J9 基地のゲート1

□アカルイミライと物置
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 恐る恐る、扉にむかう。
 神父様がどこにいるのかわからない。けれど自分の方が扉に近いはず。キーが開けられるだろうか?たかが物置のキーだから、普通にやれば手探りでもどうにかなる。でも、キーに触れれば必ず電子音は鳴ってしまう。
 恐る恐る。扉に、そしてキーのパネルに触れる。そっとパネルの外郭をなぞってみる。息を詰めて、後ろの様子を窺ってみる。
 パネルの左上に豆粒ほどの赤いランプ。これが緑になりさえすれば。

(ちくしょーばかやろー!クソ神父!)

 ランプに顔を寄せ、意を決してボタンの一つに指を触れた。その瞬間、がっちりと手首を捕まえられた。

「ちくしょーばかやろー!クソ神父!」

 思いきり怒鳴って振りほどこうと暴れたものの、逆にサイズの合わないお下がりのG ジャンを脱がしやすくしてしまった。手首を掴まれたままの右袖だけが残っている。
 脱がされたらそれからどうなる?そんなの知ってる。結局、痛い目に遭うのだ。夜中の繁華街をうろついて、ズボンを引きずり下ろされかけた事くらいある。

「放せバカヤローッ。なんでだよっ、なんであんたみたいなエライやつが変態なことすんだよ!」

「とんでもない。君の伸びやかで健康な体はまるで天使のようじゃないか。さあ、そこの美しい銅像と並んで立ってみておくれ。ビロードのカーテンを素肌に巻いて、燭台をかかげてみておくれ」

「やっぱヘンタイじゃんか!ばーか!」

「違う!断じて違うのだ。わかっておくれボウイ君、そして伝えておくれ、シスターメリーに私の熱意を!」

 冷や水をぶっかけられたようにボウイは動きを止めた。

「し、、シスターに、、、、、なに、、」

 まさか、考えたくないけれど、、、。

「素晴らしいとは思わないかね。シスターメリーは本当に美しい。あの美しい人の肢体を美術品と伴に目に焼き付ける事ができたら、、どんな高尚な画家にも不可能な美しさであろうよ。神罰を覚悟で言おうではないか。本物のマリア様より美しいと。どうかその美しさを私に、私一人のために、、、」

「う、あーっっ!!!わーッッッ!わーっ!わーっ!わーっっ!!」

 嫌だ。考えたくない。考えさせないで。そんなこと想像させないで。こんな奴にシスターが、シスターがこんな奴に!
 もうあとはめちゃくちゃだった。悪態をつく気にもなれなかったし、この男の声を聞くのも嫌だった。逃げる方法もどうでもいいとばかりに、力のあらんかぎり暴れた。掴まれていた腕がいつ自由になったのかもわからない。椅子を蹴り倒す、棚に体当たりをかます、体に触れる物すべてに当たり散らし、手に取れる物なら何でも投げつける。
 大騒ぎするうちに、金属製の、、、燭台か、ランプ台か、、それとも聖歌隊のハンドベルか、、ボウイはそれが何だかわからないほど荒れ狂っていたが、何かそういった類いの物を投げたはずみに、高窓のガラスが割れた。
 ガシャンという甲高い音に少しばかり我にかえった。12月の冷たい風が割れたガラスの間をくぐり、外からの声を運ぶ。

「ボウイ!居るのっ!そこなのっ?」

「サニヤ?サニヤ!ここだよ、出して!早く出せってば!!」





 

 2100年を迎えた朝、セントヘレンの子らが手作りした花のアーチをくぐって、次々と町の人達が教会を訪れる。
 今日は聖歌隊の衣装を借りて、一日中、裏方をあれこれ手伝う事になっている。町の有力者を別室に案内する係、聖歌隊の譜面を運ぶ係、募金係は二人一組で、一人はお礼のお菓子をカゴに入れて持っている。

「ありがとうございます。善良なあなたに神のご加護を」

 人波が和らいだところで、サニヤが駆け寄ってきた。

「聖歌隊の出番の間は、座って一緒に聞いてていいんだって。リンディがまだ足痛いから先に座ってる。あたしアーニー探してくるから、リンディと一緒にいてあげて」

 この前のような非常時でなくても、サニヤはいつも走ってる。菓子カゴを下げたボウイと一番年長のスコットは、顔を見合わせて新年早々の走りっぷりに肩をすくめた。
 借り物の白い衣装を脱いで聖堂へ入ると、聖歌隊の合唱にはまだ少し早いようで、神父様の説教が続いていた。

「げ、もう少し時間つぶせばよかった」

 例のあの神父様は、穏やかな声、親しみやすい笑顔で、新年を迎えた祝いの言葉と、神様のお言葉を人々に伝えている。何もなかったかのように。いや、彼にとっては確かに何もなかったのだ。

「ほんと、感心しちゃうよな、お前には」

 隅っこに居心地悪そうにしているリンディを見つけて座ると、スコットはそう言ってボウイの肩を叩いた。

「何日もたってないのに、今日はニコニコ募金少年だもんな」

「だって困るんだろ?さわいだら。せっかく募金してもセントヘレンに回してもらえなかったら、それこそバカみてーじゃん。『おめーのせいだ』とかって、みんなから夜中にケリ入れられんのなんかオレやだかんねっ」

「さっすが、ボウイ先輩。こらえ所は心得てるわけね」

 年は上でも、二年前に両親を亡くしたリンディは、ボウイよりは新顔ということになる。調子の良いときだけ先輩呼ばわりで、あれこれ用事を押し付けるのは困ったものだが、この言葉は妙に的を得ていて苦笑いせざるを得なかった。
 ボウイが想像した以上に相手はエライ人、だったのだ。募金はおろか、公的な援助金まで左右できるほどに。
 そしてボウイと、以前からここの神父が危険人物なことを知っていた子供たちが、ずっと黙り続けていた理由。シスターメリーは彼の事を尊敬しているのだ。誰に対してもどんな時でも変わらぬ無垢な心で。
 そんな風に誰彼かまわず優しくするからヘンな奴に狙われるんだと、あの日はベットに入ってからも腹立たしく歯がゆい思いをしたボウイだったが、結局、シスターの信じているものを自分の手で壊すことはできなかった。

「んなことどーでもいーけど、どうして先に教えといてくれなかったんだよー。あいつがヘンタイだって。ちびども以外はみんな知ってたんだろ?」

 こればかりは文句を言わずにはいられない。わかっていたら幾らでも手はあったのだから。

「確かに悪かったけど、、参ったな、まだ早いと思ってたんだよ。世の中はあーんなヘンタイやこーんなヘンタイが居るってさ、説明するにはお前はまだ小さいと思ってた。勘弁しろよ、ナ」

「そだね。あれから後のボウイ見てたらさ、これはもう、チビたちと一緒にガキ扱い出来ないなって、アタシ思ったよ。ヤバイ事とかマズイ事とかも、ボウイにはもう話せる」

「ガキとか先輩とか、勝手に言ってくれるよな〜」

 サニヤとアーニーがやっと到着した。席を詰めてこそこそヒソヒソ。ご近所に暮らしているあーんなヘンタイやこーんなヘンタイの情報をさっそく交換。
 前の列に座っていた孫を連れたご婦人は、ちらりと白い目をくれて別の席に移って行った。

「知っとかねえと孫が痛い目に遭うぜ、ババア」

「やめなよアーニーってば」

「ね、今の神父様のおコトバ聞いたぁ?」

「聞きたくねーけどっ。『新世紀を担う子供達に明るい未来を』?バーッカじゃねえのっ?くそ神父」

 しらけきった新世紀を迎える彼等には、ただ昨日から今日になっただけにしか思えない。明日の事だけで手一杯なのに、これ以上何を担わせたいと言うのか。
 やってみたい、こうなりたいと思う事、それぞれに何かしらを持ってはいる。けれどそれは、まるで雲を掴むような、どこか別の世界のような。心の内に持っているそれらに、夢だの、希望だのという言葉を当てはめること自体、、自分達の現実と結びつける事がかなわぬ彼らだった。
 聖歌隊の歌が流れる中、どこかで花火が2、3発あがる音がする。サンブルック市政50周年と、新年を祝う祝賀パレードが町のどこかからスタートする。
 未来、なんてお荷物は、欲しくもなんともなかった。だのにやっぱり、ヒトの定めた暦は新しい時代を告げ続けるのだった。





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