてだ。
 ただ漠然と面白そうだと思った。夜中に家の外へ出る事。大人のパーティに参加する事。おもちゃじゃない銃を使ってみる事。その引き金を引くのが100年に一度しかない瞬間だと言うこと。
 とは言うものの、初めての場所で、祭りの雰囲気と酒に呑まれている大人ばかりに囲まれて、練習も打ち合わせも無しでは、、たまったものではなかった。やるからには、上手いことやってのけたいと思ってしまうから。それにやっぱり、ロイにいいとこを見せたい。
 連れられて入ったスタッフルームに用意されていたものに、丈太郎の緊張はずいぶん救われる事になった。特殊射撃チームもかくやという、迷彩色のシューティングウェア。サイズもばっちり。

「思った以上だ、なかなかいいぞ君は!さあ、あと30分だ。好きなテーブルに行ってたらふく食べてもよし、紛れ込んで踊ってみるのもよし。この彼女がタイミングよく君をステージにエスコートしてくれるからね。あとはゲームセンターと同じさ、ターゲット目掛けてぶっぱなせ。なに、銃の扱い方なんて、ステージに上がってから教われば問題ない。彼女はこれで大会には常に上位にくい込む腕の持ち主だよ」

 上機嫌の店長からエスコート役として紹介された女性は、キャップで髪を上げ、丈太郎と揃いのウェアを超ミニに仕立てていた。

「ジョータロー、固くなることないんだぞ?縁起担ぎみたいなもんなんだから、バーンと気楽にやりゃいいって!」

「まあね」

 ロイに背中を叩かれ、気取ってわかった風な返事を返したが、実際、丈太郎にはわかりかけていた。自分が想像してたのとは、ちょっと違うらしいと。
 よくよく自分に対する大人達の言動に注意して見ると、案の定である。パーティの主役や、イベントの目玉として連れて来られたのではない、、、あくまでもお飾りに過ぎないのだ。誰一人として、丈太郎がターゲットに命中させる事など期待してはいない。もちろん当たればラッキーで盛り上がるだろうが、ほとんどの者はそのラッキーさえあてにしていない。祭り上げられたのは子供だから、失敗して当然、そして笑って大団円、、、そういう事なのだ。
 シューティングウェアを着させられた時は、このイベントを作る一員として迎えられた気がして嬉しくもあったが、、、、笑い者にするためにわざわざ引き出されたと言うなら、これはもう許せたものではない。

「お姉さん、僕の使う銃ってどんなの?ほんとにゲーセンと同じ?同じにやったらちゃんと当たる?」

 残り時間15分。誰も自分の成功の味方をしてくれないなら、役目上、自分ら逃げられないこのお姉さんを頼るしかない。徹底リサーチ、質問攻め。ステージで注目されながら、あれこれ教えてもらうなんて、恥ずかしくて、とんでもない!なんとしてもターゲットに命中させてやらねば、気がすまない。

「レディース&ジェントルマン!」

 秋から冬にかけて大ヒットを飛ばしたナンバーでダンスフロアが大盛り上がりを見せ、その曲が終わろうかという頃、臨時投入された照明器具はステージを中心に左右に大きく光の円を描いて止まり、全ての電子ターゲットはデジタルの数字を表した。カウントダウンがいよいよ佳境に入った。
 早口のD J が丈太郎を紹介し、趣向を理解した客たちは早くもカウントを唱えながら、ステージより後ろ、つまり銃口より後ろへ移動し始める。
 ステージ上でようやく店長から銃を渡される。ブラスターだった。初心者に配慮してか、わりとどこにでも有りそうなタイプの。確かにゲーセンに近いかもしれない。
 いざその時が来ると、エスコートのお姉さんはかなり演技じみてきた。カワイイ坊やに手取り足取り、おネエさんが教えてあ・げ・る、、という演出。下品でない程度に身をしならせて、それでも客から冷やかしの口笛が飛ぶ。
 そのお姉さんをツイ、、、と、大人びた仕草で押しやると、聞きほじった知識だけで構えをとった。
 すでにカウント・テン。目標はもちろん電子ターゲット。何もない空間に浮かぶホログラムのスクリーン、その中央には、丸みをおびたお星さまマーク。

「あれがターゲット?!すっげーガキあつかい!」

 幾らなんでもここまで馬鹿にするか?絶対あててやる。両手でしっかり構え、サイトを合わせる。

「ゲーセンと同じ、ゲーセンと同じ、、」

 唱えながら、後ろの客がどうしようもなく気になってきた。気がつけば肩も腕もかちこちになっている。

「うわ、、だめだ、、!」

「しっくす!ふぁいぶ!」

 パニックに陥りかけたが踏ん張った。くそ度胸でもって、一旦ブラスターを下ろす。首と肩をぐるぐる、ぶらぶら。

「ふぉー!」

 もともと運動能力には長けている丈太郎である。ローラースケートだろうと球技だろうと、固くなった時には全く何もうまくいかない事を、体も頭も覚えている。

「すりー!つー!」

 構え直す。すうっと自然に、まっすぐに。両手でしっかり構える間はもうない。

「わん!」

 左手はただ添えるだけ、ほとんど片手撃ちの状態だ。サイトを見据えて、、、、なぜか標的が一回り大きくなった気がした。

「ゼロ!」

 パシュン、、!
 撃った。ゲームセンターのおもちゃとは全然違う。エアガンなど比べ物にならない。
 伝わる衝撃自体は全く重たいものではない。けれどその感じは、非常にくっきりした、高密度のエネルギーが放出された実感。握った手のひらが熱くなるような錯覚。
 目の前に、、、何かがパーッッと広がって飛び込んできた。電子ターゲットのマンガチックな星マークが砕け散り、四方に広がる。リアルなC G での銀河の星々と重なり入れ違う。丈太郎目掛けて降り注ぐ流星群。渦を巻き、衝突しながら迫ってくる星系団。続いて目も眩むばかりのビックバーン。
 こちらに向かって来る星々はスピードを緩め、やがて景色は逆に収束していく。はるかにひときわ輝く、、それは太陽。渦を巻きぶつかりあい連なってゆく星の塵たち。惑星たちの誕生。形を成してゆく火星、木星、その合間を、足元がふらつかんばかりの猛スピードで駆け抜けていく映像。
 何かが、、、、何か特別のものをそこに見たような気がした。
 飛びすさぶ宇宙の映像の中、それがなんだったのか、目を凝らそうとしばたいて我に帰ると、周囲はもう喚声の渦に巻かれていた。あっという間もなく、体格の良いリトバグに肩車され、熱狂の人の波にのまれた。丈太郎の放った一閃は星マークの全く中心にヒットしていた。


 
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